リツ&ストラスの場合 3
ストラスは極力主の寝室に足を踏み入れることはしないようにしていたが、今日は頼まれていたのでドアをノックして部屋に入った。ベッドの中でリツは苦しげな息をしていた。
「リツさん…」
ストラスは額に手を当てて痛みを緩和する。リツは頭痛のせいで朝も食欲がなかった。魔力が足りない訳ではないが、生きるためのエネルギーが不足していた。そして魔力を生体エネルギーに変える気力もないようだった。
「ストラス…ジーンは…呼ばないで…」
「ですが…」
「お願い…ストラス…こんなことで…煩わせたくない…」
「…分かりましたよ。だったら、俺が代わりにしますけど…ベッドに入っても平気なんですか?」
「…そんなこと…真顔で聞かれても困る…」
ストラスは布団をめくるとなるようになれと思い、思い切ってベッドに入った。しばらくは密着しなければならない。リツは一瞬驚いたように目を見開いたが、何も言わずに再び目を閉じた。いつになく白いリツの顔を見ているとストラスは不安になった。頭を撫でてから抱き寄せて包み込む。リツは少し震えていた。
「前は…こんなこと…しなかった…」
「だから、平気かって聞いたじゃないですか…それに…身体がこんなに冷えているじゃありませんか。前にしなかった方法も選ぶようになったのは、主に許可されたからですよ…」
「そう…なの…」
「俺は思想は主寄りですが、悪魔の本能も持ち合わせてますから、リツさんが不快にならない程度の触れ合いは選択肢に入れますよ…」
ストラスは腰に手を当ててゆっくりと撫でながら魔力を流した。エストリエも時折こうなるので、ケアには慣れてもいた。冷えた身体が少しずつ温まる。リツは警戒する小動物のように身動き一つしなかった。
「心配しなくても、変なことはしませんよ?」
「それは…分かってる。ストラスのことは…信じてるから…」
信じていると言われて、ストラスは急に自分のことが信用ならなくなった。主に助けるための手段を選ぶなど言われたときにも動揺したが、実際に辛そうなリツを見ていると、痛みから解放してもっと心地良さに溺れさせたいという、悪魔としては正常な欲望が湧き上がる。細くて小さくて壊れそうなリツを抱きしめながら、そう頭のどこかで冷静に考える自分がとても野蛮な生き物に思えた。
「一応言っておきますと…リツさんは主のものだから手を出さない、ただそれだけです。そうじゃなかったら、この状況で何もしないなんていうのは…悪魔としては不能と見做されます…」
「それは…アスモデウス元帥の言葉?」
「…元帥というか…魔界の大多数の悪魔の見解だと思った方がいいかもしれませんね。それでいくと、俺は悪魔としては少し感覚がズレているのかもしれません…異世界に長居した弊害ですかね…」
「……ごめんなさい…それって私のせい…」
ストラスはリツを抱きしめる腕に少し力を込めた。
「俺が好きでやってたことですから、リツさんのせいじゃないですよ…それに、そのお陰で今は自制できてる…悪魔になった自分の魅力に気付いていないんですか?花咲さんにしても…みんな無自覚で困ってしまいますよ…」
「楓は…自己評価が低いから…」
「そうですねぇ。成瀬くんもだ。自己評価が低い。リツさんだって、人のこと言えませんよ?」
「え?私…?そうかな…?」
「いまだに王妃が自分でいいのかって、時々思ってるでしょう?」
「それは…!だって事実だし…」
「主は五百五十年も王妃の空席を守り抜いたんですよ?その座を埋めようと、何百もの女悪魔が王宮に送り込まれて…指一本すら触れられることなく皆去ってゆきました。政略結婚を断って戦争になったこともある。あなたを探し出して座らせる…主にとってあなたはそこまで価値のある存在だった、そういうことです。誇るべきですよ?」
「そう…だったの…」
リツは驚きのあまり無防備な表情でストラスを見上げ、慌てて表情を取り繕う。ストラスは微笑んでリツの頭を撫でた。
「主は悪魔としては少々変わってますが、あの見た目でモテない訳がないでしょう?女悪魔と気晴らしに遊んだって良かったのに、それすらしなかったんですから、リツさんは自分が主にそこまでさせるほど魅力的な存在なんだともう少し自覚した方がいいですよ?」
「うん…分かったから…あまり言われると…恥ずかしい」
リツはうつむいて赤くなった。いちいち反応が可愛いと思って、ある種の悪魔はこういう仕草にもハマるのだろうと思った。自信たっぷりに誘ってくる女悪魔を多く見てきたストラスにもその反応は新鮮で主がリツを愛でる理由が分かってくる。奥ゆかしいと言うのだろうか。
「少し身体が温まった状態でこのまま眠った方がいいですよ。添い寝だけしておきますから、ゆっくり休んで下さい」
ストラスはリツのおでこに軽く口付けをして眠りを促した。リツは一瞬ストラスを見て何か言いかけたが、まぶたが閉じてそのまま静かに寝息を立て始めた。
「おやすみなさい、リツさん」
ストラスは魔力を少しずつ流しながら美しいリツの寝顔を見る。そうしてこのギリギリの距離感も悪くはないと思った。それは自分とリツとの信頼関係の上に成り立っている。リツの命が危険に晒されない限りストラスは踏み込まないことを決めていた。辛いときはこうやって寄り添えばいい。親のように。そこまで考えて、親という概念に思い至った自分自身にストラスはとても驚いた。
(エストリエが…妊娠したせいかな…)
ストラスは首を振る。自覚するにはまだ早い気もしたが、すでにエストリエが時折母の顔をしてお腹を撫でているのも見ていた。女性は身体も変化するから半ば強制的に母にされる。その間よそで遊んでいたりする夫である男の悪魔に、出産後同じ目に遭わせてやろうとする女悪魔が一定数存在するのは、皆一様に男の側に父親の自覚がないからなのだった。
(俺が父親か…)
果たしてイチカにハーレム状態と言われた自分が父親として毅然たる態度を取れるのだろうか。そう考えると自信がないのはストラスも同じだった。別室ではエストリエがハルと添い寝している。主に頼まれたことをエストリエに話すと、あら良かったじゃないと簡単に納得されてしまった。リツに関わることになると、エストリエは寛大になる。エストリエの口にする「愛」も、もしかすると母親的な心情によるものなのかもしれないとストラスは思った。ストラスはテーブルに置いたタブレットを手に取り幾つか返信すると、少し早めの休憩に入ることにして目を閉じた。




