ルイ&ケビンの場合 2
「ねぇ、この方向で本当に合ってる?」
ルイの手を引きながら歩き出した女子バスケ部の三年であるミカにルイは尋ねた。駅前のアミューズメントセンターを通り越しビル街をミカは迷いなく進む。
「場所が変更になったみたい。急ごう!」
(帰った方がいいんじゃね?怪しいよ)
心の中にケビンの声が響く。到着したのは営業しているのかも怪しげなカラオケ店だった。止まって動かないエスカレーターをミカは足早に上る。止まったエスカレーターは妙に歩きにくいと思いながらもルイは手を引かれてついてゆく。店内も全体的にくすんでいる。ルイは潔癖症ではないが汚れているのは嫌いだった。
「いらっしゃいませ」
「三年二組か、市川で予約入ってませんか」
「あぁ、それでしたら、突き当たりのパーティールームですね」
店員に言われた部屋からは確かに下手くそな歌声が響いていた。どこかホッとしてその部屋に向かう。
「遅くなってごめん!」
ミカがドアを開けてルイを中に入れる。けれども歌っている顔にルイは見覚えがなかった。その他にも見知った顔は一人もいない。慌てて出ようとしたが入り口を別の男性に塞がれる。
(ケビン、出るな)
「何の用?それに、どういうこと?」
「ごめんねルイ。本当にごめん。でもこれしか方法がなくて。言われた通り連れてきたから、今すぐスマホの動画と写真を全部消して!!」
ミカは音程を外しながら気持ち良さそうにラブソングを歌っている相手を睨んだ。七人の中には明らかに中学生ではなさそうな男性も三人いる。高校、いやもしかすると大学か。
「ミカってホントバカだよね。暮林ルイくんだっけ?面倒なのと関わっちゃったよね。とりあえず君さ、気まぐれに入ったバスケ部なんか止めた方がいいよーじゃないと」
突然ルイは腹を殴られた。ミカが悲鳴を上げる。
(おい!ルイ!!出るぞ!)
「…ダメ…」
「あぁ?何言ってんだこいつ…?」
けれども、突然ルイを殴った男性の腕がおかしな方向にねじ曲がった。ボキボキと嫌な音が響き渡り、男性は絶叫した。
「…ルイに何しやがる…雑魚どもが…」
どこからともなく現れたケビンにパーティールームの中にいた者は皆それぞれに驚きの表情を浮かべた。だが中の一人が立ち上がる。
「お前、なにしやがった!」
立ち上がった男はケビンに殴りかかってきたがケビンは笑いながらそれをひょいと避けた。片手でその拳を掴むとケビンは簡単に握り潰してしまう。あっという間に手の形を留めない血塗れの物体を見た男はそこでようやく悲鳴を上げた。
「止めろケビン!!」
ルイが叫んだとき、ドアが乱暴に開いて見知らぬ眼鏡の青年が入ってきた。彼はケビンの両目を覆うと耳元で何か囁いた。ケビンは気を失う。遅れて入ってきた黒髪ストレートロングの美少女にルイは抱きしめられた。
「ルイ大丈夫?何かされてない?」
(え…もしかして…リツ…?)
「うん、安心して、もう大丈夫だから」
眼鏡の青年の他にもう一人長身の人物が現れて指を鳴らすとその場にいた者は全員が気を失った。腕を折られた者と拳を粉砕された者を治し、短時間の記憶を消し去る。倒れた女子の記憶を消したところで、ルイがカラオケのマイクを握ったまま気絶している男性のポケットを探ってスマホを取り出した。スライドさせて画像と動画を探すとすぐにそれと分かるものが出てきた。
「何をやってるんだ?」
眼鏡姿のジーンに聞かれたルイは肩をすくめる。
「ん…ちょっとしたお節介?」
「なるほど、脅迫のネタにされていた訳か。実に悪趣味だな」
ルイは画像を全て消し去るとニヤリと笑った。
「この恥ずかしいことをされてるのが自分たちの動画や写真に変わってたら面白いよね」
ルイは気絶しているメンバーの顔をしげしげと眺める。ジーンは人の悪い笑みを浮かべた。
「身元なら特定できたぞ。次のバスケの試合で勝てば当たる中学の生徒とそのOBだな。そこの女はそのOBの元交際相手だ。自業自得とも言えるが…まぁ…中学生相手にこういうことをする方が悪い。とりあえずは一旦撤収だな」
***
ミカは目が覚めた。いつの間にか眠っていたようだった。そうして映画のエンドロールに気付く。
「疲れてたの?途中から寝ちゃってたよ?」
ルイがふわりと笑う。そうだった、ルイと映画を見に来ていたのだった、とミカは思う。何かを忘れているような気がしたが思い出せなかった。変な夢を見ていたような気もする。
「…行く?それとも最後までいる?」
「行こっか」
ミカは立ち上がってルイと共に歩き出した。
***
後日、バスケの強豪でも有名な中学のバスケ部員とそのOBによる不祥事が発覚し、ルイの入ったバスケ部はその結果不戦勝で決勝にまで進出してしまった。決勝には惜しくも敗れたが、試合を終えた部員たちは悔いがない様子で皆清々しい顔をしていた。
「ルイが来てから急に運が良くなったよなーホント。主将が骨折したときは正直、終わったと思ったもんなー」
試合前の帰り道に、歩道橋で誰かに押されて転がり落ち主将は左腕を骨折した。犯人は結局捕まっていないが、自分を狙った者たちだろうとルイは思った。その穴を埋めるべくルイは抜擢されたのだった。
「違うよ、運じゃなくてルイの実力だろ。主将もいない俺たちだけじゃできなかった。入ったばかりなのに俺らの意図を試合中に的確に汲み取れるルイがすごいんだよ」
「褒めすぎだってば!調子に乗るよ?」
「おう!調子に乗っとけ!」
戯れる男子を見ながらミカは同じくバスケ部の友人と二人で話していた。ミカは万年補欠で三年間の部活動を終えようとしていた。それでも悔いはなかった。
「ミカも別れてて正解だったね。一時期ほんと心配だったんだよ?なのにミカは別れないって言うし」
「…あのときはどうかしてたんだよね…私。ほんと…」
なぜか不意に涙がこぼれそうになり、ミカは慌てて上を向く。幸いなことに友人は気付いていなかった。笑いながら歩み去ろうとしたルイが、ミカの視線に気付いたのかこちらを振り返る。ミカに向かって片手を上げるとルイは去っていった。
「おかえり、ルイ」
「ただいま…」
駐車場に停まった車にルイが乗り込むとストラスが笑って頭を撫でた。それから周囲には見えないようにして、ストラスはさりげなくルイの首輪に指先をかけた。引き寄せると静かに口付けをする。少しの間抱きしめられているとルイはようやく落ち着いたように深く息を吐いた。
「うん…もう平気…ありがとう」
「本当に?」
「あとは家で…なんとかなりそう…」
ストラスが車を出すと後部座席に姿を現したケビンがあくびをしながら横たわっているのが見えた。
「ケビン…今日もルイに文句を言った奴の足をひっかけて転ばせただろ。あんまり派手に動くな」
「解けた靴ひもを自分で踏んで転んだだけじゃん。自業自得だよ。俺は何もしてない」
ケビンは白々しい嘘をつく。
「ま、でもあの日はケビンがいてくれたお陰で助かったけどな」
「でもさ、ケビンったらやり過ぎなんだもん。腹を殴ったら腕複雑骨折だよ?目の前であり得ない方向にひん曲がっちゃってさ。もはや怪奇現象だよね」
「ルイのサイコキネシス説浮上」
ケビンが他人事のように言って笑う。けれども笑うのを止めたケビンは真面目な顔で言った。
「あいつら、ルイの恥ずかしい動画も撮って脅す気満々だったからな。他にもヤバいもの持ってたし、マジであのまま俺が出なかったら、もっと嫌な思いしてたと思うぞ?」
「…分かってるよ。それでもさ。複雑骨折は治すのもめんどくさいから、次から折るなら捻じらないでキレイに真っ二つに折れって、先生にも散々言われたでしょ?」
ルイも真面目な顔をして返したが、それはそれでこちらの世界で言うところの一般常識とは懸け離れた見解だとストラスは呆れる。
「先生って…何の先生だよ…その呼び方止めてくんない?まじさーあの悪魔は注文が多いんだよ。拳を握り潰すくらいなら一枚ずつ爪を剥げ?そんな、ちまちま、かったるいことしてられっかよ。俺は拷問は得意じゃねーんだ。そういう細かいのはストラスの方が向いてるだろ?」
飛び火しそうになったストラスは聞こえなかったフリをした。
「いいじゃん。どう呼ぼうが別にさー。でもまさかあんな大勢で僕のあとつけてたなんて思わなかったからビックリしちゃったよ。しかもあの後本当にみんなで遊んで帰るし。フルフルがユーフォーキャッチャーで取りまくるから店員さん引いてたよね。おやつもかなり増えちゃったし僕、太ってきちゃったよ。それなのに部活引退したらまずいって」
ルイがお腹を見下ろす。太ったと言うが平均に近付いた程度でまだ細い。狂わされた価値観を変えるのは難しいとストラスは思った。
「運動するならいくらでも付き合うぜ。ただしベッドの中でな。俺はランニングなんかしねーからな」
ケビンが寝転んだまま卑猥な顔付きをして見せる。振り返ったルイは睨み返してため息をついた。
「…ったく、ケビンもさ、人並みの暴力と性欲ってものを少し理解した方がいいと思うよ?」
ストラスが隣でとうとう吹き出す。
「まさかルイの口からそんなセリフが出る日が来るとはね。ま、ケビンは悪魔泣かせのモンスターだからな、仕方ないさ」
「それこそ知らねーよ。そんなもん他人と比べたことなんてねーし。あの場にいた雑魚を皆殺しにするのは簡単だったけど、ルイが止めろって言うから、止めたじゃん。別に悪魔に止められなくたって、その気になれば止められたんだよ」
「…でも、その気になれば、なんでしょ?あのとき、なってなかったよね?」
「あールイも可愛くないこと言うようになったねぇ…マジで今晩泣かすぞ?覚悟しとけよ?」
「はいはい」
軽口を叩いている間に三人は家に到着していた。ぬるりとだらしなく車を降りたケビンはそのままルイの影に潜り込む。まったく変なダンピールだと思うが、この能力のお陰でルイが無駄に傷付くことも避けられたのだから、ストラスは文句を言う訳にもいかなかった。やれやれと見送ったところで、部屋の中からリツが顔を出して破顔した。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りましたよ。今日も何事もなく穏やかな一日で何よりです」
ストラスの言葉にリツはクスクスと笑った。穏やかとは言っても、何かしらケビンがやっているであろうことはすでに分かっているからだった。




