黒木&使い魔の場合
休みの日の朝は皆、一様に起きるのが遅くなる。黒木はシャイタンと朝食の用意を済ませて、いつでも各部屋に配置出来るようにしていた。膝の上に乗せたシャイタンの頭を撫でるとシャイタンは嬉しそうに黒木の顔を見上げた。シャイタンの魔力は黒木の管理下にある。触れることで不足分を補っていた。
「僕、ちゃんとできてる?」
「はい、できていますよ」
黒目がちなくりくりとした瞳はご褒美を期待している。黒木はポケットから小さなチョコレートを取り出すとシャイタンの口にそれを入れた。シャイタンは美味しそうにチョコレートを食べる。やがて、主の部屋で二人の目覚める気配がした。
「シャイタン、行ってこれますか?」
「はい!任せて下さい!」
シャイタンは嬉々として食事を並べたカートを押して姿を消す。シャイタンがいなくなった隙に黒木は何も見えない空間に向かって声をかけた。
「もう出てきて大丈夫です」
姿を現したのは四人の使い魔で、二人は屈強な大男の姿をしており黒木よりもかなり長身だった。一人は顔の中央を横切る鉤爪でえぐられたような傷跡があり、隣の一人はその頭部には一つの目玉と魚のように小さな鼻の穴、そして妙に巨大な口がついている。残りの二人は黒木と大差ない身長の者とその半分ほどの背丈の者だったが、片方は烏の頭をしていたし、もう一人は鹿のような頭をしていた。黒木は四人の姿を見ると渋い顔になった。
「シャイタンの前でその姿を見せると怖がって失禁してしまいそうですねぇ…姿を現す際はもう少しこちらの人間には寄せていただかないと、王妃も驚いてしまいますよ…」
四人はそれぞれ魔力を使って姿を変えた。顔の傷を消せば人に見える者はさておき、一つ目の男は目玉を増やして鼻を高くしたが黒木は却下してその顔を掴むと無理矢理魔力で変形させた。
「このっ!勝手な真似を!」
「あなたの変身があまりに不細工だからですよ。そんな見苦しい姿を晒さないで下さい」
黒木が手を離すと整った顔立ちになった男性が現れた。久々に二つ目の視界になった彼は顔をしかめて嫌な顔をした。
「酔いそうだな…」
「さっさと慣れて下さい」
烏頭の使い魔は黒髪の青年に姿を変えていた。なぜか服装が和服になってしまったが、とりあえず黒木は合格にした。鹿の頭はツインテールの少女姿になったが、角のようにそのままツインテールが上に逆立ち、なかなか直せずに苦戦していた。
「キャア!なによこれっ!もうっ!サイテー」
「騒がしいですよ…フルフル…それに女性になっていますが…いいんですか?」
「だって角を誤魔化すのが面倒なのよ。だったら少女でいいじゃない」
ようやく重力に逆らった髪型を修正しフルフルと呼ばれた女性姿の使い魔は、ふぅと息を吐いた。
「それにしても…珍しいですな。我々まで招集されるとは。それに…この世界は何やら妙な空気です…」
顔の傷を消した男は神妙な顔付きで黒木に言った。この使い魔の名をネビロスという。名のある悪魔だが今は使い魔の地位に甘んじている、というのが魔界での定説だったが、本人は甘んじたつもりはなく酔狂にもアルシエルが天使を探していると知って純粋に面白いと思った結果として配下にいることを選んだに過ぎなかった。しかしながらただの人から悪魔になった黒木に使い魔の筆頭の座を奪われることになったことだけは痛恨の極みで、隙あらばその座を取り返そうと狙っていた。
「また良からぬことを企んでいるのですか?」
そのときシャイタンが戻ってきて居並ぶ悪魔に気付いて途端に怯えた表情を浮かべた。
「大丈夫ですよ、シャイタン」
黒木の言葉にシャイタンと呼ばれた少年は慌てて駆け寄り黒木の足の後ろに隠れる。その動きは小さな子そのものだ。
「…シャイタン…?また奇妙な名前を選んだものですね…」
一つ目から二つ目になった悪魔が思わず吹き出して首を傾げる。
「異世界の悪魔のネーミングセンスの問題ですよ。私のせいではありません」
黒木は足の後ろに隠れていたシャイタンを抱き上げた。和服の青年の名はラウムと言ったが、ゾッとした表情を浮かべてしまってから慌てて微笑む。黒木の躾は容赦ない。本性を知らずに懐いているのかと思ったら、この小さな生き物に同情したくなった。
「どうしました?ラウム…そのような顔をして…昔のことでも思い出しましたか?」
黒木は小さく笑ってシャイタンの頬を撫でた。シャイタンは可愛らしい黒目がちな瞳で黒木を少し不安そうに見つめている。
「彼らはあなたの先輩になります。失礼のないように。分かっていますね?あなたは末席に加えられたばかりですから…あまり無礼な振る舞いをすると、すぐにでも食べられてしまいますからね」
一番先に食べそうな黒木にそんなことを言われるとは心外だと四人は思ったが選ばれただけあって利口なので決して口には出さなかった。
「はい、この若輩者にご指導をよろしくお願いいたします」
シャイタンは真面目な顔付きで言ってペコリと頭を下げた。
「ラウムは…この子が私のことを何も知らないと思っているのですか?その心配でしたら不要ですよ。初日にみっちりと仕込みましたから…私に逆らうとどうなるのか。主の耳に入れられないような下品な言葉を使ったので舌を引き抜いて食べてやりました。お陰で今ではすっかりいい子になりました」
微笑みながら恐ろしいことを言う黒木にラウムはすでに食っていたのかと小さな悪魔を見て同情したが微笑んで話を聞くに留めた。余計は発言をしようものなら、また自分の舌がなくなってしまう。優しく口付けされたと思ったら舌を噛み切られたのは、ラウムにはけっこうなトラウマだった。黒木は使い魔の一部を食べることでその力を共有し配下に捻じ伏せる。自分なら手法としても絶対に選びたくないが、黒木は平然とそれを行い紳士のように微笑んでいるから得体が知れなかった。
(触らぬ神に祟りなしとは黒木のいた世界のことわざだったか?それは使い魔は筆頭にこそ当てはまる…)
ラウムはニコニコしながらシャイタンを抱いている初老の男を見ながら、見た目だけで言うなら孫と祖父に見えなくもない、と思って、そう思った自分に嫌気が差した。そもそもこの男は見た目ほど歳を重ねてもいなければ、何なら自分よりも悪魔になった年数は浅いのだ。若い男の姿で誘惑するならいざ知らず、好んでジジイの格好を選ぶ時点で、すでに変わっている。その風変わりな男を異世界で拾った主も変わっていることには違いなかったが、彼が玉座に座ってから混乱していた魔界には良い意味での秩序が復活した。だが、この世界で玉座を放り出して行方をくらました魔王を発見したことを彼は知っていた。魔界でこのことを知っているのは現段階ではアスモデウス元帥のみだ。そうして、同じ屋敷内に、その魔王がいる。すでに気配は感じていた。ラウムが命じられたのはよりによってその魔王の護衛だった。主の命だから従うが、自分を含む何もかもを見捨てて黒豹の使い魔のみを連れて異世界に消えた元主人に会うのは、正直なところあまりいい気はしなかった。




