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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ジーン&リツの場合 44

 ガブリエルが淫らな行為に耽っている頃、ジーンの使い魔はリーの居所を特定していた。魔界の国王の使い魔ともなると、相手に悟られるようなヘマはしない。気づかれない間に印をつけて使い魔は主の元へと戻ってくる。使い魔の気配に気付いたジーンは仕事の手を止めた。リツにこの使い魔を見せるべきではないと思ったが、すでに使い魔は近くに来ていた。


「リツ…私の使い魔が戻ってきた…」


 それが何か問題でもあるのかと不思議そうな顔をして仕事の手を止めたリツに向かってジーンはどう説明すべきか躊躇(ためら)いながらも口を開いた。


「会ったら驚くかもしれない…席を外すか?」


「外した方がいい?」


「いや…そういう訳ではないのだが…見てもあまり驚かないでほしい」


 そうこうしている間にジーンの近くに黒い影が現れた。何もない空間を切り裂くようにして姿を現したのは、大きな一つの青い眼球の下に歯のない大きな口、そしてそのほぼ眼球でできたような頭部の半分程度しかないアンバランスな身体に蝙蝠(こうもり)のような羽の生えた生き物だった。先にトゲの生えた凶器のような長い尻尾もある。全体的にくすんだ紫色の身体をしたその生き物は、青い目玉を見開くとギョロリとリツの姿を見た。


「私の嫁だ。敬意を払え」


 パタパタと飛んできた生き物はリツのデスクの上に止まると、青い目を閉じて礼をしたように見えた。それからまたパタパタと飛んでジーンの方へ戻ると、シャアシャアと聞き慣れない音を立てた。何かを報告しているのかもしれないが、リツの耳にはまるでセミか何かが鳴いているかのようにしか聞こえなかった。聞いていたジーンはわずかに微笑むと、指先を切った。滲んだ血を待ちきれないように、その生き物が覗き込む。


「ニンフ、待て……よし、いいぞ」


 ジーンが告げるとニンフと呼ばれたその生き物は細長い舌を出してジーンの指先を舐め始めた。ジーンは目を細めて反対の手でその頭を撫でる。ジーンにとってはペットのような位置付けなのだろうかと見ていたリツは思ったが、戦闘と拷問に特化した使い魔であろう存在をペットと呼ぶのは幾分気が引けた。それにニンフと呼んだ気がしたが、それは美しい妖精か何かを指す言葉ではなかっただろうかと、リツは首を捻る。ジーンのブラックジョークなのだろうか。いや、ひょっとすると魔界の基準ではこれが美しい妖精なのかもしれない、とジーンの血を舐めるニンフを見ながら、リツはとりとめもないことを考えていた。


「終わりだ。引き続き監視を頼むよ」


 ジーンに言われるとニンフはすぐに舌を引っ込めた。シャアシャアと声を上げてニンフは再び空間の裂け目を作ると姿を消す。ジーンが立ち上がってリツの方にやってきた。


「…あれは監視のみで、戦闘と拷問に特化した使い魔は別の者だよ。ま、監視以外にも出来ることはあるが、リツには果たして意味があるかどうか…何なら今度試してみるか?」


「…何を…?」


 ジーンは先ほどまで使い魔が舐めていた左手の人差し指をちらりと見た。


「例えば、イチカのように全身舐め回してもらう…そういうことだな」


「は!?えっ!?それはお断り!全く必要ないから!!」


 リツが慌てて全力で拒否すると悪魔はニヤリと笑った。


「勘違いするな。あの種の唾液には美肌効果のある成分が含まれているんだ。ま、お陰で肌はツルツルになる」


 ジーンはリツの目の前にニンフの舐めた方の手を近付けてくる。確かに人差し指の肌だけが他の指よりも整ったように見えた。それに予想外のことだったが、ふわりとまるで果物のような芳香が漂った。


「…なんだか…いい匂いがする…」


 リツの驚いた顔を見てジーンはニヤニヤ笑った。


「まぁ、あの見た目からは唾液がこんな芳香を放つとは思わないだろうな。魔界のエステサロンではあの種…魔界ではフルミリエと呼ばれるが…働いていることが多いんだ。だから、むしろ監視として使っている私の方が、変わっていると言われるところだな。見た目の通り視力がいいから、あながち間違った使い方とは思っていないのだよ。それにあれは以前の主に虐待されたせいで舌が短くなってしまって、エステサロンでは働けなくなってしまったんだ。だから転職させた」


「虐待…?」


「あぁ。本来ならもっと舌の幅も広げられるのだよ。だがちょん切られて短くなってしまった。幅がないからエステサロンだと施術に時間がかかり過ぎて採算が合わなくなると言われてクビになった。舌を再生してやっても良かったのだが、元の職種には戻りたくないそうでね。ま、なんだかんだで最終的に私が拾って監視として雇った訳だ」


「ふーん。ジーンって優しいね」


 リツの言葉にジーンは不思議そうな顔をした。


「別に優しくはないぞ。エステサロンのフルミリエたちを虐待していた経営主を捕らえた後に、同じ目に遭わせてやったからな。舌を切られた者、羽を切られた者。同じ数だけ拷問を受けているが、三年経ってもまだ終わらない。薬を投与しても再生速度が拷問速度に追いつかなくてね」


 リツはうっかり詳細を聞いてしまった自分を呪いたくなった。失念していたが魔界には拷問が存在するのだった。


「更生を促したりはしないの…?」


「奴はこれで三度目だからな。何やら神の存在を信じる世界には慈悲深い者も三度目で諦めるという趣旨のことわざがあったようだが…私としても、もう次の機会はない。使い魔の地位に落としても裏切りそうだから、刑期が終わったらフルミリエになってもらう」


 三度目ならば確かにそうなっても仕方ないかもしれない、とリツは思った。そうしてそのうち会うことになるかもしれない戦闘と拷問に特化した使い魔に会いたいような会いたくないような、複雑な心境のまま仕事を再開しようとしたが、ジーンは不意にリツの唇に人差し指で触れると顔を近付けてきた。果物の香りに包まれたまま唇が重なる。しばらく堪能して離れるかと思ったが、ジーンは一向に離さず熱心に口付けを続けた。


(…私は冷酷だ…そう何度も許したりはしない…だが…それは間違っているだろうか。何度も更生の機会を与えるべきなのか…?その度にコソコソと巧みに外部との連絡手段を絶って…そうされる方が悪いと思い込ませて虐待を続ける…)


 口付けの合間にジーンの思考が流れてくる。


(本当に冷酷なら…更生の機会すら…与えないと思う…だから…ジーンは…やっぱり…優しい…。それに…フルミリエに舐められるのは…抵抗あるけど…化粧水としてなら…ちょっと…使ってみたい気もする…)


 リツの思考を読んだジーンは微笑んで唇を離した。


「ニンフを見てもあまり驚かなくてホッとしたよ。そうだな、化粧水にして販売する手もなくはないな。化粧水にするなら、舌の長さもあまり関係はないから引退したフルミリエも小遣い稼ぎが出来るかもしれない。新たな販売ルートを開拓してもいいな。リツ、なかなかにいいことを言った」


 ジーンはデスクに戻ると何やら画面の向こうの人物と早速会議を始めた。


「あぁ、アスモデウス元帥、その節はどうも。私の妻と夢での対面も果たしたようだし…いえいえ、妻は寛大なのでね。あぁ、それで美に拘る元帥にフルミリエに関する耳寄りな話を伝えたくて…」


 なんと会議の相手はアスモデウス元帥なのだった。色欲の悪魔だとは聞いていた気がするが、美に関しても拘るのだと思ってリツは仕事をしながら、ジーンの会話を聞いていた。ストラスにご執心なところを見ると、確かに美しいものが好きなのだろう。そうして何やらリツのつぶやきから、本当にフルミリエの化粧水の商品化に向けての話がどんどん具体化してゆく。ジーンもそうだが、アスモデウス元帥も頭の回転がものすごく早いのだと思った。会議を終えたジーンは満足気に微笑んだ。


「エステサロンは高額で利用できなくても化粧水なら購入して試したいと思っている者は確実にいるからね。リツのアイディアから生み出された化粧水…そうだな。フィルミリエ…商品名はこれにしよう。何も必ずしも快楽と共に提供する必要性はない訳だ。この視点は魔界にとっては新しいな」


 リツは、ジーンが言うほど何かに貢献した気は全くしていなかったのだが、その日ずっとジーンが上機嫌で三時のおやつ休憩に、どこからともなくケーキを取り出してきたところを見ると、リツの発言が確実に評価されたことを示唆しているようで、妙に落ちつかなかった。そうして、何となく知っているようで未知な部分の多い魔界は、やはりリツにとってはまだ異世界なのだと実感した。移住することになったら本当に暮らしていけるのだろうか。アルシエルの隣がリツの居場所であることは、揺るぎない事実だったが、魔界はまだリツにとっては見知らぬ土地なのだと再確認させられた気がした。 

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