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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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リツ&イチカの場合 5

 ジーンの手によって運ばれたイチカは無事に喫茶楽園に着いた。ジーンの掌は当たり前だが社長とは違い魔力の質も揺るぎないし安定している。そっと包まれて移動している間にイチカは満たされて心地良くなっていた。店の中で元の姿に戻されたイチカはぼんやりしたまま辺りを見回す。鼻をヒクヒクさせて匂いを嗅いだイチカの姿を見て、胡散臭い丸眼鏡の相手が笑った。


「いらっしゃい…って、今日は一緒に連れてきたんだね。あれ?社長は?」


「ケンカ中」


 イチカはそれだけ言ってメニューを真剣に見つめる。


「サバの味噌煮定食を一つ」


「あ!俺もそれにする!」


「はいよ。リツは?」


「グリーンカレーにする。今日も半分なの?」


「りょーかい。まぁね」


 ガブリエルはニヤリと笑うと厨房に消える。


「半分とは?」


「配達もやってるみたいで…分裂して働いてるみたい」


「あぁ、なるほど」


「そういうのって、魔力が強くなれば俺でもできるのか?」


 イチカが首を傾げる。


「やってみたいのか?感覚が薄くなるからあまりオススメはしないぞ?魔力も半減するしな」


「だよなぁ…ねぇ、俺って…リリスだった頃、そんなに自由奔放に…色んな男と遊んでたのか?」


 リツは飲んでいた水にむせる。突然何を言い出すのかと思った。一方でジーンは真面目な顔で話を聞いていた。


「リリスが自由奔放だったかという質問については…ルシフェルが現れるまではイエスだ。だが、ルシフェルが現れてからは、家庭教師になったこともあって、男遊びは激減したな」


「そう…なのか…」


 イチカはホッとしたような、そうでないような複雑な表情を浮かべた。


「この先はあくまで私の見解だが…ルシフェルが君に複数人で快楽を共有するように仕向けたのは、自分が過去の君をがんじがらめに縛って自分以外に目を向けないように変えてしまった…そう思って責任を感じているからだと思う。本当は今だって自分のみを見ていて欲しい、でも君に不自由を感じさせたくない…少なからず今の君は、危機回避とは言っても軟禁されているようなものだ。その不自由を解消させたいという意味合いもあったのだろうな…」


「え…?そう…なのか?」


 イチカは急に困ったような年相応の幼い顔付きになった。明らかに動揺している。イチカはコップの水を飲んだ。


「もう一つ…魔力切れや大怪我をした場合に君がこの先もルシフェルしか受け入れられないのは困る、そういった意味合いもあるのだろうな。リツはこう見えてストラスやルイ、エストリエも状況によっては受け入れる…だろう?」


「はい…!?な、急に言われてもそんなの分からないよ!!」


「そうか?少なくとも相手の魔力を経口摂取するのが可能かどうかの基準で言うなら、そうしても嫌悪感はないはずだ」


 平然と言ってジーンは水を飲む。


「だが、イチカはどうだ?ルシフェル以外とそうすることに抵抗がある。抵抗があるとそれだけで無理矢理行ったとしても魔力の吸収効率も下がる。触れ合ってのんびりと補充する余裕のない事態が起こった場合にそれでは困るんだ。だから恐らく宮森を使って猫科の動物同士でどこまで交流ができるか試したんだろう…君の前では能天気な無能を装っているが彼は元々は計算高いんだよ…」


「おまたせー。サバの味噌煮定食二つとグリーンカレーだよ。何か面白い話をしているね。イチカちゃん、何なら俺の魔力でも試す?」


「…ガブリエルは黙ってて」


 リツは言ったが、ジーンは不意にガブリエルを見上げた。


「ま、アリかナシかで言えば試す価値はあるだろうな。試すなら食べる前にしておけ。拒絶反応が出たらイチカは吐くからな」


「えっ…キスすると吐くの?それは…けっこうショックかも…」


 ガブリエルはそう言いながらも笑う。そうしてふざけた眼鏡を外してイチカを見つめた。


「どうする?してみる?」


「…えっ…俺…は…」


 イチカは不意に花咲が美しい聖女の姿になったのを思い出した。自分もガブリエルとキスしたら元の姿に戻るのだろうか。それに、まだ失っている記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。迷ったのは一瞬だった。


「…試してみる…」


「えっ!?」


 リツが驚きの声を上げる。食べるのが待ちきれないようにスプーンを片手に持っていたリツはイチカの言葉にそのまま固まった。


「…なんで…よりによってガブリエル?」


「腐っても天使だからに決まっているだろう。魔力の質も上等だ。仮に下級悪魔の使い魔レベルの魔力をイチカに与えてみろ。即リバースだ」


 ジーンが何を今更といった顔付きでリツに告げる。


「…腐っても…って君も失敬だな。そりゃ半分以上は合ってるけどさ。おいで。二人は先に食べててよ。ここでキスして吐かれたらちょっと営業しにくくなっちゃうからさ。悪魔に誓って、キス以上のことはしないから安心して」


「悪魔に誓われてもね…」


 リツはやれやれと思いながら、イチカの手を引いてスタッフルームと書かれた空間に消える二人の背中を見送った。


「…いいんですか?」


 小声でリツが聞く。両手を合わせて、いただきますと言ってリツは食べ始めた。


「この私が…ルシフェルに無許可で行っているとでも思っているのか?」


「え…?それじゃあ…」


「イチカの行動はルシフェルも把握済みだ。それに隣にルシフェルがいたら、こういうのは余計にやりにくいだろう」


「もしかして…ずっと騙してたの?二人とも喧嘩してるフリをして…!?」


「いや、あの手の議論は元から平行線だな。私も向こうも譲らない。だが、残念ながら悪魔としてのより一般論に近い見解を持っているのはルシフェルの方だ。私は少数派だな。ルシフェルがおかしなところは、自身の見解はそうであるにも関わらずイチカが関わったとたんに独占欲に支配される点だな。ま、私も彼のことは責められない。最初からリツしか目に入らないからな」


 さらりと髪を撫でられてリツは顔が赤らむのを感じた。この悪魔はいつでも平気でそんな台詞を口にする。スタッフルームからは何の物音も聞こえない。大丈夫だろうかと不安になったとき、ようやく静かにドアが開いた。赤い顔をしたイチカと笑顔のガブリエルが現れる。


「さすがは僕って腐っても天使だね。イチカちゃん、無事にクリアでーす!」


「……ウソだろ。俺が一番信じらんないよ…なんか浮気した気分だ…」


 イチカは口元を押さえてつぶやいた。


「でも気持ち良さそうに僕の魔力を飲み飲んでたからね。吸収効率も悪くなさそうだし。これで万が一があっても少しは安心かな」


 ガブリエルはぽんぽんとイチカの頭を撫でた。


「浮気じゃないよ。これは生きるために必要なことだ。命を守りたいときに使える手札は一つでも多く持っておいた方がいい」


 イチカはこくりと頷いてジーンとリツが食事をしているテーブルに戻ってきた。


「…いただきます」


 イチカは言ってサバの味噌煮定食を食べ始める。やはり天使の料理は旨い。食べながらもイチカは今まであれほど嘔吐して苦しかった日々は何だったのだろうと不思議に思ったほどだった。そっと優しく重なって何の欲望も感じさせない口付け。ゆっくりと流れてくる魔力。天使だから出来るのだろうか。イチカには分からなかったが、それを受け入れてうっかり心地良くなってしまった自分にイチカは一番驚いていた。内心の動揺を隠すように、イチカはモリモリとご飯を食べる。


「…リツにもしてあげたいのは山々なんだけど、魔法陣に弾かれるからなぁ。ま、ちょいちょいラファエルとハグしとけばいいと思うよ」


 ガブリエルの言葉にジーンは無言のまま眉を上げた。リツはいったい何の話なのか理解できずにいた。最近は魔力切れも起こしてはいないし、ジーンの言うようにジーン以外からの経口摂取も可能なら特に問題はない。だが、ガブリエルは続けた。


「フィランジェルの魂の色を出来るだけ長く保ちたいのなら…定期的に天使の力も取り入れる必要があるでしょ?どうせ説明してもいないんだろうから、僕が代わりに言ってあげるよ。悪魔の魔力ばかりを吸収していると、いずれは君の魂も濁ってゆく。君を悪魔にしたくせに、彼はやっぱりその事実を受け止め切れてはいないんだ。だからこうして天使の僕の店に連れてきて空間を共有している。それでも多少は違うからね。リツの肉体はすでに悪魔に染め上げられつつあるのに、魂までは染めたくない…矛盾してるよね」


「どういうこと?…ジーン?」


 ジーンはリツの顔を見て沈黙する。答えたくない訳ではなく答えを探しているようだった。


「ガブリエルの言う通りだよ。これ以上うまく説明するのは難しい」


 社長を分析したときとは打って変わって歯切れの悪い悪魔は、珍しく困ったような顔付きでリツを見つめると、降参したかのようにそう告げた。

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