ジーン&ケビンの場合
翌朝、何事もなかったかのように仲良く現れたジーンとリツを見て、社長と宮森はホッと胸をなで下ろしていた。宮森は昨夜リツのふくらはぎを舐め回したことがとうとう花咲にバレて軽蔑の眼差しで説教されたばかりだった。元聖女を怒らせると恐いというのを宮森は身をもって体験し、いくら獣になっても本能に任せてリツの足だけは舐めないでおこうと心に固く誓った。
「ちょっと、恭也、食後にまでひまわりの種を食べるのは止めて下さいよ…」
瀬尾が困ったように成瀬を見下ろして言った。ハムスターの習性が今日になっても抜けきらない成瀬はひまわりの種の殻を手早く剥きながら言った。
「僕の意思で止められる類のものじゃないんですよ…ひまわりの種中毒です」
「いっそのこと、昆虫が餌の動物に変えておけば良かったでしょうかね…」
瀬尾は鞄に退職願を入れる。自分が辞めれば残ったパート職員が慌ただしくなるのは分かっていたが、元々もう少し長く働きたいなどと口々に言っていたので、もう一人新たなパートを雇えばどうにでもなる気もしていた。それに社長が提示してきたのは正社員の枠だ。さすがはセラヴィ株式会社だと思った。給料も上がる上に、今住んでいるワンルームは今月末で引き払う。そちらにまで守りを施すのは手間だから三階の部屋で良ければ成瀬と使っていいと常務に言われたのだが、瀬尾はその決断が果たして正しかったのか自信がなくなってきていた。なぜなら。
「今朝も起きたらベッドの上まで種の殻だらけ、僕はいつの間にかハムスターと同居することになったらしいですね…」
朝から部屋に撒き散らされた殻を掃除した瀬尾は困ったようにパートナーである成瀬を見た。
「なんだか可愛いねぇ。一心不乱にモグモグしていてさ」
ホイップクリームの乗ったココアをのんきに飲みながら社長がニヤニヤ笑う。ルイの隣のケビンは社長のココアを見ただけで胸焼けしたかのような表情を浮かべた。そのとき唐突にストラスが片手を上げたので、皆がそちらを注目した。
「あーその、一応報告しておこうと思うんですが…俺とエストリエの間に子どもができました…もっと安定期に入ってからとも思ったんですが、状況が状況なので念のために共有しておこうかと…」
ストラスはそう言って、頭をわしわしと掻いた。照れ隠しなのだと、付き合いの長い面々はすぐに分かる。リツはエストリエの顔を見て目をキラキラさせた。拍手が沸き起こる。ルイも嬉しそうに笑っていた。
「おめでとう、ストラスは王子から聞いたのか?」
「はい、俺はそうです。エストリエの方は実はケビンが見抜いたそうで…」
「ほう、そんな特技があったとはね。君の力は面白いな。他にはどんな力が使えるんだ?」
ジーンに言われたケビンは目を丸くした。気味悪がられることは多くても、面白いなどと言われたのは初めてだった。ケビンは口を開いた。
「…泥水を旨い珈琲だと思って相手に飲ませる類のことだったり…その逆も…あぁ、そうか!」
ケビンはひまわりの種を持った成瀬の方に向かって魔力を放った。成瀬は口に種を運ぼうとして、ギョッとした顔付きになり、袋を放り出して後退りした。
「うわぁっ!!気持ち悪っ!!」
「…今、成瀬くんには…ひまわりの種が、カメムシに見えてる…」
「うわぁ…ケビン、そりゃないよ。袋いっぱいのカメムシ…僕だってそんなの見たくない」
部屋から逃げ出した成瀬の背中を見送ったルイが、それを想像したのか微妙な顔付きで言った。
「食い物が全然ないときに、木の皮をステーキだって自分に思い込ませて食ったんだけど、ま、食ってるときは良かったんだけど…当然ながら腹壊したよな…」
「ケビン…ここにはホンモノの食べ物がたくさんあるから、好きなだけ食べていいんだからね?」
ルイに哀れまれてケビンは苦笑する。ルイはそれほど食べ物に困る生活はしてこなかったものの、ケビンから見れば性的に搾取され嗜好が歪むほどの生き方をしてきている。ケビンからするとどちらがマシなのか分からないが、ルイも哀れまれるべきだと感じた。
「ありがとうな、よしよし」
ケビンに頭を撫でられたルイは変な顔をする。そんな二人を見てエストリエが微笑んでいるのに気付いてストラスは、いったい自分が眠っている間に何があったのだろうと思った。
「ケビン…それでは、ルイとの関係について少し段階を進めようか…」
ジーンが微笑む。ケビンは昨夜恩を売った甲斐があったと思って嬉しくなった。きちんと見返りをくれるのは良い主だ。ルイが首を傾げてケビンを見る。そんな仕草すらも小悪魔的で油断ならないとケビンは気を引き締める。やがて食事を終えて空席になった場所から黒木と共に現れた子どもが皿を片付け始めた。ケビンは子どもをじっと見つめて妙な顔をした。
「なんだか…変わった生き物がいるなぁ…」
変わった生き物と言われたシャイタンは黒目がちなくりくりとした瞳でケビンを見上げる。
「お兄さん…僕…そんなに変かな?」
「えっ…いや、そんなことはねーよ。不思議な気配だなって思っただけで…ん?お前…日雇いバイトで来てなかったか?こんな姿じゃなかったけど」
「えぇ?僕、そんなバイトなんか出来ないよ。だって、まだ七歳だよ?」
可愛らしく姿形を変えているが、ケビンは子どもの気配を日雇いバイトの悪魔の中で拾った記憶があった。あれは寄せ集めの実にお粗末な軍隊だった。教育する端から三歩歩けば忘れるような連中にケビンは呆れ返ってとうとう匙を投げた。
「ケビンさま、このシャイタンと知り合いでしたか?ですが、今は当家の執事見習いとして修行中ですので、余計なお声がけは控えていただけますか?ご安心を。この使い魔の躾は私がきっちり致しますので」
黒木の口元は笑っていたがその目はあまりに冷たくて、ケビンはゾッとした。これは余計な口は慎むべきだと彼はすぐさま空気を読んで口を噤む。物分かりの良い者が好きな黒木は、今度こそ本当に笑うとシャイタンと共に食器を下げて視界から消え失せた。
「ケビン、お前は事件の最中にたまたま拾ってきたが、あの犯行グループの異世界の悪魔たちは皆寄せ集めだったのか?」
ジーンに問われてケビンは頷いた。
「要するに闇バイトですよ。匿名性の高いアプリで…どうも悪魔って条件で入れるようなのがあるらしくて、そこで集められた連中じゃないのかな?上の偉そうにしてる奴が喋ってるのを盗み聞きしただけだから、なんとも言えないですけど」
「ケビンは何故、異世界の悪魔といたんだ?」
答えないかと思って質問したジーンはその意外な答えを聞いてさすがに眉をピクリとあげた。
「別にいたくていたんじゃないですよ。俺の頭と身体をぶった切って、頭を盗んで逃亡した奴がいたんですよ。それがたまたま異世界の悪魔だったってだけです…」




