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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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エストリエ&ケビンの場合

 ルイは落ち着かない様子でリビングのソファーの上でチョコレートアイスを食べていた。眠っていたケビンが床下からぬるりと現れてルイの隣に座る。ケビンはルイの肩に手を回した。


「食べる?」


「あー俺、甘いのはそんなに得意じゃないんだなーでも一口なら」


 ルイの差し出したスプーンからぺろりとアイスを食べてケビンは顔をしかめた。


「知覚過敏かな…しみる」


「はぁ?知覚過敏のダンピールなんて、シャレにならないじゃん」


 ルイは笑う。ケビンはニヤリとした。


「やっと、笑ったな。そんな深刻な顔すんなって」


 ケビンはルイの頭を少し乱暴に撫でて胸に抱き寄せた。ルイは残りのアイスを口に入れて、魔力でスプーンをキッチンへ飛ばす。内蓋とカップは分別して捨てた。ケビンが真面目な顔で腕の中のルイを見下ろす。いつも大概ふざけているが、学校で心ない言葉にルイが傷付いたりすると、人目のないところで頭を撫でてくれたりもする。そういう何気なく優しいところがルイを戸惑わせた。


「ルイ…」


 自然と唇を重ねてケビンはルイの身体を抱きしめる手に力を込めた。人の身体ではないものの、まだ大人ではないルイの悪魔の身体はどこか心許(こころもと)なく、不安定な精神と相俟(あいま)って余計に揺らいで見えた。


「…なんとなく不安なのは分かる。でもな、極論を言えば、どれだけ分かり合える相手がいたって、生き物は結局は一人なんだよ。孤独だ。いくら抱き合ったってその孤独と寂しさは埋まらねぇんだ。ま、だからって一人で我慢しろとは言わねぇよ。なんだかんだで俺も寂しがりだからな。だから…」


 ケビンはルイに再び口付けをする。


「口ん中、甘いなぁ…ま、とにかく、だからどうしても寂しいときは俺にでもくっついとけ。少しは自分の頭と身体を誤魔化せる。ホラ、ないよりはマシだろ」


 何かを諦めたようにルイがケビンの背中に両腕を回すとケビンは嬉しそうにニコニコした。


「ルイは美しいよなぁ…長生きして色んな種族を見てきたけど、それでもダントツ一位に輝いてるんだよ。だんだん悪魔に染まって…エロくなってくのも…俺的にはそそる」


「でも…まだ、キス以上はダメだよ?」


「分かってるって。あー陛下はいつになったら許可してくれるのかね。キスだけって…生殺しだろ」


 ケビンは諦めきれないように再び唇を重ねる。口付けを受け入れながら、ルイは先ほどまでに感じていた不安が少し和らいだのを感じた。抱きしめ合ってお互いの身体を確認し、確かに相手がここにいて今その時を共有している、それを確認することでルイはようやく今の自分の存在を受け入れることができた。


「生殺し…僕はその響き…けっこう…気に入ってるけどね」


 ケビンに舌を絡めながらルイは夢見心地でつぶやく。ケビンは低く笑った。


「…ったく…これだから、この小悪魔は。いつか絶対に泣かせてやる」


「それ…僕には褒め言葉だから…それに、ケビンは…なんだかんだ言っても…そういうことは…しないじゃない…優しいから…」


 しばらくするとルイの身体から力が抜けた。眠っている。ケビンはそろそろと体勢を変えてソファーの背もたれを倒す。ソファーベッドにもなる仕様で助かる。足元に畳んであったブランケットをかけて、ルイの後ろに寄り添うとケビンも目を閉じた。別に強引に身体を重ねなくても、こうしているだけで魔力は回復する。ルイが悪魔で、この家の主の魔力が強いお陰もあってか、最近ケビンは調子が良かった。それに飯も旨い。こうして子守をして時々孤独に寄り添ってやればいいなら、命懸けな以前と比べてかなり楽な仕事だった。ケビンがうとうとしていると、二階から吸血鬼と悪魔の気配の混ざった女が降りてきた。エストリエはリビングの二人をちらりと見て、やや呆れたような顔をした。


「ダンピールが獲物を前に大人しく添い寝だけしてるなんて驚き…」


 エストリエはいつになく疲れているようだった。ストラスがあんな風になったせいだろう。ケビンはニヤリと笑うと、冷凍庫からアイスを取り出してスプーンと一緒にエストリエに渡す。エストリエはまじまじとケビンを見やった。


「…ケビン…あなた、この家に毒されたの?こんなことサラッとできる子じゃないでしょ?」


 ケビンはニヤッと笑った。


「それは…ま、毒されたってよりは、学んだって言って欲しいかなぁ。その環境で浮かない程度には努力するんだよ、自堕落な俺だって。で、今はルイに取り入るのに必死。それに俺は待てができる子なの。見た目よりは従順だよ?」


「従順?どこが?つくづく変な子ね」


 エストリエはアイスを食べ始める。この家には甘党が多い。食べ物の好みならストラスの方が合いそうだとケビンは思う。アイスを食べていたエストリエはワインを出すとグラスに注いだ。


「あげるわ。ないよりはマシでしょ?私は契約だから、これからルイの血を飲む」


「お気遣いどーも」


 ケビンはワインを一口飲んだ。旨いと思った。何気なく置いてある酒類も上質なものばかりだ。エストリエはルイの頭を撫でながら、そっと身を屈める。ルイが小さな声を上げて寝返りを打ってエストリエに抱きついた。


「ん…エストリエ…?おかえり…大丈夫だった?」


「あら、起こしちゃったわね、ごめんなさい」


「大丈夫…また寝るから…飲んでていいよ…」


 そう言ってルイは本当に再び寝息を立て始める。エストリエはルイの血をしばらく飲んでいた。その身体に溜まっていた疲労が一気に消えてゆくのを、ケビンは見ていた。エストリエは再び自信ありげな輝きを取り戻す。


「それにしたって、ダンピールのあなたと元吸血鬼の私がこんな風にのんきにリビングで過ごしてるなんておかしいわよね」


 エストリエはクスリと笑った。ケビンも実は同じことを考えていた。


「顔を合わせたら殺るか殺られるかだったからなぁ…でも、姉さんの世界にも俺みたいに変なのはいなかったでしょ?」


「そうねぇ…知る限りでは…。仲間がいないって、苦労したでしょ?」


 エストリエに言われてケビンはニヤリと笑った。


「まぁね。バレた途端に爪弾きにされるから、バレないように色々努力はしたんだけどね。結局身を呈して庇った相手に、化け物呼ばわりされちまって、意味ねーなって思ったけどさ」


 エストリエは不意に手を伸ばしてケビンの頭を撫でた。ケビンは心底仰天した顔付きになる。


「そんなに驚かなくたっていいじゃない…私も努力しなくちゃって思ったのよ。ダンピールってだけで嫌いになるのはもったいないものね。あなたは女性は嫌いかもしれないけれど、あなたもここにいる以上はこの家の一員だから、ルイの足元に隠れていなくたっていいのよ?」


 ケビンはエストリエに抱きしめられて不意にどういう訳か、自分が庇った挙句に罵られた女のことを思い出していた。この栗色の髪のせいだろうかと思う。ケビンは慎重に手を動かしてエストリエを抱きしめ返した。元とはいえ吸血鬼を抱きしめるのは初めてで、ケビンはものすごく緊張していた。


「姉さん…いい匂いがするな…それにあったかい。もう吸血鬼とは違うんだな…」


「そうね。まだ時々血は欲しくなるけれど、習慣の問題で…本当は要らないのかもしれない。でも、まだ私が私であるために…吸血は…必要な行為なのよ。儀式みたいなものかしら」


「…何となく、分かるよ。日常的に繰り返してきたことをいきなり止めるのはなかなか難しい…」


 ケビンは思わずエストリエの豊満な胸に額を埋める。エストリエは小さな笑い声を立てた。


「男の子って、なんだかんだ言いながらも胸が好きよね」


「そりゃーな。もってねーもん。ないものは貴重なんだよ」


 しばらくエストリエの胸に埋まっていたケビンは不意に顔を上げた。


「姉さん、ちょっと触ってもいいか?」


 ケビンはエストリエのお腹に手を当てた。まじまじと見つめる。


「な、なに?」


「姉さん…やっぱり妊娠してるな…性別まではさすがに分からないけど」


「え…?」


 エストリエは唐突に今日のストラスの様子がどこかおかしかったのを思い出した。素直に欲望に身を任せればいいのに、彼は何故か必死でそれに耐えようとしていた。いつもよりもとても慎重で、エストリエはまた悪魔としてストラスが不能になったのかと心配になったくらいだった。


「あぁ…そうだったの…あの人…もしかして…気付いてたのかしら?だから…?」


 ケビンはその言葉に不思議そうな顔をしたが、お腹に手を当てたままニコリと笑った。


「おめでとう、姉さん」


「あ…ありがとう」


 ダンピールに妊娠を見抜かれて祝福される日が来るとは予想もしていなかったエストリエは、奇妙な感覚を味わいつつも、今まで感じたことのない喜びを覚えている自分を意識せずにはいられなかった。

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