ジーン&リツの場合 42
その夜、ジーンはリツを抱きしめてただひたすらに口付けをしていた。穏やかに魔力が流れてくる。その手も腕も、とても慎重な動きでリツの身体を撫でていた。リツもジーンの身体に触れてそっと魔力を流す。いつもならこの辺りで次の段階に突入するところが、今夜のジーンはそのつもりはないようだった。
「ジーン…?」
リツの頭を撫でているジーンに向かって名前を呼ぶと、見下ろす瞳の色はアルシエルの赤に変わっていた。血のように美しい色だとリツは思う。
「どうした?」
「…ううん…出会った頃みたいだなって…」
「あぁ…そうだな。あの頃は…ものすごく…我慢していた…内心では…君を…貪りたくて…」
初めての告白にリツは驚いた。そんな風には見えていなかった。
「リツが思うほど私は…本当は余裕のない男なんだよ…でも…格好悪いと思って隠していただけなんだ。だからリツに誰かが触れれば嫉妬もするし、誰にも渡したくないと思ってしまう…悪魔は…異性や同性との付き合い方も親密でオープンだし複数人で楽しむことも平気で行うところがある…だからルシフェルはああ言うが…私は…私の考え方は違うんだ…」
ジーンはリツの背中に掌を這わせた。ゾクゾクしながらも心地良くて思わず吐息が漏れた。
「リツは…どうなんだ?イチカのように…使い魔に舐め回されたいか?それとも宮森だから…平気なのか?」
「えっ?だから…あれは不可抗力で…気付いたら宮森さんが変身していただけで…別に舐められたい訳じゃないからっ!」
リツは慌てて答えた。
「じゃあ複数人で楽しむのは?」
「考えたこともないってば!!」
ジーンは顔を赤くしたリツを見て、どこかホッとしたような表情を浮かべた。
「そうか…まぁ…リツがもし将来的に、やはり悪魔的に複数人で楽しみたくなった場合には、きちんと言葉にして伝えてほしい。そのときには私の使い魔を呼ぶよ」
「ジーンの使い魔って…黒木さんしか知らない…」
「黒木は…あれでも元は人だから、元々魔界にいる使い魔とは違うんだ。そもそも使い魔たちは人の姿をしてはいないし、人の姿になることを良しとしない者もいるから、見たら少し驚くかもしれない…」
ジーンはリツの髪を撫でながら困ったように続けた。
「ルイのことは…どうなんだ?」
「どうって…弟みたいで…大事な友だちでもあって…でも…最近、ルイが…私のことをどう見ているのか…分からなくなってきちゃった…ごめんなさい…ジーン。私、ルイとキスしても…別に嫌じゃなかった…」
「うん…なんとなく、そんな気はしていたよ。別にそのことを責めるつもりはないんだ。ただ…いつかルイとの関係が更に深まる可能性があるかもしれないと思うのは…少し心がざわつく…ルイは悪魔に染まるのが早かった。ルイの抱える闇は大きかった…だからリツよりも早く欲望に忠実になったんだ」
「私、どうしたらいいの…?」
「リツは…リツのままでいい…そのときに、ルイを受け入れてもいいと思うならそうしたっていいし、嫌なら拒絶するだけだ。そうしたからと言って…私は…怒ったりはしないよ。ただ甲斐性のない自分にガッカリはするだろうな。リツを喜ばせるはずが、今日だって泣かせてしまった訳だからな…」
「痛かったり…無理な時の…合図を…決めてもいい?これは…王子に提案されたのだけど…言葉にするのが難しければ合図を決めるって…」
「あぁ…そうしようか」
ジーンは頷いた。
「私が…グーを握ったままだったら…受け入れられない…手を開いていたら…大丈夫…」
ジーンの前でリツは手を開く。その指にジーンの長い指が絡んだ。
「分かったよ。次からはちゃんと見る。言えそうだったら言ってくれていいんだ。痛いだけじゃなく…触れられてリツの好きなところも…」
「うん…分かった…ジーンも言って?同じように…」
ジーンの手のひらがリツの身体をなぞる。その姿形を確かめるかのように。出会った頃のように慎重に触れて、やがてリツの心地良い場所に届く。
「気持ちいい…」
「うん?そうか?じゃあここは?」
お互いに触れるうちにジーンは背中の一部がくすぐったいのだとリツは初めてそのことに気付いた。
「リツ…そこは…反則だ…」
腰の少し上をなで上げると、目の前の悪魔は小さな笑い声を立てた。少し楽しくなって繰り返す。
「や…止めてくれ。笑いが…止まらなくなる…」
身をよじる悪魔を見てリツはようやく手を止める。新しい発見だった。
「王子のお陰で、ジーンのくすぐったいところが見つかった…」
「やれやれ…情けないな」
「どうして?いいじゃない。私はもっとジーンの色んな表情が見てみたい。いつも余裕綽々な顔してるでしょう?私だってたまにはジーンを翻弄してみたい」
リツのキラキラした瞳に映る自分の姿は、恐らく少しいつもよりも困った顔になっているだろう、とジーンは思った。他の悪魔に侮られないよう、常に周囲を睥睨してきた自分からすると、あり得ない表情を晒していることにも気付いていた。
「…すでに翻弄されているよ…私が柄にもなく動揺してしまうのは、いつだってリツに関わることなんだ…」
ジーンはそっとリツに口付けをする。リツはジーンの髪に指を絡ませて目を閉じた。やがて二人はそのまま穏やかな眠りに落ちていった。




