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ジーン&リツの場合 5

 二時間目が始まるまでは特に体調にも問題はなかったリツだったが、二十分を過ぎたあたりでタブレットの画面に医務室の文字が表示された。日本語教師にもそれは共有されていたようだった。


「暮林くん、医務室に行っておいで。保健委員の人、一応同行してあげて」


 リツは立ち上がる。平気かと思っていたのに頭痛がした。廊下に出るとアサヒが言った。


「あんまり…平気そうじゃないね。支える?そういうのが嫌なら言って」


「だ、大丈夫…」


 けれども歩こうとした途端に痛みが更に増した。こめかみを押さえて立ち止まる。


「エレベーターを使おう」


 アサヒは少し先のエレベーターのボタンを押す。ゆっくりしか歩けないリツを待って、アサヒは扉を閉めるボタンを押した。一階に着いて降りると目の前が医務室だった。


「三年一組の棚橋です。暮林くんを連れて来ました」


 中に入ると桜井仁に扮したジーンがいた。まるで他人のような冷たい瞳と目が合う。ゾクリと背筋が泡立った。


「あぁ、棚橋くん、ありがとう。授業に戻って大丈夫だよ」


 にこりと取ってつけたように笑ってジーンはアサヒを早々に医務室から追い出す。扉を閉めたジーンはリツに近付くと耳元で囁いた。


「…今はこの部屋に二人きりだよ」


 自然と肩に手が触れ医務室の奥に誘われる。ピンと張った白いシーツのベッドにリツは押し倒された。ベッドの周りのカーテンを片手で閉めて、悪い顔をした白衣の悪魔が眼鏡を外すのが見えた。


「リツ…」


 唇が重なり魔力を流し込まれる。リツが目を閉じると両手の指にジーンの指が絡まった。


「…似合うな…その格好もなかなかにそそる」


 再び唇が重なる。頭の痛みが引いてゆく。


「ジーンも白衣…似合ってる…やってることは…最低だけど…」


 やっとのことでリツが言うとニヤリと笑って再び魔力を注がれた。ネクタイを緩められる。抱きしめられて魔力を流され、ジーンに耳元で囁かれた。


「悪魔にとってそれは褒め言葉だ。会社よりも背徳感が増すな。こうやって生徒に火遊びを教えるのも悪くない…」


 どさくさに紛れて耳朶も甘噛みされた。首にもしつこく口付けされる。リツの下半身がむずむずし始める。


「こっ…これ以上は無理!」


「おっと、そうだった。今は少年の身体だというのを忘れていた」


 ジーンはおどけた仕草でリツから離れる。リツは恨みがましくジーンを睨んだ。


「さて、名残惜しいが、そろそろ真面目に仕事をしなくては」


 ジーンはカーテンを開ける。空気が変わるのを感じた。ジーンはデスクの鍵を開け注射器を取り出した。


「右?それとも左?お任せ?」


 無言のまま左手を差し出すとゴム手袋をつけた手で消毒された。今までこちらを散々弄んでいたとは思えない生真面目な顔でジーンはリツの腕に注射している。切り替えの早さには呆れるばかりだ。


「次は体育があるだろう。思う存分身体を動かすには、このくらいは必要だ。五分くらい休んでから戻るといい」


 保護パッドを貼ったジーンはリツの頭を優しく撫でた。半分ほどカーテンが閉められる。ドアをノックする音がした。


「先生!体育で転んじゃって…」


 別の生徒が入ってきた。カーテンの向こうでジーンが話す声が聞こえる。リツはジーンに貼られた保護パッドを見て気持ちを逸らす。鼓動がうるさいが、意を決して起き上がる。


「ありがとうございました。戻ります」


 リツは視界の端に膝を消毒するジーンを捉える。一礼して逃げるように医務室から飛び出した。階段から戻ろうと移動していると、昨日の事務員の青年が歩いてくるのが見えた。顔色が良い。慌ててワイシャツと緩んだネクタイを直そうと格闘していると、近付いてきた青年がクスリと笑った。


「直しましょうか?」


「いえ…大丈夫です…」


 警戒して後退ると、彼は困ったように小声で伝えた。


「そのままだと…その…見えてしまいますよ。首についてるキスマークも…」


 リツはギョッとする。あの悪魔はなんてことを。仮に今ワイシャツを直したところで次は体育だ。ジャージを首まで上げて隠すしかない。それより着替えるときどうするか。


「次…体育…なんですけど…」


 リツの困った顔に彼は手早くワイシャツとネクタイを直しながら教えてくれた。


「牽制なんでしょうね。もう早誰かに狙われてるんですか?個人への配慮のために体育館横のロッカールームには個室も幾つかあります。そこで着替えれば大丈夫ですよ」 

  

「あの…ありがとうございます」


「私はせいぜいあなたにも恩を売って刑期を短くしたいだけです。桜井先生…あなたのパートナーからも直接声を掛けていただきましたから、出来る限りのフォローはしますよ」


 彼は小声で囁くと、歩み去った。程なくしてチャイムが鳴る。教室に着くと皆が体育館に移動するところだった。


「リツ、大丈夫?」


 ルイが声を掛けてくる。顔を上げて頷くと、驚いたように目を見開いた。


「わぁお!」


「え…なに?」


「いや…なんでもなーい。早く行くよ、ホラ」


 慌ててジャージの入ったバッグを取ると、ルイに手を繋がれた。


「早く行かないと個室は奪い合いなの。僕たちみたいな可愛いのはその辺で着替えると危ないんだよ」


 廊下は走らないという規則をギリギリ遵守する早足でルイは体育館を目指す。空いている個室に入り鍵を掛けた。


「よし、これでオーケー」


 いやルイと二人なのもまずいと思ったが着替えないのも変なのでリツは仕方なくスラックスを脱ぐ。


「え、そっちから?」


 勢いよく上半身裸になったルイが振り返る。


「え…っと…まぁ…色々と」


「あぁゴメン、嫌だよね。根掘り葉掘り。けど知っておかないと何が地雷なのかも分からないから…って、言い訳か」


「いや…見ても気持ちのいいものじゃないってだけで。これは消えないから」


 リツは意を決してワイシャツを脱いだ。首の跡を見せないために背中を晒すのもどうかと思ったが一気に脱ぐ。それに今、胸はないにも関わらず前を向くことにも僅かながらの抵抗があった。


「あ…」


 長い髪をポニーテールにしようとしていたルイの手が止まる。リツはティーシャツを着て、ジャージの上を着るときっちり首までファスナーを上げた。


「もしかして…リツも…流刑者なの?天使…?それとも悪魔?なんで分かんないんだろ。こんなの…初めてなんだけど」


「も、って言った?今は…どっちかっていうと、悪魔寄りかな。自分でもいまいち分かってないんだけどね」


 リツは苦笑しながら、保護パッドを剥がしてゴミ箱に捨てた。


「…それ…相当な魔力量の補給が必要な時の注射でしょ。学園内で使うのも何人かしかいないって聞いたよ?」


 ルイが言う。 


「単にこの身体のエネルギー効率が悪いだけだよ…そんな大げさなものじゃないって」


 荷物に鍵を掛けて個室から出ると、他のクラスメイトたちに一斉に見られた。


「おい、ルイ何やってんだ!リツ、大丈夫だった?」


 トウマが大股に近付いてくる。顔が険しい。


「大丈夫だよ…ただ着替えてただけ…だから」


「ルイは転生マウントを取るのが好きなんだよ。でもその様子じゃ、思うようにはいかなかったみたいだね…」


 トウマが笑う。優しそうな印象なのに笑うと急に怖くなる。目が笑っていないからだとリツは気付いた。


「トウマが僕の何を分かってるっていうの?早く前のトウマに戻れよ…」


 ルイは唇を噛んで、ロッカールームから体育館の方へと走り去る。前のトウマと言ったのが引っ掛かった。ルイは何か知っている。そう感じた。

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