リツ&アスモデウス元帥の場合
夢の領域にリツを攫って、ルイは高揚していた。背中から出した赤いコウモリのような羽を羽ばたかせて、ルイは抱きしめたリツを豪華な天蓋付きのベッドに横たえる。リツは戸惑った表情を浮かべたが、すでに夢の領域の奥深くまで降りたので主導権を握るのはルイなのだった。
(リツ、きれいだよ)
まるで花嫁のような純白のドレスに身を包んだリツを見下ろしてルイは満足そうに微笑む。口付けをしてもリツはされるがままだった。いつも従順で透き通ったリツの魂がルイは好きだった。ゆっくりと胸元のリボンを解くと、形の良い谷間が現れる。美しいと思った。
(おやおや、悪戯な小悪魔は陛下の大切なものまで盗んできたのか…)
聞き覚えのある低い美声にルイはハッと振り返る。
(アスモデウス元帥…)
ルイはリツを隠すかのように前に立ちはだかった。
(私は陛下のものに手を出すほど無粋ではないよ?悪戯にしてはやり過ぎだと、伝えに来ただけだ)
瞬時にしてアスモデウス元帥は移動し、ルイはその場にものすごい力でねじ伏せられていた。首を絞められ息が出来なくなる。自分の領域なのに、思い通りに動けずルイは慌てた。
(分不相応なものを盗む小悪魔に与える罰は何にしようかな。悪戯ができないように羽をもぎ取ってしまおうか。夢の領域でも想像を絶する痛みだぞ?)
安々とルイの身体を反転させ片手で首を絞めたまま背中の翼を乱暴に掴んで引っ張り始めたアスモデウス元帥に体当たりをしたのは巨大な梟だった。
(止めて下さい!!)
すぐにその梟は悪魔のストラスの姿に戻る。ストラスはいつになく剣呑な目をしたままルイを抱き寄せ、元帥を睨んだ。ルイは激しく咳き込む。夢の中なのに本当に死ぬかと思った。
(まったく…小悪魔の躾がなっていないな。君も了承した上での暴挙なら、私は君を罷免するために議会を招集するよ?)
(ストラスは悪くない!僕が勝手にやったことだ!)
ルイは叫んだが、ストラスは首を振るとため息をついた。
(少々、主と王妃との間に見解の不一致が生じただけです…大事にしないでいただきたい。ルイのしたことに関する責任は俺にある…)
(…分かっているならよろしい。ま、大事にするなと言うなら考えない訳でもないが、対価はきっちりともらうよ。いつまでも、君はのらりくらりと私から逃げているが、沈黙の対価はその身体で支払ってもらうとしようか)
柔和な顔で微笑みながら、アスモデウス元帥の放った言葉にストラスは歯噛みした。ある程度言いそうなことだと予測はついていたが、ルイの前で言うのが実に腹立たしいし屈辱だった。ルイが泣きそうな顔でストラスを見上げる。
(ダメだよ…ストラス!!)
ストラスはだが首を横に振るとルイを後ろに下がらせた。
(ルイ、大丈夫だよ。どってことはない。いいから大人しくしてリツさんのところで待っていろ)
(ストラス!!)
ルイの表情を見たアスモデウス元帥は笑みを浮かべる。いい表情だ。赤紫の瞳を光らせてアスモデウス元帥は顎髭に触れる。今回はストラスにしておくが、次こそはこの小悪魔を思う存分に泣かせてみたいと思った。
(女になってもらおうか?)
ストラスは元帥を一睨みすると、やがて女性の姿になった。黒髪も猛禽類を思わせる瞳の色もそのままだが、少し鋭さが消えて柔らかい表情になる。豊満な胸の美女だ。ルイはストラスが女性になるのを見るのは初めてだったので、困惑した表情を浮かべて凝視する。
(これでいい?)
声色までが違ってルイは動揺した。
(あぁ…その姿の君を抱くのはこれで二度目だな。前に女になったときも部下の失態の責任を君が取った…あんな者は八つ裂きにされても見ぬふりをしていれば良かったのに。だが、そんなときでもなければ、気高い君を抱くことなどはできないからな…感謝するよ、ルイくん…)
アスモデウス元帥はストラスに口付けを始める。だが不意に顔をしかめて唇を離した。端から血が流れた。ストラスが笑う。
(さっさと終わらせて。口付けは要らない。そんなものなくたって私は平気)
アスモデウス元帥がストラスの服のボタンに指をかけたときだった。これまで無抵抗に横たわっていたリツが起き上がった。ルイは慌てた。動けないように絡め取ったはずだ。
(アスモデウス元帥、嫌がっている相手を抱くのは反則。ストラスにこれ以上触れるのは止めて)
ベッドの上に立ち上がったリツはフィランジェルの頃の姿をしていた。ルイがぽかんと見上げる。神々しい光を放つフィランジェルにアスモデウス元帥は動きを止めた。
(これはこれは…お久しぶりです。フィランジェル殿。そのお姿を拝見するのは何百年振りか…)
(ストラスはあの方の大切な部下なの。あなたが気まぐれに消費していい相手じゃない)
(ですがこれは…私はむしろ、あなたさまのことを思ってこの小悪魔を止めたのですよ?)
(ルイを理由にストラスに責任を取らせるなら、この場の全責任を負うべきはむしろ私…そもそもの発端はあの方と私の見解の相違によるものだから…彼らはむしろ巻き込まれただけ)
フィランジェルはニコリと微笑む。アスモデウス元帥は苦い顔になった。
(あら、嫌そうな顔。そんな顔をするのなら、天使の知り合いを呼んだっていいのだけど…最近、ようやく見つけたの。あなたの大好きなラファエルを…)
ラファエルの名前を聞きつけた途端に元帥の顔色が青ざめる。元帥は動揺を隠すように顎髭をなでつけると咳払いをした。
(意地悪なことを仰らないで下さい…少々戯れただけではありませんか。ストラス冗談だ。私はそろそろ行くとするよ…)
余計なことを言われないうちにと、アスモデウス元帥はそそくさと姿を消した。姿が消えるなりフィランジェルの姿は消え失せて、そこにはいつものリツが立っていた。
(ふぅ…危なかった…ストラス…大丈夫?)
少し赤い顔で元の姿に戻ったストラスにリツは気遣わしげな声をかける。
(えっ…?今のって…)
(ん?フィランジェルっぽかったでしょ?今の私のままの姿だと説得力ないかなと思って…変だった?)
(な…ハッタリ…!?本物だと思ってましたよ)
リツはベッドの下で座り込んでいるルイにも声をかけた。
(ルイ?ストラスは無事だよ?もう大丈夫)
リツの言葉を聞いたルイは無言のままリツに抱きついた。ルイは泣いていた。
(よ…良かっ…た…ストラスっ…!)
(もしあのまま続きが行われていたら、ルイは罪悪感に耐えられなくなるって思ったから…だって…ストラスは女性になるのを楽しんではいなかったから…)
近付いてきたストラスを見上げてリツは言った。ストラスは大きなため息をついて、リツとルイの肩に手をかける。助けるつもりが逆に救われたことに驚いてもいた。
(リツさんの言う通りです…俺は…抱くのは好きですが、抱かれるのは苦手だ。特にあの元帥は…好き放題してくるし、しつこいから翌朝の気分が最悪なんだ…)
リツは小さく笑ってルイの頭を撫でた。
(ストラス…ルイを慰めてあげて。私じゃ無理だから…)
ストラスは子どものように泣きじゃくるルイを抱きしめた。
(よしよし…ったく、なんだってそんなに泣くんだよ。もう大丈夫だから)
ルイは頷いたがそれでも涙は止まらなかった。
(そろそろ…アルシエルのところに戻らないと…私もちゃんと話さなきゃ…じゃあ先に行くね)
(出口は分かりますか?)
(大丈夫。飛んでいくから。それに…多分近くまで来てる気配がする…)
リツはそう言うと艷やかな黒い翼をはためかせて上空へと飛び立った。




