リツ&ストラスの場合 2
呼び出されたストラスは足を踏み入れたことのないセラヴィ株式会社を見回し、リツの社員証で扉を開けたイチカに案内されて常務室に向かった。すでに皆退社したようで社内はしんと静まり返っていた。
最初は主に何かあって帰りに間に合わなかったのだろうくらいに思っていたが、どうも事情が違うようだった。ソファーに横たわったリツは魔力過多に陥ったままで下腹部から出血していた。
「リツさん…!!」
「魔力を吸い取ったけど、限界で…それに…血が止まらないんだ」
「主は?」
「喧嘩になって、今は会いたくないんだよ。魔力過多になったのだって、あいつのせいじゃん。器がちっさいんだよ。どいつもこいつも。あんなの強姦と変わらないじゃん、何が愛だよ、クソっ!」
イチカはまた先ほどまでの燃え上がるような怒りを思い出して苛々し始める。
「まず魔力を吸い取りますよ?」
ストラスは手を伸ばしたがリツは首を振った。
「痛いの…耐えられない…口からで…いい…お願い…助けて…」
目が腫れている。泣いたのだろう。ストラスは一瞬怯んだが迷っている時間がないのも分かっていた。
「すみません、ちょっと我慢してて下さいよ」
ストラスはリツの頬に触れ口付けをする。すぐに緩んだ唇の間から魔力を吸い取った。ひどい味だと思った。濃くて苦い。揉めたにしてもやり過ぎだ。しばらく魔力を吸い取ってから出血箇所を確認する。服をめくると魔法陣の周りから血が溢れ出ていた。不思議な魔法陣だと思って、それが異世界の友人のプレゼントだったことを思い出す。手をかざしたが血は止まらない。ストラスはタブレットを取り出してアクセスを試みた。応答がない。ダメかと諦めかけたときに、画面に少し眠そうな銀髪の青年が映り込んだ。
「ん…?こんな時間にどうしたの…?」
「お、王子!申し訳ない。ジュディスの虫除けの魔法陣が作動したらリツさんの出血が止まらなくなったんです!」
「あーストラス?久しぶり。うん…えっと、寝起きで頭が働かない…虫除け…?あぁ…婚姻の魔法陣か。喧嘩でもした?相手を強烈に拒否すると…夫でも妻でも発動することはあるよ?血が出るのは、それでも相手を傷付けたくないって本能が働いて…それが自分に跳ね返ってきてるから…」
本当に寝起きらしく、王子はのんびりと話す。
「とりあえず分かりました。どうやって止めたらいいんですか?」
「それは…揉めてた内容によるなぁ…なんでそんなことになったのか…ちょっと僕が見てもいいかな?」
タブレットをリツの方に向けると王子と呼ばれた人物は優しい顔で微笑んだ。
「…ごめん、記憶を読むよ?嫌かもしれないけど」
画面の方からどういう訳か光でできた植物が生えてきた。長いので蔦だと分かる。蔦はリツのお腹に触れた。リツは心地良いと思った。嫌な感じはしなかった。
「なにこれ…?いや…ちょっと…ゴメン、いや、なんでこんなことで喧嘩になってるの?今回は彼の方が分が悪いなぁ…でも、僕ももし妻が顔見知りに舐め回されてるのを見たら…ちょっと嫌かなぁ…」
王子はクスリと笑った。
「リツさん…だっけ?とりあえず今は信用してるストラスにでも舐めてもらっといて。そうすれば止まるから。でも怒ってる限りはまた傷が開くよ?アルシエルと早く仲直りした方がいいよ。でも乱暴に扱われるのは嫌だよね。痛いときはちゃんと痛いって言葉にして伝えてみて。やめてとかイヤだけだと伝わらないこともあるんだ。本当は喜んでるって勘違いする人もいるし。彼は少しそういうところが不器用なんだよ…お互いが分かる大丈夫なときとそうじゃないときの合図を決めるのもいいかもしれないよ?言葉にするのが難しかったら…」
画面に蔦が吸い込まれて消える。
「ありがとうございます、助かりました」
「ううん、大丈夫だよ。それよりストラス、気をつけて。一度きりだけど…ないよりマシかな…」
画面から魔法陣が浮き上がってストラスの掌に張り付いた。一瞬のことで見えなくなる。
「ストラスは自分が盾になればいいって思ってそうだけど、その考えはそろそろ止めた方がいいよ?危ないときには発動するから。モニターってやつ?どこまで離れてても使えるのか検証してるところ…。生まれてくる子がお父さんの顔を知らないのは可哀想だよ?じゃあね」
意味深なセリフを残して画面は再び沈黙する。ストラスは言われた言葉に動揺しながらリツを見下ろした。
「あれ、誰?王子なの?めっちゃキラキラなイケメンじゃん。なんかすごいこと言ってたけど…ちなみに俺が舐めてもダメだったよ。リツの血は止められなかった。すでに試したから」
「度々すみません…失礼しますよ?」
ストラスはそう言ってリツの魔法陣の血を舐め始めた。溢れ出る血はストラスが舐めていくと本当に止まり始めた。時折聞こえる乱れた呼吸が気になったがストラスは聞こえないフリをした。魔法陣の血を舐め終わるとストラスはホッと息を吐いた。リツもようやく落ち着きを取り戻したようだった。
「さて、帰るとしますか」
ストラスは流れた血を魔力で消し去った。起き上がったリツが立とうとして少しふらついたのでストラスは抱き上げる。リツは小声で言った。
「お父さんって言われたよね?それって…エストリエとの子どものこと…?」
「いやぁ…ちょっと信じ難いですが、そっちに関しては当たるんですよね…王子の予言…そうなんだと思います…」
「へぇ?ずっとルイを抱いてんのかと思ったらエストリエも…?ストラスの方がよっぽど器用じゃん」
イチカの言葉にストラスは眉を寄せてイチカを見下ろす。
「器用じゃないですよ、俺だっていっぱいいっぱいだ」
「…ごめんね、ストラス。頼っちゃって」
「ま、そういう役回りなんでしょうよ。リツさんは我慢しないで、もっと主に文句言った方がいいですよ?毎回出血して痛い思いをしてるじゃありませんか」
小柄なリツはストラスからするとやはり壊してしまいそうで少し怖い。そっと扱ってしかるべきなのに、平気で乱暴に抱く主に対してストラスは、わずかな反感を覚える。主はほぼ絶対と言わんばかりに従ってきた自分が唯一と言っていいほど、何かしらの引っかかりを感じるのは、リツに対して時々見せるその暴力的な顔なのだった。支配欲なのだろうと思う。だがそれは、大切にするのとは違う。
倒した車の後部座席にリツを横たえて、ストラスは血を流したリツを学校に迎えに行った日のことを思い出していた。車の中にはルイが待っていた。何となくついてきたようで、実は何かしらの勘が働いたのかもしれなかった。
「ルイ、運転してる間、リツさんの様子をみておいてくれ。異変があったら教えてほしい」
「うん、分かったよ。大丈夫?リツ…」
ルイは心配そうにリツの顔を見ていたが、そっと手を握った。
「辛いなら少し寝ていなよ。夢の中で遊ぼう」
ルイはそう言うとそっと額に口付けをする。リツは目を閉じる。
「いいかな?リツの夢の領域に入っても」
ストラスは運転席から振り返ると頷いた。
「エロいことはするなよ?それで主とケンカになったんだからな?」
ストラスの言葉にイチカが吹き出す。
「俺も連れてってよ。監視しとく。それなら大丈夫だろ?」
ルイは少し不服そうな顔をしたが頷いた。
「分かったよ」




