リツ&イチカの場合 2
夕方になって瀬尾が退社するのを見計らってジーンは車をセラヴィ株式会社の方へと走らせていた。とはいえ今、実際に運転しているのは瀬尾で、助手席にようやく人の姿に戻った成瀬が乗っていた。長いことハムスターになっていたせいで成瀬は鼻をヒクヒクさせていた。
「人生でひまわりの種がこんなに好きになるなんて思ってもいませんでした…」
成瀬の膝の上にはハムスターの餌のひまわりの種の袋が乗っている。その袋から種を取り出して殻を剥いて成瀬はポリポリと中の種を一心不乱に齧っていた。後部座席のジーンは最短距離を繋ぎながら思わず笑ってしまう。
「君はすぐに影響を受けるな…」
「僕だって、こんなことになるなんて想定外ですよ。ああっ!これ止められないんですよ!」
成瀬はじたばたして頭を抱えた。
「餌が昆虫だったりしないだけ、まだ良かったじゃないか」
「いや、さすがに僕だって昆虫は食べませんよ…」
「昆虫食をなめると痛い目に遭うぞ?」
「まさか…なんですけど、魔界には…昆虫を食べる文化が…?」
「あぁ。それはあるとも。虫と言ってもそこそこ大きいからな。牛くらいの大きさのもいる」
ジーンの言葉に成瀬はゾッとした顔付きになる。運転していた瀬尾が笑った。
「陛下…あまり、からかわないで下さいよ。本気にするじゃありませんか」
「なんだ良かった…ウソなんですね」
ホッとしかけた成瀬に向かって瀬尾が穏やかに悪気なく言葉を繋いだ。
「さすがに牛サイズとなると珍しいので魔界の熱帯地方にでも行かないと手に入りませんが、猫くらいのサイズなら都会にもザラにいます。僕は仔猫くらいのサイズの幼虫が好きですよ。外側をこんがり焼いて中が温泉卵くらいの固さになる程度で火を止めたのがいいですね…とろっとしていて美味しいんですよ…」
カブトムシの幼虫が巨大化したところを想像して成瀬はそこで思考を停止した。瀬尾はまだ喋っていたがその内容を理解することを成瀬の頭が拒否した。聞いてしまったら温泉卵まで食べられなくなりそうだ。成瀬は首を振ると深いため息をついて沈黙した。
***
セラヴィ株式会社のモードに切り替えて、ケージに入った瀬尾、ひまわりの殻をスーツにつけてしまって駐車場で払う羽目になった成瀬が、常務のジーンと共に帰社すると、何やら常務室の方からおかしな気配が漂っていた。嫌な予感がしたジーンは足早に常務室に突入する。社長への報告は成瀬に丸投げした。懸念したことは特になにも起こらなかった。
「あ、おかえりなさい、ジーン」
気のせいだったかと思ってリツを見たジーンは朝履いていたストッキングと色が違うことに気付き眉をひそめた。
「仕事をしていてストッキングを安物に買い換えるタイミングがどこにあるんだ…?あれは新しいものだったはずだ。破れるにしても早すぎる」
ジーンに詰め寄られたリツは目を逸らす。何かあったに違いない。詰め寄ったジーンはおもむろにスカートの中に手を入れる。容赦なく指が入り込んできてリツは思わず息を飲んだ。
「ジーン!!」
「…こちらは無事か。だとしたら、足そのものか」
入念にハンドソープで洗い流しタオルで拭き取ったのに何故気付くのか。そのままストッキングを脱がされてリツはジーンにじっくりと検分された。
「ジーン…誰も…悪くないです…ちょっと…想定外のことが起こっただけで…」
「想定外のことが起こるとお前は他人に足を舐めさせるのか?」
ダメだ、全てバレている。リツは諦めた。
「ごめんなさい…」
「やはり、あの使い魔は挽き肉にでもしてしまうか…」
「それはやめて!」
「冗談だ。半分くらいはな。だが…腹立たしい」
ジーンはリツのふくらはぎに舌を這わせる。背筋がゾクゾクしてリツはその場に硬直した。
「…こんなに獣の匂いをつけられて…そのうちに喰われてしまうぞ?天使の肉は旨いそうだからな」
嘘とも冗談とも判別のつかない口調で言いながらジーンは太ももを舐め上げた。リツは力が抜けて立っていられなくなってきた。
「ジーン…やめて…」
「こんなところで止めていいのか?」
思わず背後のデスクにつかまると、リツはそのまま押し倒された。デスクの上にあったものはいつの間にか消えている。
「ここ…会社…」
「だからなんだと言うんだ。獣くさくて腹立たしい」
覆い被さってきたジーンに強引に口付けをされてリツは一気に魔力を流し込まれた。魔力過多に陥りリツは喘ぐ。熱い。下着を剥ぎ取られてデスクの上でリツは暴力的にジーンに貪られた。快感よりも痛みが増してゆく。苦しい。痛い。痛い。
「や…めて…!イヤっ!」
リツが声を上げるのと同時にプレゼントされた魔法陣が作動してジーンが跳ね飛ばされた。リツは痛みから解放されたのと魔法陣が発動した驚きに呆然とする。一瞬停電でもしたかのように蛍光灯が一斉に暗くなってしばらくすると再び明るくなった。異変に気付いた社長と宮森が駆け込んできて、デスクの上でぐったりとしているリツと、立ち上がるジーンの姿を見た。遅れて猫の姿のイチカが駆け込んできて、人になりリツを抱き起こす。おおよそ何が起こったのか同性の勘を発揮したイチカはリツを抱きしめたまま、軽蔑したような眼差しでジーンを睨んだ。
「アルシエル…フィランジェルを責めるのはお門違いだよ」
社長の言葉に、身なりを整えたジーンは社長と宮森とを無表情のままに見る。静かに怒りが立ち上るのが分かった。
「使い魔の躾もできていない、ルシフェルがそんなことをよく言えたものですね」
「悪魔は女性の共有くらい平然と行うのに、アルシエルの方がこの世界のしがらみにがんじがらめになってるだろう。僕はリリスにはそんな窮屈な生き方を強いたくはないよ。快楽は皆で共有してもいいと思う」
「それは、あなたの考え方でしょう。私は違う。その主義主張でフィランジェルの優しさに付け込んで掠め取るのは感心しません…」
「…やめて!みんな、やめて!」
リツは顔を覆ってとうとう泣き出してしまった。途切れ途切れに小声で囁いたリツに、イチカが頷く。
「みんな、先に帰ってろよ。こっちはストラスを呼ぶから。リツ怪我してない?大丈夫か?」
イチカはリツの背中を撫でた。震えている。
「みんな、ちょっと頭を冷やせよ。てめーらの主張なんか今はどうだっていいんだ、リツの気持ちも少しは考えろよ!揃いも揃ってバカなのか!?」
イチカはリリスの気配を漂わせて一喝した。去り際にジーンが物言いたげにこちらを振り返ったがリツは顔を覆ったままで決してジーンを見なかった。




