ストラス&ルイまたはエストリエの場合
翌朝早い時間にガブリエルが六季を迎えに来た。ここからでも六季の通う小学校に間に合う時間に来たのだろう。そういうところは律儀だ。
「バイバイ、ルイ兄ちゃん」
少し腫れた目で六季は言う。
「バイバイ、ムツキ。元気に過ごすんだよ」
六季は迷いながらもルイに抱きつく。ルイは六季の頭を優しく撫でた。
「ムツキ、ちゃんと勉強してまっとうな大人になるんだよ」
「なにそれ兄ちゃん。兄ちゃんはそうじゃないみたいな言い方…」
六季の顔を見てルイは微笑む。
「僕は人でいるのが無理だったから…諦めて悪魔になったんだよ。じゃあね、ムツキ。ムツキをよろしくお願いします」
ルイはガブリエルに向かって深々と頭を下げる。ガブリエルはルイの頭を撫でた。
「任せとけ。ルイ、リツと仲良くな」
事前にアルシエルが連絡済みだったのだろう。ガブリエルはそう言って手を振ると、六季の手を握った。大人しくガブリエルに手を引かれて六季は帰ってゆく。
「ふぅ…」
見送った面々は、ようやく日常に戻れることにホッとしていた。
「夜うるさかったですよね、ごめんなさい」
近くにいた花咲にルイが頭を下げると、花咲は慌てて首を横に振った。
「大丈夫大丈夫、それよりも…ちょっと個人的なことを聞いてもいい?君って…バイ?どっちもいけるの?」
「えっ?」
ルイは驚いて相手を見上げる。化粧をしていないと相手が恐らくは青年なのだろうと分かる。だが、どこか儚げな顔立ちが性別を曖昧にさせている。薄幸そうとも言えた。
「僕は…その…女性は苦手だと思っていたんですけど…リツならイケるかもって…正直なところ昨日は思っちゃいましたね」
ルイがへらっと笑うと相手は眉を寄せて難しい顔付きになった。
「その、暮林さんならイケそうって…その感覚が私にはない…だからこんな中途半端なことになってるんだけど」
花咲は少し自嘲的に笑って伸ばした髪をかき上げる。
「…悪魔はリアルな夢を見せられるし望んで見ることも出来るんです…昨日僕は初めて夢の中で女の子になって大好きな人に抱いて貰いました…これはこれでまたアリだなって思いました。僕は比較的感覚重視なんで。痛いのと気持ちいいのとどっちもアリかな。好きな人が与えてくれるものなら要するに何でも許容できちゃうのかも。相手に合わせて自分が変わればいいだけで…」
後ろからエストリエと共に現れたストラスがルイの頭を撫でる。振り返ったルイは嬉しそうに笑った。エストリエがルイの肩に手を回す。
「ストラスから聞いたわよ?昨日夢の中で女の子になったんですって?ストラスったら何だかんだで役得よね…」
エストリエは微笑む。ルイの頬にキスをするとルイもエストリエに返した。二人とも何やら親密な空気だ。
「それよりも元帥に乱入されて焦ったよな。体調は大丈夫か?ルイ?」
ストラスの言葉にルイは頷いた。この三人はどういう関係性で繋がっているのだろう、と花咲は不思議に思う。ルイの表情と会話からしてストラスがその相手に違いないと思ったが、それにしてはエストリエの対応がおおらか過ぎる気がした。
「え?元帥まで来たの!?本当に大丈夫だった?私、ストラスといるのに、あの人ったら胸を揉んでキスしてきたのよ?」
「大丈夫だよ…キスは…されちゃったけどさ。それに拷問してきたのって誰だっけ?あっちの悪夢の方も上々だったみたいだし、夢の中でもけっこう自分の意思で動けるようになってきたから…」
「あぁ…なんつったっけ?そこにいる花咲さんの同僚だよ。逃亡した奴」
「…ひょっとして秋村ですか?」
不意に姿を現したのは宮森だった。
「あぁそう、そいつに昨日言われた通りに悪夢を送ってやったんだ。今まで食い物にしてた方から骨の髄まで貪り尽くされるのはどんな気持ちか、繰り返し分からせてやった。断末魔の悲鳴を上げて逃げようと必死だったぜ?どうだ?自分で手は下せなくても、それを聞いて少しは気が晴れたか?」
「そうですね…私なら、待ち切れずにバラバラに引き裂いているところですから」
宮森は微笑んで頷く。実は同じ夢の領域に窓を作って、そこからひっそりと様子を窺っていた。恐らくストラスは気付いて見て見ぬふりをしていた。ルイにはまだバレていないはずだ。花咲の顔をした使い魔が指を食いちぎるのを見て、口元が思わず緩んでしまったのは秘密だ。いい気味だと思った。
「そうそう、その人。昨日は悪夢にうなされて酷い目に遭って眠るのが怖くなってるかもね…覚めない悪夢ってたちが悪いよ」
「ルイくんがやったんですか?」
宮森が目を見開く。悪魔になりたてなのになかなか見ない能力だと思ったからだった。
「はい、そうです。暴走防止も兼ねて、まだストラスのチェックは必要だけど…と言っても、途中からはノリノリな別の使い魔に交替しましたけどね」
「ルイは夢の領域で遊ぶのが得意なんだって、ちょっと試してみたら分かったからな。まずは得意分野から伸ばしていこうって訳」
ストラスはルイの肩を抱いた。さり気ない触れ合いだが、そのことによってルイの魔力が安定するのが分かる。気付けば宮森もつられて花咲に触れていた。
「先輩…?」
会社のクセが抜けない花咲が腰に回された手に気付いて慌てた声を上げる。それを見たストラスがニヤリと笑った。
「元聖女の魔力は我々悪魔にとっては少し異質な感じがするな…少しずつ慣らしてゆく必要があるから、そうやって触れるのはある意味正解だよ」
宮森は自身の魔力を流しながら少しずつ花咲の魔力も吸収してゆく。最初はかなり痺れるような感覚がしたが、だいぶ慣れてきてもいた。花咲は少し恥ずかしそうに宮森の手に自分の手を重ねる。花咲の魔力も安定してきていることに満足して、宮森は背後からもう片方の手を伸ばしてきつく抱擁した。




