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ジーン&リツの場合 4

「ジーンったら、いつの間に行っちゃったの?」


 少し寝坊して慌ただしく朝食を食べたリツはストラスに手伝ってもらい魔力で昨日の姿に変身を遂げた。ストラスの運転する車に乗り込む。今日のストラスはいつもの屈強な運転手シトラス・オレンジの姿だ。


「主の出勤時間は早いですからね。少しでも休ませてあげたかったんじゃないですか?」


 ストラスの言葉にリツはハッとしたように顔を上げた。


「…体調は大丈夫ですか?」


 車を出しながらストラスは訊いてくる。


「魔力は…前よりも安定していて調子はいいの。こんなこと今まで一度もなかったから変な感じ…毎朝頭痛で目覚めてたから…」


「そうですか。一番最初に会ったときは…リツさんが壊れてしまいそうで怖かったですよ。多分主も同じだったと思うんです。そんな素振りは微塵も見せませんでしたけど、主従関係を結んだ際に一部意識を共有しているので、何となく伝わってくることもあるんですよね」


 ストラスはミラー越しに優しい目をした。


「タブレットとリストウォッチに医務室に行く時間を設定してあります。魔力があってもなくても、何かしらの理由をつけて顔を出したらきっと喜びますよ」


 ストラスの言葉にリツは頷いた。気恥ずかしい。


「私…ロクな学生時代を経験してこなかったから…もしかしたらこれも人生を楽しめってことの一つなのかな…って思ったりもしていて…あ、もちろん調査対象とはちゃんと話をするつもりだけど」


 そんな話をしているうちに清葉学園に到着する。リツの他にも高級車で登校している生徒が複数名いた。この学園に入れるからには大半が富裕層なのだろう。


「じゃ、時間になったら迎えに来ますから、気を付けて行ってらっしゃい」


 三年一組の入り口は校舎の向かって右側だった。タブレット内の校内見取り図で大体の教室の位置関係は掴んでいる。靴を脱ぐと真新しいネームで「暮林律」と書かれた靴箱があった。上履きに履き替えていると、近くに来た学生に声を掛けられた。


「おはよう!新しく来た子?僕も同じクラスの棚橋朝日だよ。よろしく」


 眼鏡をかけた長身の少年が声を掛けてくる。


「アサヒおはよ!あれ?転入生?」


 それが三柱冬真だとリツはすぐに分かった。優しそうな、けれどもタブレットで見たよりも快活な印象の少年だ。


「あ、うん、これからよろしく。僕は…暮林律」


「僕は、三柱冬真。トウマって呼んで。まず行くのは職員室だね。案内するよ」


 トウマに言われて、リツはすでに場所を把握していたが、笑って頷いた。


「ありがとう」



***



 一方ジーンは各クラスの保健委員が提出する健康観察表を集めているところだった。先ほど別の教師と交代したがそれまでは門に立って登校する子どもたちに挨拶をしていた。雑多な事務が多々ある。健康観察表も本来ならばタブレット内で済むのだが、あえて養護教諭と生徒を交流させる為もあるのか紙面での提出だった。小学部の養護教諭が不在の間に一人転んだ子もいて、こちらの医務室に教師が連れてやって来た。広範囲を擦りむいていたが、ジーンは片手で魔力を操り治療した。医師免許があるのは嘘ではない。人間と悪魔と天使とそれぞれ身体の構造は違う。治す際にも役立つが実は確実に息の根を止めるのにもこの知識は役に立つ。殺すのは簡単だが生かす方が難しいと言っていた異世界の友人の言葉をふと思い出す。


(命を掛けた生きるためのやり取りではなく…生きるのに消極的な連中を無理にでも己の生に執着させろというのか…それはそれで酷なことだ)


 異世界への転生を阻止するというのはつまりはそういうことだ。遠目で見た三柱冬真も楽しそうに笑っているが、笑っているのは佐伯凛だ。不意に気配を感じて用もないのに医務室から出る。廊下の向こうから三柱冬真に案内されてこちらの方に歩いてくるリツの姿が見えた。


「おはようございます」


 トウマが元気に挨拶をする。


「おはようございます」


 やや小さな声でリツが挨拶し白衣姿のジーンに、僅かに目を見開くのが分かった。


「おはよう。転入生かな?」


「はい。暮林律です」


「これから職員室に案内するところなんです。ここは医務室。養護教諭の桜井先生だよ」


 トウマがニコニコしながらジーンを紹介する。


「じゃ、行こうか」


 一礼して通り過ぎるリツの手の甲にジーンはさりげなく指先で触れる。一瞬振り返ったリツの顔がやや赤い。ジーンは触れた人差し指を唇の前に立てると人の悪い笑みを浮かべてその姿を見送った。



***



 朝会で担任の風間に紹介されたリツだったが、担任の目の下のクマを見て、この人も転生者かと気の毒になった。数日前の自分もそんな風に見られていたのだと思うと他人事には思えない。契約しているパートナーもいないのだろうか。


「暮林くんの席は棚橋くんの隣だよ」


 今朝会った眼鏡の少年が小さく手を上げリツに合図する。


「暮林くんは体調管理が必要なので定期的に医務室に行く必要がある。棚橋くんは保健委員だから何かあったら彼を頼って大丈夫だからね」


 担任の方が医務室に用がありそうだと思いながらリツは席に移動する。二時間目の後半に医務室に行く時間が設けられていた。その次は昼食後だ。医務室にジーンがいると思うと急に緊張してきた。


「暮林くんも転生者だよね?僕のことはアサヒって呼んで。僕も転生者だから安心して」


 小声でアサヒが言ってくる。リツは曖昧な笑みを浮かべる。確かにアサヒも整った顔立ちをしているとは思ったが、転生者だから皆が皆仲間意識を持つかと言ったらそうではない現実を嫌というほど経験してきたので、心を許すのは早いと思った。チャイムが鳴って担任が教室を出ると、数人が早速席に近付いてきた。


「暮林くんって転生者でしょ?だって綺麗だもん分かるよ。あ、僕?僕は伊集院瑠衣。ルイって呼んで。君のこともリツって呼ぶね。僕は元炎の精霊」


 自慢気に言ってきた少年はスカートを履いて美脚を晒していた。本当に履いてる、とリツは驚きつつも、金髪を伸ばした青い瞳の少女のような少年を見上げる。養子縁組だろう。どう見ても外国人の顔立ちだ。


「リツって、何の転生者なの?よく分からないなぁ…」


「こら、踏み込んだことを聞き過ぎだ。別に転生前が何であっても関係ないだろ」


 アサヒが制する。ルイは不満そうに頬を膨らました。


「でもそれって結局建て前じゃん。高等部じゃ天使や悪魔の転生者がカーストの頂点で、精霊は所詮はパシリだって言ってたよ。兄ちゃんが」


 兄がいるのか、とリツは思う。気配を悟られないようにと、ここ最近は薬を飲んでいる。ジーンもだ。


「ねぇ、リツってパートナーはいるの?」


 やっぱり訊かれた。そこに関してもジーンに言われた。存在を公表しろと。


「うん…いるよ。僕は運が良かったんだ」


 目を伏せてはにかむ。変なところにうるさい悪魔に表情の作り方まで指導された。途端にうるさかった周りが静まり返る。程なくしてチャイムが鳴り、一時間目が始まった。

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