第5説 祝いの館
いつの間にか眠っていたウラヌスを
以前は自分の寝ていたベットに寝かせたジークは
嫌な思い出を仕舞い込もうと外に出ようとしていた。
今回は、その続きのお話。
嫌な記憶を思い出してしまったジークは、気分を変えるために屋敷を適当に歩き回るという自分に宛てた言い訳を心に仕舞い込んで寝室の扉に手を掛けて、開いた。
「ふんふんん・・ひゃっ!」
ジークは、扉の前から聞こえていた鼻歌に気がつかずに、扉を開けてしまった。その結果、そこを通りかかったメイドが扉に激突した。どうやらお互いに反応が鈍かったらしい。
「・・!悪い!大丈夫か?」
すかさず(といっても2秒は気づかなかった。)メイドに気づいて、ジークは手を差し伸べた。すると、メイドはその手を握って立ちあがった。見た目からしてまだまだ幼い少女だ。年齢でいえばまだ10歳程度だ。すると、顔を上げた少女はジークの顔を見るや否や沸騰でもしたかのように顔が真っ赤になった。
「・・・(こ・・この人が、私の・・・ご主人様・・)・・・」
様子がおかしいと思ったジークは、メイドの容体を計ろうと彼女の額に手を当てようとした。が、彼女は何をそんなに驚くのか分からない程に動揺して、ジークの手をひっぱたいて何処かへ走り去ってしまった。何がどうなっているのか分からなかったジークは、行きたくは無かったがきっと使用人たちがいるであろうリビングルームへと足を向けた。
「そう言えば、さっきの女の子・・・エルフだったな・・」
ジークは、先程ぶつかって(扉と)しまった少女の事を思い返してみた。エルフは、基本的には人間と殆ど同じ容姿をしている。しかし、神(人間と全く容姿が一緒。ジークやウラヌス、アリス等が此処に入る。)とは違ってエルフは、耳の先がやや尖っている。これはエルフ族全てに共通しており、この特徴で種族を決める輩もいるが、エルフ族は耳で判断されるのを基本的に嫌っている。それは何故か。エルフは、普通の人間よりも体力が劣るものの、頭脳の方は人間の倍近く優秀だった。その為、昔に何度か愚かな民どもがエルフの頭脳に嫉妬して所謂「エルフ狩り」を行っていたのだ。それはこの国の初代国王が平和主義を掲げた時に廃止された。それによって今の人とエルフの共存が成り立っているのだ。
「さてと・・初等科だった頃の授業を思い出してたらいつの間にか着いたな。」
ジークからしてみれば、屋敷の中をウロウロしていただけなのに、いつの間にか吸い寄せられるようにこの、惨劇のあったリビングルームへ到達していた。扉のノブに手を掛けようとしたジークだったが、途中で手が止まってしまった。自分では開けるつもりだったのだが、体は昔の記憶が怖くて手が伸ばせないでいた。このドアを開ければ、またあの惨劇が蘇るような気さえしていた。しかし、勇気を振り絞ったジークは、ドアノブを掴むと勢いよく扉を開いた。
『・・お帰りなさいませ!ご主人様!!』
ジークが扉を開けると、そこにはテーブルが幾つも並んでおり、その上には豪華な御馳走が所狭しと並んでいた。そして、入り口では使用人一同(総勢10人)が出迎えてくれた。
「・・あぁ、ただいま!」
ハイテンションに返事を返した使用人たちはそろって喜んだ。なにせ主人が怪我も無く無事に帰還したのだから。しかし、ジークには気がかりな点があった。前に出兵するときは8人だった使用人が、増えていたのだ。しかも、先程の少女の姿が無かった。
「おい!これはどういうことだ?説明してくれないか?」
ジークは、使用人の中からメイド長であるイヴ・リートウェルと言う女性を見つけて声を掛けた。因みに、彼女はジークが屋敷の権利を得た時(15才の時)から住み込みで働くようになったメイドであり、ジークとは執事長であるアダム・アレイスタと並んで長く一緒に住んでいる。なので、今では兄弟のように接している。しかし、さすがに他人がいるときにはそれは避けていた。
「なに?おにいちゃ・・ととっ!・・ご主人様?」
素の感情が飛び出しそうになったイヴだったが、慌てて声を塞いで業務の時の言葉に変わった。このあたりは流石はイヴだと思えた。彼女は、ジークが通っていた学院に通ってもいるのだが、そこで彼女は演劇部の部長をしているのだ。ヴァイス曰く、「あんな可愛い子がいるんだったら、俺はお前の家に居候してでも彼女を射止めて見せるぜ。」らしい。このときは突っ込みを入れただけで終わったのだが、ヴァイスが未だに狙っているという噂をたまに耳にすることがある。
「ハァ・・新しいバイトを何人雇った?」
ため息交じりに聞いたジークだったが、すぐさま帰ってきたイヴの答え「何言って・・ととっ!何を仰いますやら。全員住み込み志望の本職者ですよ?半数は捨てられていた子供を、昔の貴方のように優しい心で迎え入れました。」だった。その裏側に、脅迫の念が込められているとジークは感じた。
「・!・何を勝手な・・」
注意しようとしたジークだったが、その視線に使用人たちが入った。よく見ればまだ幼い。それこそ年が低ければ10歳くらいの子供もいた。これでは児童保育だ。いや、教育かもしれない。
「!・・・くっ!勝手にしろ!」
まさかこんな子供たちを外に放り出すわけにもいかず、ジークはしぶしぶ了承した。すると、まるでお菓子をもらえた子供のように、使用人たちが喜んだ。
「はぁ・・なんでこんな・・」
俯き加減になっていたジークだったが、いきなり後ろの扉が開いて二人の少女が入ってきた。その二人を、ジークは見たことがあった。
「すいません・・おくれちゃいまし・・ああぁっ!さっきの変態さん!」
「・・すいません・・あっ・・暴力主人・・」
二人してジークを罵倒しているのだが、ジークは否定しきれなかった。これで信用はガタ落ちだと思い覚悟を決めたジークだったが、素早く誰かの手が二人にハリセンによる鉄槌を下した。それは、メイド長をしているイヴだった。
「失礼でしょう!二人とも!今すぐ謝りなさい!それと自己紹介!」
すごい剣幕で怒鳴りつけたイヴは、その後直ぐに自分のしたことが恥ずかしくなってハリセンを背中に隠していた。
「ごめんなさい・・私はイグニス・フィア・ウォンテリット・・妖精っす・・」
「すいません、すいません・・・・私、チェリス・ギュント・・・エルフ・・です・・」
イグニスは普通に頭を下げて謝っていたが、チェリスは顔を赤面させて動けずにいた。なにやら不思議に感じたジークだったが、今は早い所このパーティーを楽しみたいと思い始めていた。
「うん・・宜しく。・・さぁ!みんな!今日は俺の帰還祝いの準備をしてくれてありがとう。今日は、従者と主人では無く、みんな同じ友達同士と思って楽しんでくれ!以上だ!」
それだけ言ったジークは、早速飲み物を呑み始めた。
そして時間は動き始めた。
パーティーが盛り上がってきた所で
ウラヌスが目を覚ましてリビングルームへやってくる。
しかし、寝ぼけているのが原因なのか、ジークを見つけると
まるで久しぶりの再会をしたかのように抱きついて離れなくなってしまった。
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