第2説 友人
昼過ぎの草原を走り抜ける一台の馬車の姿があった。
今回の話は、その中でお喋りをしている二人が繰り広げることとなる。
第2説 友人 開幕!
何処までも付いて行きそうなニコニコとした笑顔。それは、ジークにとっては弱点になりうる存在だった。ウラヌスがもしも敵側に回ったとしたら、自分は対処することが出来るだろうか。そんな物騒なことを考えていると、不思議に思ったウラヌスがその純粋無垢な表情を向けてきた。
「ジークぅ・・どうしたの?気分でも悪い?」
そう言ってウラヌスがジークに近づいた。これは補足説明になるが、馬車の中は普通の天使用の積車では無く、将軍格の馬車にはとても一般人が手を出せないような高価な代物が設置された豪華なワンルームの様な感じだった。
「・・ん?いや・・特に何処も無いが?(なんでこんなに顔が近い!)」
平静を装っていたジーグだったが、動揺もしていた。あと数㎝でキスしてしまいそうな程近かったのだ。ウラヌスからしてみれば、これも自分から望んだ行為なのかも知れない。しかし、少なくともジークは動揺していた。
「ふ~ん・・わかっ・キャッ!」
ウラヌスがジークの安全を知り、安心して元いた位置・・即ちジークの隣に座ろうとした時、馬車が勢いよく揺れた。どうやら大きな石か何かを踏みつけたらしい。とにかくその振動で足元をすくわれたウラヌスは、ジークのいる方向へすっ飛んだ。
「・・っと!お前こそ大丈夫か?」
少し浮いたウラヌスを、すかさずジークが受け止めた。しかし、受け止め方が悪かった。お姫様だっこの状態で受け止めたせいか、ウラヌスの顔は真っ赤になっていた。しかし、ジークはそれをただの発熱と勘違いしていた。鈍感なのだ。こやつは。そうこうしているうちに馬車の中からでも分かる程にいい香りが漂ってきた。帰って来たのだ。王都に。
「ありがとねぇ!」
降り場に到着した馬車は、その場所で待機していた。暫くして、ウラヌスとジークが降りてきた。すると、降りてくるのを待っていたかのように記者達が詰め寄ってきた。しかも何故かインタビューはジークにだけ向けられており、ウラヌスは此処まで馬車を引っぱってくれた馬を撫でていた。
「あぁもう!止めてくれ!何も答えることは無い!」
それだけ言うと、足早に歩を進めてウラヌスの手を掴み、同じペースで王宮へと急いだ。暫く早歩きをしていると、あっという間に着いてしまった。この場所の名は「聖クラインフォード王宮学院」王宮と学校が一つになったとてつもなく広い学院だ。
「・・おっ?ジーク!待ってたぜ?遅いじゃないか。」
この男の名前は「ヴァイス・リッツェル」この世界に住む人間とエルフの間に生まれた言わばハーフエルフだ。ヴァイスは15才で史上最年少となる博士号を取って以来この学院に教授として生徒に授業を教えている。しかし、女癖が昔から悪い。一時期は生徒をナンパしたとして裁判にかけられたくらいだ。
「いいのか?教授が正門で人を待ってたりして・・」
続きを言おうとしたジークだったが、急に体が重くなった。見ればウラヌスがジークに飛びついてきていた。先程手を放していたので自由に動けていたのだ。しかしウラヌスには困ったものだ。まるで子供が大人に飛びつくように抱きついてくるのだから。
「ジークぅ!・・あぁ!ヴァイスん!久しぶり!」
まるで猫が甘えてくるようにジークに抱きついていたウラヌスだったが、ヴァイスの姿を見つけると変なあだ名でヴァイスを呼んだ。ヴァイスの方はいい加減馴れているらしく、嫌がるそぶりも見せてはいなかった。むしろ名前を呼ばれて(あだ名だけど)嬉しそうにしていた。
「おぉっ!ウラヌスちゃんも一緒かぁ!こりゃお似合いの・・「誰がお似合いだ!!」おおっとすまねえっ!わりぃわりぃ。今はそれどころじゃないんだ。いいから来てくれ。」
笑いを絶やさずに話していたヴァイスが、不意に笑顔を閉じて真剣な表情になった。それに気押されるように大人しくなったウラヌスとジークは、黙ってヴァイスの後をついて行った。正門から入り、長々と続く校庭を横切り、教室棟に入って階段を幾つも昇って行った。そして、最上階のひときわ大きな扉の前でヴァイスが立ち止まった。
「・・二人とも・・この先にあるのは全て現実だ。眼を背けないでほしい・・」
とても深刻そうな表情と声色を使って囁くように喋ったヴァイスだが、ジーク達には何も想像できなかった。それを見たヴァイスがため息をつきながら扉を開けた。そこは大きな空間が広がっており、その奥には一人の少女が堂々たる威圧を持って座っていた。その少女を、ジークをはじめとする全員が知っていた。その少女は、少し前まではジーク達と仲良く過ごしていた少女だった。しかし、今は全然違う威圧を見に纏うように感じられた。
「・・アリスちゃん?」
ウラヌスが不思議なものを見るような眼でアリスと呼んだ少女を見つめていた。しかし、いつもなら甘えるようにして飛びついてくるはずのアリスの姿は何処にも無かった。目の前にいるのは、感情を隠しているように見える一人の少女ただ一人だった。
「二人とも聞いてくれ・・今は・・アリスちゃんが国王なんだ・・」
その報告を、少し涙目になりながら告げたヴァイスの心は悔しさで満ち溢れているようにジークには感じられた。そして、その報告の意味を確かめて少し驚くそぶりを見せた。しかし、実際には驚愕しているのも事実だった。
「私からお話しします。ヴァイス様は離れていてください。」
椅子に座りっぱなしだったアリスが、立ちあがってジーク達のいる場所まで歩いてきた。ゆっくりとした足取りだったがその表情は薄かった。もう少し久しぶりに会ったなりの反応を示してほしいものだ。
「私、アリス・クラインフォード・リリ・カイザは、先日亡くなられたわが父、リッド・クラインフォード・エル・カイザの遺言によって、昨日に王位を継承いたしました。よって、現在の王位・・神の頂点とでも申しましょうか・・それは私の今ある姿です。」
とても慎重に言葉を選ぶようにして説明したアリスは、今までのアリスとは確実に別物だった。以前は王位など微塵も気にせずにジーク達と遊んでいた少女が、今は表情を殺して市民の前に立つ王様となっていた。この差は凄いことだとジークは改めて思い返した。
「本日は戦場からの帰還でお疲れでしょう。今日は自宅にお戻りになってじっくりとお休みなさって下い。私は何時でも此処でお待ちしております。」
そう言われて、丁寧に頭を下げたジーク達はあっさりと帰って行った。これではまるで赤の他人だ。すると、階段を下りていたその時、ヴァイスが口を開いた。
「二人とも、アリスちゃんの無表情さに驚いたろ。あれについては俺が説明しよう。」
そう言って二人が口をはさんでくるのを止めてヴァイスが説明を始めた。これは余談だが、ヴァイスは博士号の他にいくつもの免許を持っている。例えば現在の教授職の免許である教員免許。次に、軍に志願するのに必要となってくる戦闘免許。他にも色々あるが、最後に医療分野で活躍するための医師免許も所持している。
「医師として断言するぜ。あの子は・・もう一生表情を変えることは無い!あの子に心理テストを受けてもらったんだが、不可解なことに心理がごちゃまぜだったんだ。そして、知り合いの医師に頼んで脳内を覗いてもらった。そうしたら、彼女の表情をつかさどる細胞が死滅していることが分かったんだ。これが何を意味しているのか分かるか?彼女は金輪際笑うことも泣く事も出来ない体になっちまったんだ。しかも意地の悪いことに、この細胞が死滅したことが原因でテロメアの連鎖消滅も一緒に確認されたんだ。これによって、彼女の寿命は著しく減っちまったんだ。」
悔しながらに説明をしたヴァイスは、目に涙を浮かばせていた。その悔しさは、アリスを助けられなかった悔しさと、自分のしていることの虚無感からの物だった。そして、重い空気の中、三人は階段をゆっくりと降りて行った。
悔しさに暮れていたジーク達が階段を下りていると
一人の少女と久しぶりの再会を果たす。
その少女は明るい眼差しの中に何を映すのか
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