第19説 トラウマ 番外編 乙女の園part1
夢とは、見れば心地よくなれる物もあれば
逆に、自分に牙を向いてくるような悪夢も存在する
昼間からぐっすりと眠っていたジークが見る夢とは一体・・・
その頃、事前にアダムに叱られたのではやる気持ちを押さえて
館の掃除をしていたメイド達は
ある者は愚痴を言いながら掃除をしていたり
ある物は掃除がてらに発明品を模索していたりした。
『開始』
フォル二カの謎の襲撃から少し経過したその頃、ジークは壁に凭れて眠っていた所をアダムが寝室まで運び入れてスヤスヤと寝息を立てていた。一応、無警戒では危ないと言う事で部屋にイリアを護衛と言う名目で置いておいた。事実上は部屋の掃除だが過ちを一番犯さなさそうであったイリアを、アダムがちょいとした信頼から選んだのだ。
「・・・なんで緊張してると僕の掃除スピードって速くなるんだろ・・」
イリアは、少しだけ紅潮している顔を押さえながらジークをただただ見つめていた。掃除の方はと言うと、イリアの性格上なのか、こういう時に限ってチャチャッと終わらせてしまうのだ。顔を赤く染めて動かないイリアだが、無防備なのを承知の上で顔を一気に近づけた。自分から過ちを犯そうとしたのだ。しかし、ジークの呟きによってイリアの動きは止まってしまう。
「・・母さん・・」
その一言の呟きは、イリアの動きを止めるのには何故か十分だった。思いとどまったイリアは、少し悲しくなりながらも顔を離した。そして、真面目に護衛と言う任務に着いたイリアは心の中で「絶対に守る」と固く決意した。そんなジークの夢は、呟きとは全く関係の無いものだった。たまたま夢の最初に母親が登場したと言うだけであって、後は悪夢の始まりだった。
「・・・(俺は・・)・・」
ジーク自身、此処が夢なのか現実なのか掴みかねていた。しかし、廻りの壁や窓ガラスの配置をはっきりと覚えていたジークには、此処が何処なのかはっきりと分かった。ここは、ジークフリート邸の前身であるテスタロス邸で間違いなかった。
「・・・(これは・・)・・・」
夢の中の自分は、あの頃に・・そう、小さな頃の自分になっていた。それから起ころうとしていた事もはっきりと覚えている。どうしても違う未来が見て見たいと思うジークだが、体が言う事を聞かずに以前と同じ歩を進めている。自分自身でもどうにもできない。そして、あの手紙を読む時間が刻一刻と近づいて行った。
「・・(今なら分かる・・これ、要は覚悟を決めろって事だったんだな・・)?」
手紙に走っている字を読み上げ、体では理解していないが自分自身は理解しているジークはこの後の事に関して思い出すのも嫌になって来た。しかし、やはり予想通りに部屋の前を一人のメイドが通りかかって自分で声を掛けた。自分自身では嫌なのだと分かり切っている。しかし、これは夢だ。過去の事に自分が干渉することなどは出来ない。
「・・・(それでこの後・・!)・・」
夢の、そしてあの時の通りに廊下を進んでいたジーク。しかし、今の理解力があったからこそ分かった新事実が一つあった。自分が廊下を歩く音に紛れて、遠くでガラスの割れる音がした。小さい時には聞こえなかった音だった。深層心理が覚えていたのだろう。そして、暫くしてからリビングルームに辿りついた。そこからは記憶の通りだ。目の前には真っ赤に染まった血の海。そして、その次の瞬間には隣にあのメイドが突っ立っている。それを見たメイドが、ジークに目隠しをさせて担いで廊下を走る。そして背後からあの獣に引き裂かれて絶命する。そしてジークは怒り狂って獣へと突撃。その時、ジークは違和感を覚えた。
「・・・(あれ?ミリアのオルトロスってこんなのだっけ?)・・」
暫くの間、違和感を拭い切れなかったジークだった。しかし、目の前で奴が消えて行く最中にある事を思い出した。
「・・・(そうだ!目の数だ!)」
ジークの予感は的中していた。一見、この怪物とミリアのオルトロスは同じように見えるのだが、こいつには目が六つあるのに対して、ミリアのオルトロスは確か二つだった。それに、消え方にもムラが無い。どうやら相当の召喚師らしく、魔力還元の消え方がどこも均一に消えて行っていたのだ。
「・・・・ハッ!」
幾つかの相違点を残しつつも、ジークは夢から帰って来た。それこそトラウマの再現だったが、収穫もあったと言えば有った物だ。それを忘れないようにと頭の中で復習したジークは、ペンを求めて布団から手を伸ばした。
「・・・キャッ!お兄ちゃんっ!アワワワ・・・きゅ~・・」
顔を枕に埋めて手を伸ばしていたジークは、何も見えない状態のままで何かを掴んだ。しかし、その感触はとても柔らかくて、とてもペンや紙には思えなかった。しかも隣からはイリアの驚くような声。嫌な予感がしたジークは、慌てて手を離して顔を上げた。そこには案の定、顔を真っ赤にして少ない胸を庇ってダウンしているイリアがいた。どうやらずっとジークの目の前に突っ立っていたらしく、イリアがダウンしている位置はジークの直ぐ隣だった。ため息を吐きながら布団から這い出して来たジークは、先程まで自分が使っていたベッドにイリアを乗せて布団を掛けた。そこから暫くは、窓を開けて外を眺めるだけだった。その頃、目を覚ましたフォル二カはメイド達の眼差しに包まれていた。
「・・・・・」
少し前に目を覚ましたフォル二カは正直驚いた。目を覚ますと目の前には小さな女の子たちが自分を取り囲んでいたのだから。そして、そこからはみんなが口々に喋る物だから何を言っているのだか分かった物ではない。
「・・あの・・一人づつ喋ってくれる?」
みんなが目を輝かせながら口々に質問したり雑談したりしている中、フォル二カは人差し指を立てて口に当てた。それを皆も真似てやっと静かになった事に一安心したフォル二カは、改めて周りを取り囲んでいる少女達を見回した。どの子も幼い。二・三人ほど大人っぽい人もいるが、この少女達に混ざっていると言う事は精神的には幼いだろうと直感だけでフォル二カには分かった。とりあえずは自己紹介してメイド達の名前を全員分聞いたところでやっと落ち着いたフォル二カは、ちょっと疲れてしまった。
「・・おつかれさま。」
一息吐こうとリビングルームからメイド達に気付かれない様に抜け出すと、入り口から追いかける形でイグニスが疲れた顔で飲み物を飲んでいた。もう一本の方のジュースをフォル二カに手渡したイグニスは、尚も飲み物を飲み続けている。ジュースを受け取ったフォル二カは、申し訳なさそうな顔でジュースを飲んでいた。それがイグニスにも伝わったのか、イグニスは心配そうに何度か声を掛けていた。
「ごめんなさい・・・」
ジュースを口から離したフォル二カは、短く謝って固まってしまった。「なんのことよ?」とイグニスが笑って払拭しようとしていたが、そのお節介がいけなかった。そこからはフォル二カがジークを襲った時の事を話し始めた。最初の頃は話を毛頭信じなかったイグニスだが、話が終盤を迎えると現実味が湧いた。そして話し終えたフォル二カは、混沌とした心境のまま涙を流しながらイグニスに凭れかかって涙を必死に我慢していた。
「・・・・でも、私には今のフォル二カがそんな事をするようには見えないわよ?」
いきなり自分の主人を襲った相手ですと言われても、イグニスには経験があったので(ヴィーナス&タナトス)比較的には慣れていた。要は、フォル二カもジークの何処かの魅力に惹かれた少女の一人なのだ。泣き崩れそうになっていたフォル二カだが、リビングルームの扉の僅かな扉から出て来た自分の人形を見て涙も止まってしまった。
「・・えっ?!服ぅ!一体だれが・・」
自分の人形を勝手にコーディネートされたフォル二カは、驚きを隠せないままにリビングルームの扉を開けた。そこでは、自分で用意していた他の人形約3体がクルスやチェリスなどの数名が服を着せて遊んでいた。人形で遊んでいない者は、その遊ぶ光景を見て癒されていた。しかし、それでも和むだけでは済まされないのか遊びに突撃していく者も二・三人いた。
「・・・・あぁ・・私の人形達が・・」
絶望に暮れていたフォル二カだったが、被害者側の人形たちは何処か動きが嬉しそうだ。くるりと回ったり、軽く飛んだりしていた。すると、開いていた扉の間から少女らしき影が飛び出して人形の内の一体を口に銜えた。それを追い掛ける形で、ヴィーナスがリビングルームへやって来た。
「・・ちょっとぉ!待ちなさいよぉ!」
少女の様な猫の様な生き物を追い掛けて来たヴィーナスは、その先で起こっている事に関して顔を綻ばせていた。それは何故か。先程の少女型の猫、種族は「トランス」と言うのだがその子が、銜えた人形の首に爪を立てて人質に取っていたのだ。その光景を見たメイド達は、本当ならば慌てている所が今回は顔がおもいきり綻んでいた。
「仕方ない・・・猫が可哀そうだけど・・それっ!」
リビングの出入り口の近くで微笑ましい光景を見ていたフォル二カだが、流石に自分の人形が爪とぎの道具にされるのも癇に障るので、人形を助けるためにフォル二カは人形たちをトランスへと向かわせた。それを迎撃しようとする形で必死に腕を振っているトランスは、誰の目にも可愛く見えた。だが、それも長くは続かなかった。リーチの差で僅かながらに勝っていた人形たちは、巧みな連係プレーでトランスを追い詰めて行った。追い詰めると言っても、ただ単に隙を見て敏感な所を擽っているだけだ。流石に大衆の面前でガチの殴り合いなど見せられない。
「フニャニャニャ・・・・ふにぃ・・」
暫く対峙していたトランスと人形たちだったが、トランスが息切れを起こした隙に全ての人形で突撃。擽られて息も出来ない程に弱体化して、恍惚の表情を浮かべながらへろへろとダウンしたトランスは、ヴィーナスがしょっぴいて行った。どうやらこのトランスは、飼い主が寝てしまって不満だったらしく悪戯を起こしたらしいとヴィーナスは言っていた。フォル二カは、その知らせを聞いてから人形たちの状態を確認した。どうやら完全にかわし切れていないようで、服の所々が破れたり中身が少量だけはみ出たりしていた。
「あらら・・みんな、いらっしゃい。」
フォル二カが人形に号令をかけて、それに従った人形達がフォル二カの手やら肩やらに乗っかると、フォル二カが手始めに手に乗っていた人形から修理を始めた。修理は比較的簡単で、この子の場合は肩の部分に亀裂が走っていただけだったので糸で縫い直すだけで終了した。次の修理に入ろうとしたフォル二カだが、それを遮るようにクルスが立っていた。その視線は人形たちをジッと見つめている。その手には携帯用の裁縫箱が。
「・・やってみる?」
手近な肩の人形を取ってクルスに手渡したフォル二カは、直ぐに別の人形の修復に当たった。嬉しそうに返事だけしたクルスは、慎重に人形を治して行った。二人がかりだと早いらしく、ものの数分で全部の人形達が修復された。その頃にはクルスの顔も満足そうになっていた。
「ただいまぁ!みんなぁ今日の晩御飯は・・・あぁ!襲撃魔ぁ!」
タイミングという言葉は彼女に大事にしてもらいたい。買い出しに行っていたミリアが、オルトロスの上に荷物をたくさん載せて帰って来た。そして帰還早々に自分の主人を襲った犯人を見つけた。それはメイド達を愕然とさせそうな話題の筈だが、メイド達は何故かミリアの方を睨んでいた。襲撃魔というキーワードだけならばミリアも当てはまる。今ではヴァイスのおかげで傷一つ残っていないが、以前にメイド達はミリアに(正確にはオルトロスに)殺されかけている。それに比べてフォル二カは、他人を襲うようなことはしなかった上に暴走して今はヴィーナスが回収したトランスの相手もしてくれた。可愛い人形を持っている。フォル二カもそれなりに可愛い。ミリアとは違った感じに友好的。これだけの差があれば、メイド達がどちらを信じるかは明白だった。
「ちょっ・・・そんな目で見ないでよぉ・・・」
メイド達から軽蔑の眼差しで見られたミリアは押しつぶされるような哀しみで少し暗い表情になると、なにも言う事もなく台所の方に歩いて行った。元々は明るい性格のミリアの事だ、心を病んで自分を包丁で傷つけたりは無いだろう。それは、一緒の時間を過ごしてきているメイド達にも分かり切っていた。元々は仲が良いのだ。メイドたちは互いに。ただ、ミリアがフォル二カを危険視したのだけが欠点だった。
「ええっと・・・こうやって皆と楽しく過ごしてるけど・・私、帰る所が・・」
人形の修繕も終わり、ミリアとの一悶着も意外と早く終わって少しして、フォル二カが唐突に窓の外を見た。外は、まるで時間が過ぎていくのを忘れ去らせるかのようにあっという間に夕方になっていた。すると、リビングで人形に見入っていたイヴがこれまた唐突に「一緒に暮らす?」とだけ言って、人形から目を放してメイド服の形を整えると改めてフォル二カに手を伸ばした。それを元気の良い返事で握ったフォル二カは、晴れて(ジークの許可は無し。ただ、少しして目を覚ましたジークがOKした)ジークフリート邸のメイドの一人となった。
新たにフォル二カをメイドに迎え入れたジーク
そんな楽しい一日の風景
それが続いて欲しいと願うのは人の性
次回 第20節 総出のお買い物