第12説 弟子
マスコミで騒がれた「ジークフリート邸襲撃事件」から
早くも1週間が経っていた。
環境に素早く慣れていたミリアは、イヴから任された玄関先の仕事をこなしていた
そんなミリアの前に、一人の少年が現れた。
晴れ晴れとした青空の中、ミリアは鼻歌を歌いながら箒を使って地面を掃いていた。どうやら今日は太陽が恥ずかしがることは有り得なさそうだった。周りには雲の欠片の一つも見当たらなかったのだ。これでは楽しく捗っている掃除も段々と滞って来る。
「うにゃあぁ・・・熱ぅぃ・・」
さっきまで楽しそうに掃除を進行していたミリアだったが、この暑さに負けてへばって箒に凭れかかるようにして崩れてしまった。しかし、床は通常の何倍も熱く感じた。これでは空気の熱に晒された方がまだマシである。
「うにゃあ!!・・熱いぃぃ!!・・・こんなので・・・私、やってけるのかな・・」
苦し紛れにため息をつきながら仕事に戻ろうとしたミリアだったが、外を掃除していたのが幸いしたのか、正門の前に一人の少年が立っていた。どうやらこの屋敷に用があるようなのだが、先程から辺りをキョロキョロするだけで入ろうともベルを押そうともしていなかった。これでは不審者と間違えられるのがオチだと心から思ったミリアだったが、先週程前の自分の姿を思い出して落胆した。
「・・・入りたいの?」
気分転換に良いかもしれないと思ったミリアが少年に声を掛けると、少年は「ハイ・・」とだけ答えた。無口なのか、それとも緊張しているのか知らないが、とにかく不思議な少年だとミリアは思った。
「・・・ジー・・っと!ご主人様!お客人を連れてきたにゃ!」
一瞬いつもの調子でジークと呼びそうになったミリアだったが、イヴから「客人や人前等ではお兄ちゃん・・即ち、ご主人様を名前で呼んではいけません!」と言われていたのを思い出して適切な呼び方に言いなおした。すると、タイミング良く階段を降りようとしていたジークがこちらに気がついた。
「・・・・どうしたんだ?」
階段を降りてきたジークは、ミリアに耳打ちしたがミリアはリラックスした顔つきになっていた。それを見たジークは「・・こいつ、涼みに来ただけか・・」と、大体当たりの推測論を考えていた。
「・・ジークさんでよろしいですね?僕、ヴァイス先生の生徒で〔ロミオ・トーシンス〕と言います・・・・突然で申し訳ないのですが・・僕を弟子にしていただけないでしょうか・・・」
本当に突然の話だった。いきなり訪ねて来たかと思えば自分の教師の名前を出し、いきなり話をしだしたかと思えば弟子にして欲しい。本来なら図々しいにも程がある。それは、そんな状況下にならなければ理解出来ないでしょうが、ジークは理解するのが早かった。何故なら、ロミオはヴァイスが書いたであろう手紙を彼に渡していたのだ。それを受け取ったジークは、それを広げて内容を読み始めた。
「・・・・要約すると、君はヴァイスの生徒と言うのは本当の事で、そのヴァイスがこの子を鍛えたいと言うことで俺の下に送らせた・・・と、言う訳だな。ほら、契約金らしき札束も入ってる。」
封筒の中から札束を取りだしたジークは、それを扇子のようにパタパタさせた。いやらしそうに見えるかもしれないが、この状況ではどうもしようがなかった。
「仕方ない・・・あいつには皆の貸しがあるからな・・分かった。俺の弟子入りを許可しよう。」
本当は弟子など持ったことも無かったジークが、今は一人の弟子を持つ師匠になっていた。このときのジークの心の満足感は物凄いものだったが、そんな自分を考えて一気にその満足感が音を立てて崩れ落ちた。その勢いと言ったら、さながら雷に直接命中するようなものだ。
「?!?!ありがとうございます!早速引越しの準備しなきゃ・・」
その言葉を聞いたジークは驚きのあまりにロミオの早まる足を止めてしまった。何の前触れも無く引越しの話題になってしまっていたのだ。どうやらこのロミオは、相当と言っていい程に集中力が欠如しているらしい。これではジークの所に弟子入りに来た理由も分からなくもない。落ち着きが無いのだ。この少年は。とにかく、ロミオを留めたジークは口早に色々なことをロミオに聞いた。引越しの事、家族の断りの事、その他諸々。
「ええっと・・・家族の事なら心配いりません。僕、一人暮らしですから。だから、こんな広い屋敷に住めると思うと嬉しくて。それに、引っ越しと言ってもこれだけです。」
そう言ってロミオは、肩から下げていたかばんを床に置いた。これが全財産だと言ったら驚くしかないとジークが思っていたが、その直後に、ロミオからの緊急通知「これが全財産です。」
「えっ・・え〈ええええっ!〉・・・」
勢いよく驚こうと思ったジークだったのだが、それよりも先にミリアが絶句したように驚愕の声を上げていた。二人とも失礼だと思うかもしれないが、実際にそうなのだから仕方がない。とにかく、その驚き方が受けたのか、ロミオは思わず笑い出してしまった。その表情はまるで子どもそのものだ。表情の何処にも哀しみの表情が見えない。学生だから当然かもしれないが、学院では稀に能力を買われて兵士にいち早くなる学生もいるのだ。だが、戦場から戻ってくると生徒に戻してもらえるのだが、どの生徒も大概は目つきが人殺しの目つきに変わってしまう。それをジークは何度も見てきた。ジークが学生だった頃に出天命令「昔の俗に言う赤紙」を渡されて戦場に赴いた生徒はジークのクラスだけで14人。その内の9人が無事に戻ってきた。残りは死んだということだ。更にその内の8人は死人の様な、はたまた殺人者の目をしていた。唯一何も無く帰ってきたのは、今も明るく生徒の面倒を見ているであろうヴァイスだった。その次の卒業間近の年に、ジークも戦場に駆り出された。その結果、何とか死人からの恐怖に打ち勝ったジークは学院に帰ってきた。しかし、その頃には既に幾つかの誰も座っていない席が存在していた。そこにはかつてはジークとも仲が良かったであろう生徒が座っていたのだ。しかし、今は全員土の下だ。
「・・・くっ!嫌なこと思い出しちまった・・改めて、ジークだ。宜「ミリアだにゃ!」・・・」
嫌な思い出を振り返っていたジークは、それを何とか心の奥に仕舞い込んで目の前のロミオに目を向けて挨拶をした。しかし、終わりのあたりでミリアが横入りして来て挨拶の途中で黙り込んでしまった。
「まあ・・・とにかく、宜しくお願いします。」
少し頼りなさそうにジークの手を取って握手したロミオは、晴れてジークの弟子になった。
ロミオが弟子入りして早3日
全然進まない修練の最中
ジークに一通の手紙が送られてくる。
その内容を見たジークは怒りに燃えた。その内容と如何に。
次回 第12説 出陣命令 番外編 ウラヌスの日常
同時編集予定