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残星の指輪  作者: 藤宮ゆず
1章
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1 魔法使い①

 枯れ葉が冷たい風に運ばれ足の間を通り抜けていく。これは杏堂(あんどう)アオトが中学一年生の頃。


 学生の行き交うこの通りには、いくつもの塾や予備校がひしめき合っている。同校他校の学生を何人も見かける。クラスメイトや小学校の頃の友人が楽しそうに談笑していると、つい混ざりに行きたくなる。少しくらい立ち話をしてもいいだろうか。


 しかし母親の顔がよぎって顔を背けた。今は少しでも成績を上げなければならない。アオトは雑念を振り払うように急ぎ足になり、真っ直ぐ塾に向かった。


 塾は雑居ビルの二階だ。手すりの無い階段を登ってドアノブを捻る。ここは空気のこもった閉鎖された室内の独特な匂いがして、ブラインドによって外から隔絶されている。


 少人数指導のため、生徒会二人につき一人の学生バイト講師が担当につく。ところがこの日バイトの講師が寝坊して授業のコマがずれた。塾は午後六時からなので、普通は寝坊する時間ではないはずだが大学生にこの時間軸は通用しないらしい。


 自習を余儀なくされたアオトは自習室で参考書を開いていた。定期テストは何度か経験したが、アオトの成績は中の上から動かなかった。もう少し成績を上げた方がいいと、教師や両親から口すっぱく言われている。


 ふと、仕切りを挟んで隣の机に無造作にカバンが置かれた。顔を動かさず盗み見ると、同じ中学の女子が座った。違うクラスだが彼女の名前は知っている。


 彼女は成世楓(なるせかえで)。学校、塾問わず流行りの化粧をして、髪もスプレーで金色に染めており、よく生徒指導室に呼ばれている。身だしなみチェックされる際必ず名前が挙がるので、同じ学年なら知らぬ生徒はいない。


 彼女が笑っていることは珍しく、基本的に何か不服そうな顔をしている。だから学校では勿論のこと、同じ塾でも話しかけることはない。関わってろくなことがなさそうだからだ。


 今日は同じコマを受講すると聞いていたが、講師同様遅刻してきていたようだ。一瞬目が合って、慌てて参考書に視線を戻す。一コマ目の時間は自習室の人も少ない。今はアオトと楓の二人だけだった。


 だからだろうか。彼女とは話したこともないのに、突然声をかけてこようと思ったのは、きっと彼女の気まぐれだったはずだ。


『あんたさ、兄弟いる?』


 顔だけこちらを向けて、感情の読めない真っ黒な目をしていた。今のがアオトに向けての質問だと分かっていたが、ほぼ初対面で挨拶すらしたこともないのに、どうしてそんな質問をしてきたのか意図が分からなかった。良い返事が思い浮かばず、ただ簡潔に答えた。


『いない』

『じゃあ家族の誰かに、自分のせいで人生変えさせたかもしれない経験てある?』


 ますます訳の分からない質問をされている。


『ない』

『……あそ』


 楓は正面を向き直し、携帯端末を触った。自習室に沈黙が落ちる。いや本来ここはそうあるべき部屋だ。会話が終わったのかと思い、アオトも頭を切り替えて勉強に戻る。


 すると楓はアオトのスペースを覗き込んできた。


『あのさ、会話のキャッチボールって分かる?私が質問したら、次はあんたが、そっちはどうなの?って聞くべきでしょ!』


 アオトは心の中で「えー」と呻いた。理不尽な言い分だが、聞くまで引き下がってくれなさそうだ。面倒なので早めにボールを返した。


『じゃあ、そっちはどうなんだよ』

『私のお兄ちゃんはね、優秀なの。それはもう私と違ってね。お父さんもお母さんも、お兄ちゃんには何一つ怒らない。まあ怒るところも無いんだけど』


 溢れるように言葉が出てきた。最初から自分が話したかっただけなのだろう。


『お兄ちゃんは小学校受験したの。でも私は落ちた。しかも中学受験も拒否した。親はとにかくお兄ちゃんみたいに勉強しろってうるさいの』


 これは兄と比べられることへの不満なのかと思った。しかし違った。


『お兄ちゃんは頭が良くてさ、我慢強くて、嫌なことも嫌って言わない。なんであんなに頑張るのかワケ分かんない。昔はスポーツも好きだったのに、今じゃ本ばっか読んでて』


 それから楓はうだうだと兄に関する愚痴のような自慢のような話をアオトに聞かせた。


(もしかしてただのブラコン?)


 勉強がしたいのに、話は延々と続く。


『百歩譲ってお兄ちゃんが優秀なのは許せる。でも横からお兄ちゃんにちょっかいをかけてくる女は絶対許せない』

『……何の話?』

『赤の他人、真っ赤な他人なんだよ?何なのあの女』


 アオトを無視して楓の目尻が吊り上げる。話の趣旨が変わってきた。


(本題はそこなのか?)


 そこから楓の話はまだまだ続きらやがて一コマ目の終鈴が鳴る。結局楓が来てから一問も解けなかった。アオトとは対照的に、話したいことだけ話した楓はスッキリした顔でカバンを持った。元から机には端末以外出ていないので、軽快に立ち上がる。


 楓は自習室のドアのガラスから外を見る。


『先生やっと来たみたい。でもめんどくさいから帰っちゃおうかな』

『なあ、さっきの話、なんで俺にしたんだ?』


 尋ねられた楓は動きを止めて、黙り込んだ末にぽつりと呟く。


『さあ、わかんない。ただ誰かに聞いてほしかったのかもね』


 踵を返した楓に、アオトは慌てて声をかけた。


『成世!今の話、誰にも言わない。その話は成世にとってなんか大事なことなんだろ』


 彼女は少し振り向く素振りを見せたが、そのまま自習室を出ていった。そしてコマもすっぽかして帰った。

 もう話すこともないと思った。が、翌日学校で、楓から話しかけてきた。大したことではなかった。忘れた教科書を貸せと言いつつ強奪していった。


 それから楓とは一言二言交わしたり、駅まで一緒に歩いて、とりとめの無い話をするようになった。


 それが当たり前のようになり始めた頃、事件は起きた。曇天の夜だった。アオトと楓は赤い光を纏う魔法使いの男に拐われたーーー。


 解体作業中の廃ビルには何人もの学生が集められていた。何が目的で自分達はどうなるのか、考える間もなくアオトは気絶させられてしまう。


 それからのアオトの記憶は途絶え途絶えだが、暗闇の中、激しい雨粒が全身に打ち付け目が覚めた。ふと誰かの泣き声が聞こえた。雨で髪のスプレーが落ちた黒髪の楓と、彼女を抱き抱える、彼女に似た顔立ちの男。痛みと意識の混濁で何が起こったか考えることはできなかったが、ただそこで悲惨な事件が起きたことだけは確かだった。


 目覚めた時、アオト以外の学生は全員死亡したと知らされた。


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