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999人目の恋人は、どうやら僕が大嫌いなようです  作者: 葵 れん
二章 

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9/20

ー 9 ー

 空は晴れわたり、気持ちの良い風が吹いている。


(こんな日にヌエラと一緒に出掛けたら、どんなに気分がいいだろうな)


 あの日から毎日プレゼントを送っているけど、受け取ってもらえただろうか。どれか気に入ったものがあればいいと思う。ついで今度会う時に、一つくらい身に着けてくれないだろうか。


「お坊ちゃま、すっかり手が止まっていますよ」

「……わかってるよ。ちゃんとやってるから心配しないで」


 秘書に促され、仕方なく目の前の書類に目を落とす。

 これまで跡継ぎは兄だと思い、自由奔放に育てられてきた。そんな僕にとってこの書類の山を片づけるのは大変な苦行だ。基礎知識もほぼないまま、父に言われた通りに書類にサインをしているが、中身は半分もわかってない。


「はあ~……。ヌエラに会いに行きたい。もう一週間も缶詰なんて」

「でしたらなおのこと精進なさいませ。伯爵様は大変期待されているんですよ」


 それは、優秀な兄上がいなくなったから仕方なくではないだろうか。心の中で突っ込むけど、それを口にしたって余計に困らせるだけだ。


「そうだね。もう少し頑張ってみるよ」


 とにかく、この書類の山を片づけない限り自由はない。

 わからないなりに目で追っていくと、あまりの細かさにため息が出そうになる。もっとざっくり、どんぶり勘定じゃダメなの? 銅貨一枚分の計算が合わないからって、なにか困る事でもあるのかな。


「あーあ。うちの領地がもっとどーんと予算があったらな。こんな細かな数字までつけなくてよくなるだろうに」

「お言葉ですが、伯爵家の収入はかなり豊かな方ですよ」

「そうなのかなあ。こんなにちまちまやりくりしなきゃいけないんでしょ?」

「地道に積み上げているからこそ、伯爵家が盤石なのです」


 父の右腕である秘書は、一緒にいると父といるような気分になる。


「わかったよ、真面目に取り組むからしばらく一人にして」

「……わかりました。ちょうど離れで雨漏りがあったらしいので、少し席をはずします。何かあったら遠慮なく呼んでくださいね」


 ぱたんと扉の閉じる音が響くと、さっそく大きく伸びをした。


「はあ、やる気が出ないなあ」


 一応真面目に取り組もうとしたけれど、お目付け役がいなくなったらますますやる気がなくなった。うーん、気分転換に外に出かけようかな?

 秘書に見つからずに出かける算段をしながら玄関に向かうと、なにやら話し声がする。秘書が引き返してきたのかと思い、慌てて物陰に隠れる。しかし様子をうかがうと、どうもそうではないようだった。


「……ですから、お約束のない方はお断りしております」

「そこをなんとか、一目お会いするだけでも!」


 なにやら家令が、紳士と言い合いになっている。身なりのいい中年の紳士には見覚えがなく、おそらく平民か、貴族だとしてもかなり階級が低そうだ。

 とにかく相手が秘書でないのなら心配することはなにもない。僕はゆうゆうとその場に出ていった。


「あ、これはハイロス様」

「どうしたの?」

「それが、こちらの紳士がぜひご主人様にお会いしたいと。しかしお約束がないもので……」


 約束があろうがなかろうが、そもそも父は出かけているので家にいない。しかし仕事のできる家令は、主人の不在については口を閉ざしていた。


「ふうん。いいよ、僕がお相手する」

「ハイロス様!?」

「いいでしょ。今は僕が父の代理なのだから」


 ちょうど気分転換を探していた。それにいずれ家を引き継げば、来客対応も僕の仕事になるのだし、失敗してもいい練習相手としてはちょうどいい。


「いやあ、ありがとうございます! ご当主様の息子様にお会いできるとは」


 相手は大喜びで客間のソファに座った。恰幅のいい中年男性は、自分をブライムと名乗った。苗字がないということは、やはり平民なのか。しかし身に着けているものはなかなか品質の良いものだった


「いやあ、急にやってきてすみません。ですが絶対に損はさせませんよ」


 彼はにこやかな笑顔で握手を求めてきた。自分は港で貿易をしてるといい、会社の名刺ももらったが、名前を聞いたことは無かった。彼はまだ若い会社だからと苦笑しつつ、しかし自分は特別の販売ルートを持っていると自慢した。


「貿易ですか。たとえばどんな品物を?」

「そうですね、宝石や装飾品、ドレスなどの生地なども取り扱っていますよ」

「へえ、ドレス」


 海の向こうからやってくる、貴重な生地で作ったドレス。宝石。装飾品。それらをまとったヌエラを想像し、なかなか悪くないと夢想した。


「わざわざ輸入する生地なんて、きっと素晴らしいものなんだろうね」

「ええ、そりゃあもう。光に透かすと星が瞬いている様にみえる織物や、どんな黒よりも黒い漆黒の染物など、どれも普通では手に入らないものばかりですよ」


 彼は身振り手振りで、扱う商品のすばらしさを語った。僕は饒舌な調子で語られる様々な商品に期待を持ち、是非実物をみてみたいと思った。


「今度商品が手に入ったら、一番に持ってきてよ」

「ええ、もちろん! ……と言いたいところですが。実は本日訪問したのはその件でして」


 彼は声のトーンを落とし、ぐっと体を前に乗り出した。


「商品を手に入れるためには、港に船が着かなくては話になりません。私のお願いというのは、この船に是非とも出資していただきたいのです」

「ふむ。具体的にはいくら欲しいんだい?」


 彼が口にした金額は、いくら伯爵家といえども気軽に出せるような数字ではなかった。しかし彼の商品に魅力を感じている。迷う気持ちを見透かすように、ブライムはさらに条件を吊り上げた。


「投資していただければ三倍……いや、五倍返しでお返しします!」

「え、五倍!?」


 あるものだな、うまい話!


「もちろん商品は一番にお見せ致します。気に入ったものがありましたら格安でお譲りしますよ」

「本当に? それなら考える価値はありそうだ」


 僕は彼に投資をすると約束し、後日正式に契約書を取り交わすことにした。父にも秘書に相談せず決めてしまったけど、領地が豊かになる話なんだから別にいいよね?


「いやあ、いいことしたなあ!」


 僕はすっかり満足し、頭の中では素敵なドレスを身にまとったヌエラを想像した。妄想の中の彼女はウルウルと瞳を潤ませながら、僕の頬に感謝のキスをした。

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