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空は晴れわたり、気持ちの良い風が吹いている。
(こんな日にヌエラと一緒に出掛けたら、どんなに気分がいいだろうな)
あの日から毎日プレゼントを送っているけど、受け取ってもらえただろうか。どれか気に入ったものがあればいいと思う。ついで今度会う時に、一つくらい身に着けてくれないだろうか。
「お坊ちゃま、すっかり手が止まっていますよ」
「……わかってるよ。ちゃんとやってるから心配しないで」
秘書に促され、仕方なく目の前の書類に目を落とす。
これまで跡継ぎは兄だと思い、自由奔放に育てられてきた。そんな僕にとってこの書類の山を片づけるのは大変な苦行だ。基礎知識もほぼないまま、父に言われた通りに書類にサインをしているが、中身は半分もわかってない。
「はあ~……。ヌエラに会いに行きたい。もう一週間も缶詰なんて」
「でしたらなおのこと精進なさいませ。伯爵様は大変期待されているんですよ」
それは、優秀な兄上がいなくなったから仕方なくではないだろうか。心の中で突っ込むけど、それを口にしたって余計に困らせるだけだ。
「そうだね。もう少し頑張ってみるよ」
とにかく、この書類の山を片づけない限り自由はない。
わからないなりに目で追っていくと、あまりの細かさにため息が出そうになる。もっとざっくり、どんぶり勘定じゃダメなの? 銅貨一枚分の計算が合わないからって、なにか困る事でもあるのかな。
「あーあ。うちの領地がもっとどーんと予算があったらな。こんな細かな数字までつけなくてよくなるだろうに」
「お言葉ですが、伯爵家の収入はかなり豊かな方ですよ」
「そうなのかなあ。こんなにちまちまやりくりしなきゃいけないんでしょ?」
「地道に積み上げているからこそ、伯爵家が盤石なのです」
父の右腕である秘書は、一緒にいると父といるような気分になる。
「わかったよ、真面目に取り組むからしばらく一人にして」
「……わかりました。ちょうど離れで雨漏りがあったらしいので、少し席をはずします。何かあったら遠慮なく呼んでくださいね」
ぱたんと扉の閉じる音が響くと、さっそく大きく伸びをした。
「はあ、やる気が出ないなあ」
一応真面目に取り組もうとしたけれど、お目付け役がいなくなったらますますやる気がなくなった。うーん、気分転換に外に出かけようかな?
秘書に見つからずに出かける算段をしながら玄関に向かうと、なにやら話し声がする。秘書が引き返してきたのかと思い、慌てて物陰に隠れる。しかし様子をうかがうと、どうもそうではないようだった。
「……ですから、お約束のない方はお断りしております」
「そこをなんとか、一目お会いするだけでも!」
なにやら家令が、紳士と言い合いになっている。身なりのいい中年の紳士には見覚えがなく、おそらく平民か、貴族だとしてもかなり階級が低そうだ。
とにかく相手が秘書でないのなら心配することはなにもない。僕はゆうゆうとその場に出ていった。
「あ、これはハイロス様」
「どうしたの?」
「それが、こちらの紳士がぜひご主人様にお会いしたいと。しかしお約束がないもので……」
約束があろうがなかろうが、そもそも父は出かけているので家にいない。しかし仕事のできる家令は、主人の不在については口を閉ざしていた。
「ふうん。いいよ、僕がお相手する」
「ハイロス様!?」
「いいでしょ。今は僕が父の代理なのだから」
ちょうど気分転換を探していた。それにいずれ家を引き継げば、来客対応も僕の仕事になるのだし、失敗してもいい練習相手としてはちょうどいい。
「いやあ、ありがとうございます! ご当主様の息子様にお会いできるとは」
相手は大喜びで客間のソファに座った。恰幅のいい中年男性は、自分をブライムと名乗った。苗字がないということは、やはり平民なのか。しかし身に着けているものはなかなか品質の良いものだった
「いやあ、急にやってきてすみません。ですが絶対に損はさせませんよ」
彼はにこやかな笑顔で握手を求めてきた。自分は港で貿易をしてるといい、会社の名刺ももらったが、名前を聞いたことは無かった。彼はまだ若い会社だからと苦笑しつつ、しかし自分は特別の販売ルートを持っていると自慢した。
「貿易ですか。たとえばどんな品物を?」
「そうですね、宝石や装飾品、ドレスなどの生地なども取り扱っていますよ」
「へえ、ドレス」
海の向こうからやってくる、貴重な生地で作ったドレス。宝石。装飾品。それらをまとったヌエラを想像し、なかなか悪くないと夢想した。
「わざわざ輸入する生地なんて、きっと素晴らしいものなんだろうね」
「ええ、そりゃあもう。光に透かすと星が瞬いている様にみえる織物や、どんな黒よりも黒い漆黒の染物など、どれも普通では手に入らないものばかりですよ」
彼は身振り手振りで、扱う商品のすばらしさを語った。僕は饒舌な調子で語られる様々な商品に期待を持ち、是非実物をみてみたいと思った。
「今度商品が手に入ったら、一番に持ってきてよ」
「ええ、もちろん! ……と言いたいところですが。実は本日訪問したのはその件でして」
彼は声のトーンを落とし、ぐっと体を前に乗り出した。
「商品を手に入れるためには、港に船が着かなくては話になりません。私のお願いというのは、この船に是非とも出資していただきたいのです」
「ふむ。具体的にはいくら欲しいんだい?」
彼が口にした金額は、いくら伯爵家といえども気軽に出せるような数字ではなかった。しかし彼の商品に魅力を感じている。迷う気持ちを見透かすように、ブライムはさらに条件を吊り上げた。
「投資していただければ三倍……いや、五倍返しでお返しします!」
「え、五倍!?」
あるものだな、うまい話!
「もちろん商品は一番にお見せ致します。気に入ったものがありましたら格安でお譲りしますよ」
「本当に? それなら考える価値はありそうだ」
僕は彼に投資をすると約束し、後日正式に契約書を取り交わすことにした。父にも秘書に相談せず決めてしまったけど、領地が豊かになる話なんだから別にいいよね?
「いやあ、いいことしたなあ!」
僕はすっかり満足し、頭の中では素敵なドレスを身にまとったヌエラを想像した。妄想の中の彼女はウルウルと瞳を潤ませながら、僕の頬に感謝のキスをした。




