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999人目の恋人は、どうやら僕が大嫌いなようです  作者: 葵 れん
一章 999人目の恋人

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8/20

ー 8 ー

「なんで私なんかに、そんなことを言ってくれるのですか?」


 ヌエラがおそるおそる問いかけてきた。

 ――君に興味があるから。

 答えるのは簡単だったけど、そのまま答えても素直に受け取ってもらえないような気がしてならない。直前のやりとりを考えるに、彼女の中にはなにか大きな葛藤があるようだった。


「……どうしてだと思う?」


 彼女の警戒心は、最初の時から一向にほどける様子がない。これ以上の好意をストレートに伝えたら、逃げられてしまいそうだ。これまでは向こうから積極的になってくれている子たちとばかりいたから、こんな時にどうしていいのかわからない。

 ヌエラはしばらく考え込んだ後、ハッとなって僕をみた。彼女の頬はうっすらと赤みを帯びていき、心なしか警戒心が薄まったように感じる。

 

「決めました。婚約はお断りします」


 ガーン!!

 全然違った!


「えっ……。そ、そんなに僕と婚約するのが嫌なの?」


 なけなしの自尊心が、ポッキリ折れた気がする。大勢の女性と破局した僕だけど、つきあいもしないうちからふられるのは初めてだ。


「はい。絶対ありえません、絶対に!」


 うっわあ、めちゃくちゃハキハキ断られてる。

 さすがにちょっと傷つくぅ……。


「貴重な人生の時間の無駄ですよ」

「む、無駄……」

「ご期待に添えず申し訳ありません。貴方のこれからの幸せを、陰ながらお祈りしています」


(ぐああああ祈られたぁー!! これ絶対駄目なやつ!!)


 糸 冬 了 。


 何故か脳裏に謎の三文字が浮かんで消えた。

 遠い目をする僕とは対照的に、かつてないほど僕を撃沈させたヌエラは、ちょっとドヤ顔まであった。


「よし……ちゃんと、断れた……! ……私なんか……無駄な時間を使わせるわけには……」


 なにやら一人でぽそぽそ呟いているが、もしかして僕の悪口だったりするのかな。

 一人ガッツポーズをとる姿が可愛くて、何かがいろいろ有り余って憎らしいぐらいだった。

 そんなに縁が切れるのが嬉しいのかい。



「……ふ……。ふふふふふ」



 ふいにこみ上げてくる笑いに、ヌエラがギクリと顔を強張らせた。

 別に僕の頭がおかしくなったわけじゃないから安心してほしい。いや、これから伝える話を聞けば、とても安心していられないとは思うけど。


「レ、レドマンド子息?」

「君に一つ、伝えてなかったことがあるんだけど」


 この手だけは、出来るだけ使いたくなかったが仕方ない。

 子どもの頃とはいえ、大嫌いだといって平手打ちまでしてきたヌエラ。

 ――そんな君に求婚するのに、僕が無策で来てると思うのかい?


「じゃーん。これなーんだ」


 ピラリと一枚の紙を取り出すと、ヌエラの眉がピクリと反応した。書類や契約の重要性を知らないお嬢様に、どんな風に説明しようかと思ったけど、どうやらその必要はなさそうだった。


「……なんですの?」

「読んでいいよ。これは写しだから」


 紙を受け取ると、なかなか早い速度で書類を読んでいく。なぜ読み進めるスピードがわかるかというと、どんどん彼女の顔色が悪くなっていくからだ。


「な……こ、これは……!」

「簡単に言うと、『伯爵家がお金を貸す代わりに、マルセ家の娘を嫁に出す』っていう契約書なんだけど」

「お父様のサイン……! まさか、本当に……?」


 マルセ子爵はなかなかの野心家らしい。いくつかの投資事業を検討していて、冗談めかしに話をもちかけたら、一も二もなく飛びついた。

 もちろんそれは我が家との縁談は決して悪くない条件だからだろう。あまりの即決ぶりに、まるで子どものことなどどうでもいいと思っているかのようだった。まあ、そんなことはないのだろうけど。


 だけどここでなにより重要なのはヌエラを相手に限定せず、『娘』とぼかしたところだ。


「ついでに結婚したら借金はチャラ。なかなかいい条件でしょ」


 ヌエラは青い顔のまま、ゆっくりと僕の方をむいた。


「これ……。まさか、私が断ったら……?」


 やはり彼女は頭の回転がいいようだ。

 僕は嬉しくなってニヤリと笑った。


「まだ妹さんがいるでしょ」


 うわあ、我ながらなんてあくどいんだろう。

 吐き気がするレベルだ。

 一応言い訳しておくと、脅かすだけで本気で行使するつもりはない。……脅すだけでも十分悪いと思うけど。


「ソ、ソランジュと……!?」


 ヌエラはこの世の終わりのような顔をした。

 それはそうだろう。ここまで拒絶するほど嫌な男が、大切な妹の結婚相手になるかもしれないだなんて。先ほどの様子をみても、どんなわがままも寛大に受け入れて、とても可愛がっているみたいだったし。


「…………確認しますが、そちらの方に拒否権はありますか」

「は?」

「もしあなたが嫌になったら、結婚しなくていいんですよね?」

「えっと……まあ、そうかも」


 ずずいと近寄りながら確認され、こくこくと頷く。

 そういわれてみれば僕側に制約はない。もともと行使するつもりのない契約書だから、結構ガバガバだったな。


「ふう、わかりました。ソランジュよりは、ある意味で私の方がマシです」


 よほど妹を守りたいらしい。

 ヌエラは父親そっくりの潔さで即決した。


(わあ、本当に僕と婚約させたくないんだな)


 この短時間でここまで嫌われるの、逆にすごくない?

 地味に傷つきながらも、これから挽回すればいいやと思いなおす。


「じゃあとりあえず、今からは恋人ってことでいいよね?」

「こ……!? いや、それは……!!」

「婚約と違って、公的な書類には残らないし。ね、さすがにそれはいいでしょ?」

 

 向こうは慌てるが、これは譲歩できない。ただでさえマイナスからのスタートなんだから、恋人の肩書ぐらいはもらえないと。それにどうせ男女二人で歩いていたら、世間はお友達とは思ってくれないだろうし。


「………………はい」


 ヌエラは『不本意の極み……!』とでもいうような顔でうなずいた。

 というかここまで嫌がられるって初めてかもしれない。


(初めて……。そう、ヌエラが初めてだ)


 それこそが、この見合いを申し込んだ当初の目的。紆余曲折あったけど、期待通りヌエラの反応はこれまでの恋人たちとは全然違う。もちろん恋人としては悪い方に違うのだろうけど、とにかくこれまでとは異なっている。

 ちらりとうかがうと、彼女は一人でしきりに頷きながら、なにかを呟いていた。


「いくらなんでもソランジュだけは……。子息が毒牙に……。騙されてひどい目……それよりは私……。どうせすぐに嫌われる……。……勝利……!」


 なんだかよく聞き取れないけど、相変わらず睨むような目つきで考え事をしている。とてもデートの約束を前に浮かれている様子など微塵もない。それならそれでいい。最初から大好きだと言ってくれていた恋人たちは、結局誰も残らなかったのだから。


 彼女は、今度こそ僕の唯一の人になりえるだろうか?

 期待を込めて、その横顔を見つめていた。

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