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999人目の恋人は、どうやら僕が大嫌いなようです  作者: 葵 れん
一章 999人目の恋人

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7/20

◇ 7 ◇

 レドマンド子息の噂を聞くたびに、不思議に思っていた。あれほど悪い噂が広まっているのにどうしてまだ恋人のなり手がいるのかと。

 しかしその疑問は彼の顔を見れば一言の説明も不要だった。輝く太陽のような美しい金髪に、青く透き通った空のような瞳。やや中性的な顔立ちだけれど、その体つきはほどよい逞しさが見てとれた。たとえ彼が人を惑わす悪党だとわかっていても、思わず恋に落ちてしまいそうなほど。


(……これは、ソランジュが気に入るはずだわ)


 私は彼がじっとこちらを見つめた後、少しずつ興味の熱が冷めていくのを感じ取った。当たり前だ、期待にこたえられるような何かを持っているわけでもない。彼が同類であるかもしれないなんて的外れな推論で、思わず部屋に飛び込んでしまったことが恥ずかしい。


「あのう、最初に申し上げますが……」


 彼の反応をみるに、やはり間違えて結婚を申し込んでしまったのだろう。だけどそのことを気に病む必要はないと伝えようとした。

 私はいつも妹の引き立て役で、それが嫌で仕方なくて、人一倍顔色や反応に敏感だった。彼の失望に気がついたのは、そんな自分が神経を尖らせて見張っていたからで、普通の人ならわからなかっただろう。現に家族たちは気づいていない。露骨に不機嫌になるような無礼者もいる中で、彼は相当に紳士的だった


「まあ! お姉様ったら、ハイロス様のお顔を見たらすっかり元気になったようね!」


 突然妹が割って入ってきたので驚いた。

 さきほどのショックから立ち直ったようで、すっかりいつもの調子を取り戻している。


「せっかくだから私たちでお庭をご案内しましょうよ。ね、いいでしょう?」


 なぜ三人で庭に出る必要があるのか。

 それも、あんな小さな平凡な庭を。

 思わずため息が出るが、来客の目の前で言い合いをするのも嫌だった。いつも通り、こちらの方が折れるしかないのだろう。


 庭の散策の最中も、ソランジュはしきりに子息に話しかけた。彼の反応は礼儀に外れない程度にそっけないものだったけど、もちろん妹は気にしない。最初は呆れていたけれど、だんだんめげずに話しかけるソランジュはすごいなと思ってしまった。それに比べて私は、同じ悩みをもった仲間という予想が外れただけで、もう子息に話しかける勇気もなかった。

 ふと視線をむけた時、目に入った二人の姿は美男美女でとてもお似合いだった。


「ありがとう、今日はとても楽しかったよ。今度はぜひ我が家にも招待させてほしいな」


 どこまでも礼儀正しく、まるで次があるかのような口ぶりでお暇を告げる。


(……まさか、本気で招待するつもりではないわよね?)


 期待よりも不安がわきあがる。

 その招待にまさか、ソランジュも呼ぶつもりだろうか。そんなことありえないと思うけれど、妹を気に入った男性たちはいつも非常識なことを当然のように提案してきたから。


「玄関まで送りますわ」


 思わず固い声が飛び出した。

 口にした自分がドキリとするような冷たい言い方だったけれど、子息はあまり気にしていないようでホッとする。もう、一刻も早くこの見合いを終わらせたくて仕方がなかった。

 嫌いだからではない。彼が別の誰かに惹かれていく姿を、わざわざ目の前で見たくなかったから。ところがここにきて、またもやソランジュが駄々をこねはじめた。


「お姉様ばっかりズルいわ。私だってお見送りをしたいもの」


 庭に出てからはほぼ会話を独り占めし、すっかり自信を取り戻していた。いつもどおり自分の思うように事が運ぶと信じ切っている彼女が、今はとても怖かった。


「ねえ、いいでしょう? 私も一緒でも」

「わ、悪いけどソランジュ、彼は私のお客様で……」

「だからなあに? いいじゃない。ねえ、お姉様」


 必死に哀願する姿を見ていると、私が二人の仲を引き裂く悪い姉になったかのような気持ちになった。いや、もしかしたら実際にそうなのかもしれない。妹の願いに頷けば、二人はもっと時間を共有できる。むしろ邪魔者の私は気をきかせてそっと二人きりにしてあるべきなのか。顔をあげると目が合った。彼はほんの少しだけ口角をあげたように見えた。まるで、私の気持ちが伝わったかのように。


「ひどいなあ、ソランジュ嬢。二人きりになった途端、僕が大切なお姉さんに襲い掛かるとでもおもっているの?」


 その場の空気を変えるかのような明るい声。レドマンド子息の大げさな、そしてちょっとわざとらしさのある仕草が、なんとなくその場を和ませた。しかし一見優しい笑顔だけど、そこには有無を言わせない迫力のようなものも感じる。

 ソランジュは悲しそうな顔で瞳をうるませ、無言で子息に訴えた。それは言葉にせずとも『私の気持ち、わかってくれますよね?』と空気を読ませる、いつもの手口だった。特に私はこの瞳を出されると抵抗する気力すら失い、諦めにも似た気持ちでいう事を聞いてしまう。


 しかし子息は一切ひるむ様子がない。

 ソランジュのあの美しい涙を前にして、無関心を貫ける人がいるだなんて。


「……わ、わかりました。でも、絶対また近いうちに来て下さいね?」


 さすがのソランジュも、引き下がるしかなかった。

 自分の意見が通ったのは初めての事だった。彼がどんな気まぐれを起こしたのかわからないが、まるで私のために行動してくれたかのように感じてしまう。そんなはずはないと自分にいいきかせても、感謝を通り越し、感動のような痺れが全身に満ちていく。

 二人きりになると、子息が嬉しそうに振り向いた。


「ところで、なにか最初に言いかけていたよね」

「……え?」

「話の途中で妹さんが割って入ったままだったから。今なら続きを聞かせてもらえるのかな」


 私の意見など、家族の誰も気にかけなかった。ましてやそれを覚えておいて、聞き直してくれるなんてことは一度もなかった。


(不思議な事も多いけれど、いい人だわ)


 再び胸が甘く疼く。

 これまで会った人たちの中で、彼ほど魅力的な人はいない。それに彼も、私に対していくばくかの好意を持っているように感じる。


(……いや、まさか! そんなことありえない!)


 馬鹿な思いつきが恥ずかしくなって、ついわざと嫌われるような態度をとった。


「もう十分おわかりになりましたでしょう? 私は妹とは似ても似つかぬ容姿ですわ。あの子にはすでに婚約者がおりますから、少しでも似た面影の女を探していたのですよね。そういう方は時々いらっしゃいますから。残念ながら、期待外れだったと思いますが」


 黙りたいと思うのに、言葉が止まらない。そのうえよせばいいのに、彼が忘れていた子供の頃の話まで持ち出した。あの時の事を思い出せば、間違いなく求婚を撤回するだろう。


「お忘れになったかもしれないので、もう一度言って差し上げます」


 彼の瞳をじっと見た。

 いつも他人の目が気になってしかたなかった私には、わかる。彼が私に呆れたり、うんざりした気持ちを持てば、絶対に。そうして私の中に巣食う、ありえない妄想を打ち砕いて欲しかった。


「私はあなたのような、綺麗な顔をした人間が大嫌いです」


 これだけは本心。もしあなたが二目と見れないような醜い姿をしていたら、どんなによかっただろう。他の人とは絶対に結ばれないような、そんな人だったら。勇気を出して、あなたの手を掴むことだってできただろうに。


「……ですから、二度と我が家には来ないで下さい」


 静かな時間の後、彼がゆっくりと口を開いた。


「うん、わかったよ」


 化けの皮を剥がしてやろうと自分から仕掛けたはずなのに、思わず目をそらす。

 自分で自分の行動がわからない。


「失礼なことを言って申し訳ありません。ですがこの方がお互いのため……」

「だったら、今度は僕の家に招待するね」


 ……うん?

 空耳か幻聴か。

 そんなはずはないと顔を上げると、相変わらずの明るい笑顔の子息がいた。


「二人で外へデートに行くのもいいな。ああ、もしかして家族にも内緒にしたかったりするの? ふふっ。そういう秘密の関係もいいかもね」

「は、話を聞いていましたか!? 私は、あなたの顔が!」


 これ以上、嫌いという言葉を使いたくなくて躊躇する。

 彼は実に楽しそうに微笑んだ。瞳がキラキラと輝き、まるで私に対して強い興味をもっているかのように熱く見つめてくる。


(な……なんで!? 気に入られるようなこと、全然言ってないのに! むしろ嫌われようと頑張ってるのに、一体なんなの!?)


 彼の思考がまったく理解できない。慌てて普通は絶対に嫌だと思われることを羅列しても、彼はほんの少しも嫌そうではなかった。

 ――そんなはずはない!

 必死で彼の取り繕った気持ちを探すけど、どんなに目を凝らしても嫌悪や憐憫、同情の気持ちすらみつけることが出来なくて……。


「僕はすごく魅力的だと思うな」


 彼の優しさは、私の理解を超えてくる。

 勘違いしない方が無理だと言うほどに。


「なんで私なんかに、そんなことを言ってくれるのですか?」

「……どうしてだと思う?」


 私は彼を恐る恐る見上げた。

 包み込むような優しい視線が見下ろしている。その時、私の中に天啓のように一つの考えが閃いた。


(そうか、この人は……。信じられない事だけど)


 嘘みたいなことだけど、きっと当たっている。

 そうでなくては、説明がつかない。


(この人は並外れて、ものすごくいいひとなのね!!)


 婚約を破棄されて、困るのは令嬢の方だとわかっているのだろう。だから必死で興味があるフリをしてくれているのだ。

 ああ、なんて律儀なひとだろう。

 そしてなんて上手な嘘つきなんだろう。

 だからこそ私は強く決意する。


(この人を、私なんかと婚約させるわけにはいかない!)


 どんな令嬢でも、何の価値もない自分よりはずっとマシだろう。

 嬉しかったからこそ。

 感謝しているからこそ。

 とろけるような優しさに勘違いせず、拒絶することこそが私の恩返しなのだと理解した。

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