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999人目の恋人は、どうやら僕が大嫌いなようです  作者: 葵 れん
一章 999人目の恋人

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4/20

◇ 4 ◇

ヒロイン視点です

「まあお父様、あんまりですわ!」


 妹のソランジュが、さも耐えられないというふうに頭を振る。家族が集まる居間で、お父様もお義母様も、思わず彼女に注目した。


「お姉様に婚約話だなんて。お相手も、なによりお姉様も辛い思いをするだけです。それなのに、ひどすぎますわ」


 ソランジュの外見はとても綺麗だ。悲壮な顔で訴えると、まるで舞台演劇の一幕のようですらあった。だけど彼女が庇うようなことを言うほど、かえって私の惨めさは増した。彼女は見合い相手が一目で嫌気がさすと決めつけていた。


(ああ、やっぱりろくなことにならかった)


 久しぶりに家族の居間に来るようにと声がかかった時から、嫌な予感がしていた。もうずっと長い間、居間はくつろぎの場などではない。優しかった生みの母の急死を知らされたことに始まり、父の再婚もここで知らされた。その後もいつも、もっとひどい現実をつきつけられるための、いわば処刑場のようなものだった。

 再婚相手と会わされたのもこの居間で、その時一緒にソランジュも紹介された。母違いの妹は、私と一歳しか違わなかった。それでも最初は仲良くなろうと努力した。けれど義理の母は最初から私に冷たかった。まだ幼かったソランジュは懐いてくれたけど、何かある度に大騒ぎして、ひどく泣く。その度に全て私のせいだと言われ、叱られ続けた。父親は私がなにをされても気に留めなかった。

 だからこの家族が集まる居間に、あまり良い思い出はない。いや、今の家族とよい思い出がある場所など一つもなかった。


「……お相手はどなたなのですか」


 あまり期待はせずに質問した。

 父は神経質そうに指を動かしている。


「侯爵家の次男、ハイロス様だ」


 名前を聞いてびっくりした。侯爵家の子息様がどうして私なんかに?

 彼はほとんど社交界に出ない私でも知っているほどの遊び人だった。ほとんど日替わりで恋人を入れ替え、貴族令嬢だろうが使用人だろうが関係なく手を出しまくっているらしい。見境のない野獣のような、いかがわしい人間だ。しかも私は子どもの頃、ひどく失礼な事をしたことがある。


「まったく、私の自慢の娘を差し置いて。よりよってこんなみすぼらしい娘に!」


 部屋に入った時から、お義母様が不機嫌だった理由がわかった。

 いくら人格に問題があるとはいえ、名門レドマンド伯爵家の人間であることには違いない。我が家のような落ちぶれた下級貴族にとって、こちらから声をかけることもできないような雲の上の人物なのだ。


「何かの間違いなのはわかっている。だが、これは我が家にとってチャンスなのだ」


 お父様は追い詰められた顔をしていた。人を怒鳴り散らすことしか知らない父は、人間関係が得意ではない。元伯爵家だったという昔の栄光にすがってプライドは高く、非常に気難しい。人付き合いが少なく、自分をおだてる人間に極端に弱い。そうして何度も騙されているのに、治る見込みは一向になかった。


「ええ、きっとそうでしょうとも。これも全部あなたの日頃の行いがいいからだわ。……だけど当日、本人を見て逃げ出さなきゃ良いわねぇ」


 義母の言葉は、まるでそうなってほしいと願っているかのように聞こえた。


「そうね、心配だわ。お姉様はこんなに可哀想な方なのに」


 ソランジュは顔を悲壮気にうつむかせる。まるで悲劇が起こると決めつけているかのように。

 美しいと褒めやかされ、その美貌でなんでも上手くやってきた彼女にとって、そうではない私が幸せになる姿は想像できないようだった。


 家族は全員が全員、見合いが上手くいくとは思っていないことは明白だ。だとしても、本人の目の前でこんなやりとりをするのはあまりにも思慮を欠いている。せめて一言言い返してやりたいと思うが、唇はほんの少しも動こうとしてくれない。

 こんな自分が嫌いだ。

 醜くて、弱くて、いちいち傷ついているくせに、だからといって言い返すこともできない私自身が。


「ソランジュ。お前も見合いの席に同席するといい」


 お父様の提案に驚いた。

 これまで出迎えや見送りの際に顔を出すことはあっても、見合いの席そのものにまだ顔を出すことは無かった。それはいくらなんでも、あからさますぎた。


「えっ、いいの?」

「その方があちらも喜ぶだろう。念入りに支度をしておけ」

「わあ、楽しみ! 心配しないでね、お姉様。なにかあったらすぐに私が助けてあげるから!」


 無邪気に微笑む妹に、むしろさらに気を重くした。美しい妹の隣に立つだなんて、ますますみすぼらしく見えるだろう。

 しかし義母は途端に目を輝かせ、名案だとばかりに手を叩いた。


「いいわね! 是非そうするべきだわ!」


 もちろん私の了承をとるようなことはない。

 女性三人はすぐに町に向かい、見合いのためのドレスや装飾品を買い込んだ。もちろん主だって着飾らされたのは妹ばかり。私は申し訳程度に地味な服を、試着もせずに買うよう押しつけられた。


「ハイロス様はきっと貴方を気に入るわよ! これまでの求婚者たちと同じようにね」

「あらいやだわ、お母様。私は別に、お姉様の求婚者を横取りするつもりなんてないの」

「美しいものに惹かれるのは人間の性なんだから、しょうがないのよ。だけどソランジュ、貴方ならきっと上手くやれるわ」


 義母はもう、婚約が決まったかのようなはしゃぎようだった。


「レドマンド伯爵家なら、今の相手と婚約破棄したってかまわないわ。きっと慰謝料なら、あちらの家がたっぷり支払ってくれるでしょうしね」


 失礼極まりない妄想だけど、私が見合い相手に気に入られるという妄想よりはずっと現実的だった。

 そもそもうちとは全然家格がつりあわないハイロス様が求婚してきた理由がわからない。もしかしたらいつかのように、ソランジュを見かけたせいだとしたらどうしよう。また目の前で、似ても似つかぬ姉を見てガッカリされるかもしれないと思うと憂鬱になった。




 不安なまま、見合いの当日はやってきた。

 逃げ出すわけにもいかず、無理矢理体に合わないドレスを身に着け、厚い化粧で元の顔を隠す。どうせ断られるのは変わらないとしても、また妹に求婚者を奪われるのは苦痛だ。


「あらお姉様、具合が悪そうね」


 階下に降りると、ソランジュが出会い頭にそう言った。


「え?」

「だってとても顔色が悪いもの。いくら大切なお見合いの日だからといって、無理は良くないわ。今日は休んでいた方がいいわ」


 そんなことを言ったって、相手はもうすぐやってくるのに。そういったが、ソランジュはにこにことしている。


「大丈夫、私がちゃんとお相手をしておくわ。お姉様はベッドでお休みになって」

「で、でも」

「ねえ、お父様もそう思いますでしょう?」

「ソランジュの言うとおりにしておけ」


 お父様は私を見もしないで命令した。そうだ、きっとまた傷つくだけなのだから、逃げてしまえばいい。そう思いながらも、素直に従うことに少しの抵抗を感じた。

(……どうして、こんなになんでもソランジュの思い通りに事が運んでいくの?)

 いくら間違いだろうが勘違いだろうが、婚約を申し込まれたのはあくまで私だ。

 それなのにソランジュは家族の期待を一身に受け、私は見合いの席に立つことすら許されない。もちろん出席したかったわけではないけれど、それにしたってなにもかもが出来過ぎていた。


 これはたぶん、醜い嫉妬なんだろう。

 それでも正式な見合い相手である私が仮病まで使わされ、そうではないソランジュがぴかぴかに磨き上げられて堂々と座っているなんてありえない。


「でも、私は……!」


 なおも食い下がろうとすると、父のいら立ちが頂点に達した。


「いい加減にしろ! いつまでもたもたしてるんだ!!」


 大声で一喝され、体がすくむ。

 お父様が強い力で私の肩を掴んだ。痛いほど掴まれ、息が詰まる。


「お前がのこのこ出ていったところでどうなる!? どうせ気まずい沈黙が流れ、最後には丁重にお断りされるに決まっているのだ! そんな無駄な時間を過ごさせるより、少しでも長くソランジュと過ごさせた方がいいに決まってる!」


 頭から冷水を浴びせられたような気持ちになった。いくらそうなるとしても、こうもあからさまに言葉にされては立つ瀬がない。


(――私だってお父様の娘なのに!)


 その時私は気がついた。

 これまで意識したことはなかったが、心のどこかでまだ、唯一の肉親であるお父様に期待していたのだ。一度も優しくしてくれたことがない、庇ってくれたことすらない父だった。なのにそれでも馬鹿みたいに、血を分けた娘に対する愛情を期待していた。


 ……いや。お父様にとっての家族は、義母と妹のソランジュだけなのだろう。

 力なく頷き、のろのろと部屋に戻った。

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