◇ 18 ◇
嵐のようなソランジュ達がいなったあと、お店に騒ぎを起こしてしまったことを謝ろうとした。しかし返答は「お気になさらず。こういうことは時々起こりますので」と冷静なものだった。そのうえすました顔で「あのお客様がいらしてから、念のため防音魔法をかけておりましたのでご心配なく」とまで言ってのけた。やはり一流店はすごい。
店を出るなり、子息は私に賞賛を送った。
「すごく博識なんだね! 妖精タフタについての知識は実に素晴らしかったよ」
「え、いえ。たまたま貿易商の方に教えていただく機会があっただけで」
「やっぱり君は最高のパートナーになりそうだ」
どうやら本命が決まるまでの相手役としては、合格点をもらえたようだ。ほんの少しでも力になれたのなら嬉しい。
家族はいくら尽くしても当然と受け取っていたから、それをわざわざ感謝の言葉にされるとくすぐったい気持ちがした。
「ドレスは届けてもらえるように手配したし、次はなにを見たい?」
「順番で今度は、レドマンド子息のものにしませんか」
「だめだめ今日はヌエラが主役。僕にとってはそれが一番楽しいんだ」
彼のストレートすぎる好意の伝え方は、慣れてないと心臓によくない。
お世辞を言おうとか、相手を気分良くさせてやろうみたいな下心は感じない。心からそう思っていることが伝わるからこそ、なんて返したらいいかわからなってしまう。いたたまれなくなった私は、普段なら口にださない本音をつい漏らしてしまった。
「ええと、あの……実は、露店のお店をみてみたいです」
「露店? あの大通りの」
父の用事で街には何度もきたことがあるけど、余計な事をするなときつく命令されていた。そうでなくとも自分のお金なんてほとんど持っていなかったから、きちんとした店構えの店に入店なんてできない。それでも息抜きに、回り道して露店を眺めるのが唯一の楽しみだった。
「あっ、レドマンド子息は露店なんて行くわけないですよね」
すぐさま言ったことを後悔した。彼はもちろんのこと、彼の妻に選ばれるような令嬢だって行かないだろう。私はただの練習台なのに、図々しく自分の本当に行きたいところを言ってしまった。
「ごめんなさい、忘れて……」
「いいじゃない、面白そう!」
「え? で、でも」
彼は私の手をとり、様々な店をみてまわった。異国から仕入れた不思議な雑貨を取り扱う店。色とりどりの綺麗なガラスが美しい照明具店。可愛らしい手作りのアクセサリーを扱っている店があれば、そのとなりでは山と積まれたフルーツをジュースにしているお店が出ていたりする。
きちんとしたお店は素敵だけど慣れなくて緊張する。その点、気楽な露店のお店は雑多に色々なものを扱っていて、とてもワクワクする。こんな風に自由に見て回れるのはとても楽しい。
「それ、気に入ったなら買おうか」
困ったことがあるとすれば、子息がすぐにプレゼントしたがることだ。私なんかに余分なお金を使ってほしくないのに、気前が良すぎる。それでも押し負けて一つだけプレゼントを受け取ると、彼は本当に嬉しそうにわらった。
「もう、本当にこれだけですよ。あるお金の中でやりくりするのが楽しいのですから!」
彼の未来の妻は、こんなことは絶対に言わないだろう。
いつの間にか本来の目的も忘れ、本気で楽しんでいる自分に気がついた。
(……なんだかこうしてるほ本当の恋人同士みたい)
「どうしたの?」
「い、いえ。お礼に私が飲み物をご馳走しようかと思いまして」
「それは嬉しいな。……ところで、いつまでその呼び方なの?」
「え?」
「恋人なんだから、名前で呼ばなきゃ駄目でしょ」
え。
「や、それはちょっと……!」
私は家族とごく親しい人間以外に名前を呼び合ったことはない。もっといえば、私よりずっと身分の高い子息を名前呼びするだなんて、慣れないを通り越して恐れ多い。まさかそこまで本格的に『恋人役』を求めてくるなんて思わなかった。おどおどしていると、クスリと笑われてしまう。
「そんなに嫌なの?」
「い……いえ、嫌というわけではなくてですね……。私の心の問題といいますか、なんといいますか……」
ますます勘違いしそうになるから、無理です。
もちろんそんな恥ずかしいことを言えるはずがない。説明できない以上、多少の恥ずかしさは捨てて期待に応えなくてはいけない。本心を吐露するよりましだと覚悟を決めた。
「えっと……ハイロス様?」
「なんで疑問系なの。それに様はいらないよ」
とんでもない難題を、さらりと強要してくる。
練習台らしく、より本物っぽくするべきなのだろうか。いくらなんでも不敬すぎるのでは。たくさんの考えが頭の中に浮かんでは消える。しかしすでに今日起きた数々の出来事で、頭の中は許容量を超えていた。
「ハ……ハイロス……」
うわあ、なんだか恥ずかしすぎる!
頬が熱くなるのを感じたけど、見上げた子息の顔の方が真っ赤になっているのをみて驚いた。
私はあなたに合わせたんですけど……!?
「あれ? ごめん、なんだろ。なんかすごい照れるね」
「ご自分で言ったんじゃないですか」
「うん。そうだよね。でもなんか、ヌエラは絶対言わないタイプかと思ってたからさ」
あまりの狼狽えぶりに、思わず吹き出しそうになる。
女性慣れしているんだかしていないんだか、よくわからない人だ。
(まるで本当に私を好きみたい。……って馬鹿ね。まさか、そんなはずないのに)
時々、本気で勘違いしそうになる。それに簡単にドレスをプレゼントしてくれこともそうだ。本当にただの『練習台』に、そこまで大金を使うものなのかとよぎることがある。いや、いくらなんでもそれはないだろうけど。ああ、なんだかまた熱くなってきた気がする。
「あ、見てあれ!」
彼が指さす先に、物乞いの人が座っていた。庶民が集まる雑多な大通りでは、ああいう人を見かけることもある。その物乞いの近くには文字を書いた紙が張ってあった。『私は耳も聞こえず、目も見えません。今は不治の病にかかったていて、治療するお金もありません』と書いてある。
耳が聞こえず、目も見えないなら一体誰がこの文字をかいたというのだろうか?
馬鹿らしい、今時こんなものを本気にする人なんて……。
「なんて可哀想な人だろう。手持ちのお金で足りるかな?」
「え、まさか本気にしてるんですか」
「だって本人がそう書いているじゃないか。よし、寄付しよう!」
「待ってください。耳が聞こえなくて目が見えない人は、あんな達筆な文字なんてかけません。同情を引くための嘘ですよ!」
実際、私はあの物乞いが元気に歩いているところを何度も見かけている。それどころか本人も時々設定を忘れるのか、仲間を見つけて話し込んでいる時すらあった。
「え、そうなの? なんだ、よかったあ」
子息は騙されたことは気にせず、にこにこと笑っている。人のいい彼は、騙されそうになったことより、同情すべき可哀想な人間がいなかったことを喜んでいた。
さっきまで、ただの練習台に大金を払う人がいるのだろうか、もしかしたら少しは私に気持ちがあるのではなんて思っていた自分が恥ずかしすぎる。全然違った。彼は善意で、ぽんぽんお金を出す人なだけだった。壁に頭を打ち付けたい気持ちと、安心する気持ちが同時に押し寄せる。
「あ、見てあれ! 人魚のミイラだって! 本物かなあ、わくわくするね!」
少し目を離して自省している間に、今度はうさんくさい見世物小屋を発見していた。いかにも胡散臭げな商人が「うちのは本当に本物だよー」などと言って、ニヤリと笑っている。
「本物だって言ってるよ!」
「なんで騙されるんですか!? どうしてすぐ信じちゃうんですか!!」
私は彼を引きずるようにして大通りを後にした。
まったく、この調子じゃ今度はなにに引っかかるか。
(……この人って、意外と騙されやすい?)
それはずっと気になっていることでもあった。貿易商の嘘を見破り、大団円……と喜びたいところだが、もしあの事件が起きなかったらどうなっていたのだろう。どんどん契約がすすみ、ことによっては大金をだまし取られていたかもしれない。
彼の人の好さは美点でもあり、同時に大きな欠点でもあった。
「たしか、これまで全然家業を手伝ってこなかったとおっしゃってましたね」
少し踏み込み過ぎた質問だろうか。だけどもしかしたら、これこそ彼がこれまで結婚にいたらなかった理由なのかもしれない。
度の過ぎた人のよさは、一生を共にするパートナーとしては不安材料でもある。
「今はご当主様も健在でしょうが、いずれお兄様が引継ぎ、それを補佐しなくてはいけない日もあるでしょう」
「補佐って言うか、僕が……いや、なんでもない」
なにか言いたくない事があるのか、歯切れが悪い。
私はただの練習台だから、話せない事情の一つや二つあるのだろう。
「よかったら、今度領地の視察をするとき、私も一緒に連れて行ってもらえませんか」
「視察に? 別にいいけど、楽しいことはなにもないよ」
よほど領主の仕事が嫌いらしく、眉間の間にしわが寄った。
しかしやはり実践に勝るものはない。
領地の大きさも、政務の範囲も段違いだろうけど、それでも基本の部分は変わらないはずだ。
「だけど急に視察だなんて。一体どうしたの?」
「どうもしてませんよ」
おそるおそる聞いてくる彼に、にっこりと微笑み返した。
これもすべて、より素晴らしい誰かと結ばれるためのお手伝い。
「私は、自分の役目(練習台)を果たしたいだけですから!」
「えっ、役目(将来の妻)を果たしたい……!?」
しかし提案したはいいものの、視察についていくとなれば伯爵家の内情の一端を知ることになる。よくよく考えてみれば、いくらなんでも図々しすぎるお願いだっただろうか……?
「もちろんその、無理にとは言わないのですが」
「あっ、ううん! いいよ、大丈夫!」
ハイロス様は私の手を握り、真剣なまなざしで見つめてきた。
「ごめん、僕ちょっと勘違いしてたかも。君がそんなに本気で考えてくれてたなんて……」
……ええと。
真剣というか、なんだか感動している?
いや、たぶん私の思い違いだろう。感動させる要素などなにひとつないのだから。
「必ず近いうちに招待するよ。楽しみにしてる」
子息は私の甲に口づけを落とすと、見るものすべてを魅了してしまいそうなほど甘い微笑みを浮かべた。本気で練習台になろうとする私に対するお礼にしては、破格すぎるほど魅力的な笑みだった。
(可哀想に。あまり表に出さないけど、予想以上に追い詰められていたのね)
母性本能が刺激されたのか、胸の奥がキュンとする。
私は彼のために、心を鬼にして徹底的に再教育してあげようと決意した。




