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999人目の恋人は、どうやら僕が大嫌いなようです  作者: 葵 れん
二章 

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16/20

◇ 16 ◇

 たくさんの煌びやかなドレスが立ち並ぶ中、奇妙な沈黙があった。

 ソランジュのことをレドマンド子息の恋人だと勘違いしているブライム氏は、一瞬きょとんとした顔をしていたが、すぐに貼りつけたような笑みを浮かべた。


「おっと、どうされたんですか? 痴話喧嘩は犬もなんとやらとですよ」


 彼は妹が恋人なのだと勘違いしたまま、必死に空気を取り持とうとしている。しかし私はこの貼りつけたような笑顔の商人に疑問を持っていた。


「ブライムさん。失礼ですがあなたは本当に貿易商人なのですか?」

「な、なんですと?」

「お姉様ったら、何を言い出すの!?」


 私は種明かしをすることにした。


「はっきり言うわね。ソランジュ、あなたの選んだその『妖精タフタ』は、別に最高級のドレス生地ではないの」

「え!? だ、だってさっき、お店の人が……。まさか、嘘をついたの!?」


 ソランジュが店員を睨みつけるが、私はクビを振った。


「そうじゃないわ。ある意味でその生地は最高級であり、同時にそうではないの」

「なにをわけのわからないことを!」

「これが最後のチャンスですよ、ブライムさん。妹に説明してやってください。貿易を行っている商人なら、誰だってわかることです」

「えっ!? そ、それは、その……」


 ブライム氏は脂汗をかきながら、キョロキョロとしていた。


「つまりその、そう! 人の価値観によっては最高にもなりうるし、好みでそうでもないものに変動することもある、と。まあそういうお話ですよね?」


 ああ、やっぱり。

 この人はまともな貿易商ではないんだ。


「全然違います」


 人のよいレドマンド子息は、この卑怯な商人のカモにされかけたのだろう。そう思い至るとメラメラと闘志がわきあがる。この場で化けの皮をはがさなければ、とても気がすまない気持ちになった。


「いいですか。妖精タフタが最高級と知れ渡っているのはコサージュの材料としてなんです」

「コサージュって……胸につける花飾りの?」

「ええ。正確には生地としての価格はそこまで高価ではありません。ドレスほど大きな物でしたら少し扱いにくい程度ですから。ところが小さなコサージュは違います」


 胸元に輝く美しい花。

 名前の軽やかさとは正反対に、コシが強すぎる妖精タフタは熟練の職人でなければとても形に出来ないという。


「最高級といってもその値段は、生地ではなくほとんどが技術料。それを扱える職人を抱えている事は、ドレス店の名誉そのもの。そしてそれは商売をするうえでその店の技量を図る指針の一つにもなっているそうです」


 顔を青くしたのは、ブライム氏だけではなかった。これまで天を突き破らんばかりに鼻を高くしていたソランジュがわなわなと震えている。無理もない。これまで最高品質のドレスだなんだと騒いでいたのに、蓋をあけてみればドレスとしてはありふれた布だったのだから。

 といっても別に、妖精タフタは笑いものになるような安物だというわけではない。むしろ私たちの身の丈にあった値段で、十分パーティーに出席できる良い品であることは間違いない。それが自分の審美眼を自慢していた彼女にとって、どれだけの慰めになるのかはわからなかったけど。


「つ、つまりこの人が言っている事は全部デタラメだったってこと……!? あ、あんなに素晴らしいと褒めたたえてくれたのに……」

「わ、私はただ素晴らしいと褒めただけで……!」


 ふと気がつくとブライム氏が連れていた女性はいつの間にかいなくなっていた。おそらく客商売であろう女性の、察知能力の高さに心底感心する。ここからはブライム氏にとって、他人に見られたくない姿を晒すことになるだろうから。


「ブライムさん。あなたはご自分を有能な貿易商だといっていたけど、どうして妖精タフタをご存知なかったのですか?」

「そ、それは……」


 ごくりと喉がなる。

 しかし追い詰めたと思った矢先、妹が割り込み、不服の声をあげた。


「こんなの嘘よ! そうよ、お姉様が何を知ってるっていうのよ!」

「ソ、ソランジュ……」

「姉様ったら、恥ずかしい! 専門家を前に、知ったかぶりをするなんて!」


 彼女はなにがなんでも私を認めたくないらしい。

 追い詰められた彼女のいつもの手だ。

 理論も何もあったものはないけれど、彼女が悲劇のヒロインのように瞳を潤ませると、たとえ黒い鳥でも白になるのだ。


「ね、ハイロス様。こんな姉のいう事を本気になんかしちゃ嫌ですわ! 私に嫉妬して、いつも嫌な事ばかり言うんですから」


 ソランジュがすり寄るのを目撃したブライム氏は、急に元気づいた。どうやらこの姉妹は仲が悪いらしいと勘付き、そしてレドマンド子息は妹の味方をすると思ったのだろう。とたんに今までになく高圧的で、居丈高な態度へと変化した。


「なにもわからない素人が、余計な口を出さないでいただきたいですな」


 ブライム氏がため息交じりに口を挟んだ。

 その口ぶりは、明らかに私を馬鹿にしきっていた。


「嘘じゃありません、だって」

「いい加減にして下さい! あちらのお嬢様が困っているのがわからないのですか!?」


 涙目になっているソランジュを指し、激昂する。

 瞬間的に怒鳴られたショックで言葉に詰まった。


「貴方のように人を陥れるような人間は恥ずかしいですよ」

「お、陥れてなんて……」

「御覧なさい。妹君をこんなに苦しめるなんて、ひどい人だ」


 彼は話の論点をソランジュに変え、私がどれほど彼女を苦しめ、嫌な人間かを強調しはじめた。

 ああ、まただ。

 また私が『悪い』ことにされるのか。

 思わず庇いたくなるソランジュの泣き顔をみながら、荒涼とした気持ちになった。



「――そこまでにしてくれる?」



 レドマンド子息の不機嫌そうな声が響いた。


「は……。し、しかしこの方は……!」

「図星をつかれたからといって、攻撃的になるな」

「なっ……!?」

「恥ずかしくのはどちらだ。お前は実際にきちんとした知識をもっていなかった。それを指摘されたからってきつく罵るのは、まるでただの八つ当たりと誤魔化しにしか見えない」


 ブライム氏は顔を真っ赤にさせた。

 彼がなにも言えずにブルブルしていると、子息はまるで今までの言葉が全て冗談だったかのようにクスリと微笑んだ。


「なーんて、ね。でもそんな風に誤解されたら損でしょ?」


 ブライム氏は慌てながら、取り繕う様に笑顔を浮かべる。


「あ、そ、そうですね……。もちろん誤解はよくありませんとも」

「だからさ。ここは、大人の寛大さで謝っていた方がいいんじゃない?」

「あ、謝る!?」

「うん」


 レドマンド子息はさもなんでもないことのように提案した。


「だってそんなつもりはなかったといっても、とても聞くに堪えない詰め寄り方をしていたんだもの。ちゃんと気がつけたなら、謝罪しておいた方がいいんじゃない?」

「そ……それは……!」


 ブライム氏は一見プライドもなにもなくへりくだる人間のようにみえる。だけどそれは彼が大好きな権力や財力がある相手にだけなのだろう。日頃自分が頭を下げている分、一旦見下した相手にはどこまでも強気に出る性格のようだ。

 そんな彼にとって、格下だと侮っている私に謝罪するのはひどく屈辱的な行為なようだった。

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