◇ 15 ◇
「いやあ、よいものを見せて頂きました。『妖精タフタ』を選ばれるとは、実にお目が高い!」
レドマンド子息と商談中だというブライム氏は何度もうなずき、満足そうにしている。しかし私は彼の発言に疑念を抱きつつあった。なぜなら私が密かにソランジュに選ばせたものは、本当は最高品質のドレス生地などではなかったから。
どうしても気になった私は、ソランジュとブライム氏が話し込んでいる隙に子息に話しかけた。
「……それでは伯爵が不在の時に、急に投資話をもちかけたんですね?」
「うん、たまたまね」
「これから重要な商談を持ち掛けようという方が、果たしてそんなことも調べずに訪問してくるでしょうか。もしわざと不在を狙ったのだとしたら、どうして伯爵様がいらっしゃるときではなかったのでしょうか。そういったお話には経験豊富な伯爵様も同席していた方がずっといい。的確なアドバイスをもらえるかもしれないですし」
「……なるほど、そういわれてみれば妙だね」
彼は感心したように私を見つめた。
視線に気がつき、なんだか居心地が悪くなる。
「ヌエラは、もしかして子爵家の仕事のお手伝いをしているのかな」
「す、すみません。出しゃばりました」
そうだ、これはレドマンド伯爵家の問題。私のような部外者がしゃしゃり出る幕ではない。それどころか自分の領地のことだって、少しでも口出しすれば「女のくせに生意気だ!」と父に怒られた。いくら違和感を持ったとしても、なにもわからない顔をしているのが正しい行いなのだろう。
しかし子息は、嫌な顔一つしなかった。
「いや、もっともな意見だよ。確かにとても気になる」
彼は家に帰ったら家令に相談してみると言ってくれた。
私のおせっかいに気を悪くした様子はまったくなかった。
「あの……気分を悪くされないのですか? その、私なんかに知ったような口をきかれて」
「何故? とてもありがたいよ」
彼はにこにこ微笑んでいて、むしろ機嫌がよさそうだった。
「これまで領地のことを決めるのは父上で、その補佐は兄がしていたんだ。僕は素人同然で、まだまだ甘い所があると思う。そんな中でアドバイスをくれる人間はとても貴重なんだ。よかったら、これからも気がついたことがあったら教えて欲しい」
「そ、そんな……」
余計な事をいったはずが、逆に喜ばれて困惑する。
これが父相手だったら、言葉の叱責だけではすまなかっただろう。
(……やっぱりレドマンド子息は、よい方だわ)
彼はまるで私を対等な人間のように扱ってくれる。そんなはずないのに、自分がまだ取るに足らないような年若い女性である事や、うんと大きな身分差があることを忘れそうになる。
それはとても新鮮な感覚だった。
ソランジュとブライム氏はますます盛り上がっていた。
「さすがレドマンド様がお選びになった令嬢ですね。とてもセンスがいいですよ」
「そうねえ、見る目がある人がみれば、わかってしまうのね。ほほほ!」
妹は満足そうに高笑いした。
先ほどまでに傷ついたプライドや自信を、すっかり取り戻しているようだ。そうして満足した先にあるものは、自分を不快にさせたものに対する報復だった。
「……それに引き換え、お姉様ったら。ずいぶんピッタリお似合いのドレスをお選びになるのね?」
ソランジュが先ほどの恨みを晴らすように私を蔑むと、彼女をお得意様の恋人だと勘違いしたブライム氏がようやくこちらに目を向けた。私自身というよりは、身に着けている衣装やアクセサリーなどで値踏みしているような目つきに見えた。不躾な視線はやがてあざけりに変わっていき、機嫌をとるまでもない相手と判断したようだった。
「おやおや、お姉様でしたか。レディはせっかくのドレスなのに、ずいぶんとみすぼらしい……いえ、控えめな生地をお選びになったのですね」
このドレス生地を選んだのはレドマンド子息なのだけど、まあ地味な色合いを指定したのは自分だし、私が選んだようなものだろう。
それにしてもレドマンド子息の連れてきてくれたお店の店員は、誰一人私の時代遅れのドレスに露骨な視線を送るような真似はしなかった。今さらになって本物の一流店というものがどういうものなのか、しみじみと納得してしまう。
私の感想とは裏腹に、ソランジュはブライム氏を味方に出来たことが嬉しくて仕方ないようだった。
「でもお姉様。殿方はもっと、華やかな女性を好むものですわ。ねえ、そうですわよね?」
「それはもちろんでございますとも。お嬢様のような美しい女性をエスコートできるのは、男性の自尊心をこのうえなく満足させるものですからね」
「ですってよ。本当に妹として、申し訳ないぐらいですわ」
貿易商という専門家に認められたと思ったソランジュは、得意満面だった。
そして軽く手を叩くと、さも名案を思いついたかのように提案した。
「ハイロス様、それにお姉様ってはすごく恥ずかしがり屋なんです。ほとんど社交界にも出たことがありませんし。ですからパーティーがあったら、私が代わりにパートナー役を受けて差し上げますわ!」
たしかにパートナー役に、義理親族を選ぶこともある。しかしそれはあくまで結婚後の話だし、夫人がどうしても都合がつかないなどの特別な事情の時に限る。
いくらドレスを褒められ有頂天になってるからといって、行き過ぎた発言だった。聞いている私の方が恥ずかしいぐらいだ。しかし妹の常識知らずの思いつきはいつも受け入れられてきた。
(……もしやレドマンド子息は、提案を受け入れたりしないわよね?)
馬鹿な想像だが、同時にありえるとも思った。先ほどから彼は妹に高価なドレスを買い与えようとしたり、さらにもう一枚追加しようとしたり、前回よりもかなり甘い態度だったから。
私はなんとなく緊張した気持ちで子息を見た。しかし彼の回答は拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。
「いや、いいよ」
何度も繰り返すが、妹はこれまでかなり甘やかされてきた。どんな非常識な提案も、しょうがないなと笑いながら受け入れられてきたのだ。拒否されるはずがないと信じ切っていた彼女は、かなり長い間ぼんやりとしていた。
「……あれ? ごめんなさい、今なにか聞き間違いが……」
「気持ちはありがとう。でも代役はいらないから、安心していいよ」
よくききとれるよう、はっきりと。
ほんの少しの未練も残念さもない、明確な拒絶だった。
「で、ですけど、姉って本当に口下手なんです。きっとまともに話も出来ないでつまらない思いをさせてしまうと思いますよ!」
それは確かに彼女のいうとおりだった。
家族に相手にされず、貴族の友人もいない私が彼を楽しませるような会話ができるはずもない。反論のしようがない事実に気持ちが暗くなる。
……こんな私なんて、練習台にすらならないのかもしれない。
「いいよ、僕はそれでいいんだ」
うつむきかける私に、レドマンド子息の明るい声が聞こえた。
「話し上手でも口下手でも、それが彼女なら楽しめると思うから」
「え? で、でも、姉は本当に人見知りで、ハイロス様にきっとご迷惑を……」
妹は慌てるが、彼はけろりとしている。
「うん、だからね。彼女になら迷惑をかけられても構わないっていってるんだよ」
あっけらかんと言い切られてしまえば、さすがの妹もそれ以上言葉を続けることはできなかった。




