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999人目の恋人は、どうやら僕が大嫌いなようです  作者: 葵 れん
二章 

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14/20

◇ 14 ◇

 一部始終を聞いていた子息は、楽しそうに話しかけてきた。


「フルオーダーにするの? いいね、面白そう!」

「いえ、するわけがありませんが?」


 高すぎる金額になるのを防ぐための策なのに、さらに値段を釣り上げるようなことをしてどうするのか。思わず口調を厳しくしてしまい、慌てて笑顔を貼りつけた。


「そんなとんでもない金額……ではなく、時間はかけられませんよ。社交シーズン真っ最中なのですから、すでに出来上がったデザインに生地だけを選ぶパターンオーダーでなければ」


 貴重なデザイナーを独占し、唯一無二のデザインを手に入れるフルオーダーと違い、パターンオーダーなら既製服とたいして違わない価格で購入できる。あとはどの生地を選ぶかで最終的な値段が決まるわけだが、少なくとも先ほどのとんでもないドレスよりは安上がりになるだろう。


(これだけでも半分は私の目論見通り。できれば、さらに安い生地で作ってもらえれば言うことなしなんだけど……)


 小心者の私はほぼ他人同然のレドマンド子息から、高額なプレゼントを受け取ることなどできない。少しでも安く、負担をかけない形で終わらせたい。ましてや練習台のその妹なんかに、大金をつぎこませるなんてもってのほかだ。


「それじゃあどんな生地で仕立ててもらいましょうか。これなんかどうかしら? それともこっち?」


 微笑みながら問うと、妹は露骨に嫌な顔をした。


「そんな色、ぜんぜん私の趣味じゃないわよ。相変わらずお姉様って趣味が悪いのね!」


 先ほど馬鹿にされたのがよほど悔しかったのか、妹は目もくれない。

 半分とはいえ血のつながった姉にひどい態度だと思うが、断られるとわかっていて好みではなさそうな暗い色の生地を勧める私も大概だ。


(やっぱりね。先ほどのやり取りの直後じゃ、ますます私の意見なんて聞きたくないだろうし)


 妹だってこんな高級店は初めてだ。何を基準に決めていいかもわからず、もっといいものがないかとキョロキョロしている。さきほど暗い色ばかり勧められた反発もあるのか、特に明るい色合いのものを探しているようだった。

 私は彼女に選んで欲しいと思っていたドレス生地を、そっと目立つ場所に移動させてみた。彼女好みの華やかで明るい色合いに、張りのある光沢が美しい生地だった。


(うん、やっぱりよく似合いそう)


 素知らぬ顔で別の場所をうろうろしていると、しばらくしてソランジュが例の生地を発見したようだった。予想通り気に入ったらしく、興味津々で眺めている。しかしたくさんの商品を見過ぎたせいで、かえって決断できずにいるようだった。

 私は後押しするつもりで、これみよがしに店員に聞いた。


「まあ、あれは『妖精タフタ』じゃないですか。こんなものまで取り扱ってるなんて、さすがですね」


 ソランジュがピクリと反応したのを見て、さらに言葉を続けた。


「最高級のものを作るには、やはりあれでないと。そうですよね?」

「はい、おっしゃる通りです。お嬢様はよくご存知なのですね」

「たまたま貿易商の方と話す機会があって、教えて頂いたんです。そちらの方面ではとても有名な生地だそうで」


 他でもない店員が肯定したことで決意が固まったのだろう。ソランジュは自信満々にその生地に手を伸ばした。


「これにします!」


 私は希望通りの品物を選んでもらうことが出来てホッとした。基本的なデザインはすでに決まっているから、あとはリボンの色や、細かなサイズ調整をするだけだ。よかった、これで丸く収まりそう。


「君が妹想いなのはわかったけど、少しは自分のことも気にしたら?」


 気がつくとすぐ近くにレドマンド子息がいた。

 言われて、そういえば自分のものを選んでない事に気がつく。

 あとで『サイズが合うものの中で一番安いものを』と頼もうとしていたのだが、プレゼントしてくれる本人の前でそれは言えない。


「決まってないなら、僕が選んでもいい?」

「そ、そうですね。あまり派手なものでなければ……」


 ある意味で彼が選んでくれるなら、こちらの方も気が楽だ。

 念のため間違いで高価なドレスを選ばないように釘をさす。社交界のドレスはとにかく目立つことが大事。そのため生地も豪華なものほど高価な傾向がある。地味なものをお願いしたので、一番最初にソランジュが選んだような非常識な値段にはならないだろう。


「奥ゆかしい、深い色合いが好みなんだね。うーん……。これなんかどうだろう」


 彼が持ってきたのは、お願いした通りに地味な生地だった。

 ……って、私もパターンオーダーにするつもり?

 ソランジュがそうなのだから、当然と言えば当然かもしれないけど、いくら安生地で縫ったとしても恐れ多くて仕方ない。

 

 その時、お店のドアが開く音が聞こえた。ここは螺旋階段を上った先にある二階なのだけれど、一階の吹き抜けに面した部分は壁が半分ほどの高さになっていて、下の様子を見ることも出来る。なんとなくそちらの方に目をやったレドマンド子息が声を上げた。


「やあ、ブライムさん」

「あっ……! こ、これはレドマンド様、奇遇ですな」


 やや焦ったような声が聞こえたと思うと、のしのしと中年男性が階段をあがってきた。その腕にはずいぶん大きなカバン一つと、反対側には露出の高い若い女性が絡みついている。さりげなくチェックしたが、彼女は結婚指輪をしていない。


「レドマンド子息のお知合いですか?」

「うん、この間我が家にやってきた貿易商だよ。今度彼の会社に投資をすることになっているんだ」


 二階に到着したブライム氏は、さっそく子息に歩み寄った。しかしレドマンド子息の方は、少し困惑した顔で隣にいる女性を見た。貿易商はごまかすような笑みを浮かべた。


「今日は少し、市場をチェックしようと思いましてね。ああ、私はドレスを着るわけにはいかないので、協力者の方に同席してもらうことにしたんですよ」


 普通ドレスを買う必要があるのなら、まず一番に夫人に買うものだと思うけど。親子にも見えないし、一体どういう関係なのか……まあ、知りたくもない。

 レドマンド子息もなにか思う所があったのか、特に私を紹介しようとはしなかった。


(投資をすると言っていたわね。まあ、清廉潔白な人物だけが優秀なわけではないでしょうけれど……)


「それじゃあまた。仕事の話は、今度の面会日に詳しく聞かせてもらおうかな」


 レドマンド子息が話を切り上げようとするタイミングで、採寸をおえたヌエラが駆け寄ってきた。


「ハイロス様、ありがとうございます! おかげで最高のドレスが出来上がりそうですよ」

「そう、よかったね」


 ブライムという紳士は、ソランジュを見ると目を丸くした。そしてなんとも嫌な目つきでジロジロと眺める。妹を初めて見る男性によくある反応だ。


「これはこれは! なんともお美しいお嬢さんだ。いや、実にお似合いのカップルですな!」

「え!? やだわ、お似合いだなんて。やっぱり、そう思われます?」

「いや、彼女は……」


 レドマンド子息は言いかけたが、ブライム氏はすごい勢いでまくしたててきた。


「恋人のためにドレスをプレゼントなさるなんて、なんとも粋な計らいですな。私も商売柄、多くのドレスを取り扱っておりますが、いつの時代も喜ばれる、特別な贈り物ですよ。一針一針丁寧に縫われたドレスは、いつだって若い女性たちを魅了してきましたからね。……よろしければ、参考に少し拝見しても?」


(……!!)


 心臓を捕まれる思いがした。まさかこのタイミングで貿易商が、それもドレスを取り扱う専門職が現れるだなんて。どうしよう。

 妹は自慢げに、自分が選んだ生地を指さした。


「あれです。とっても素敵でしょう? 聞いたところによると最高級品なのだとか!」

「ほう……!」


 ブライム氏は目を丸くし、近くに寄るとしげしげと生地を見つめていた。

 ソランジュは相手の反応など気にならないほど浮かれている。一方、私は彼女が喋る度に嫌な汗をかいた。

 お願いだから、黙っていて。

 そんな願いもむなしく、彼女はますます調子に乗った。


「見てくださいな、この光沢に色合い! 『妖精タフタ』というらしいですわ」


 ソランジュに選ばせた生地を、店員が『最高級』だと評したのにはちょっとしたカラクリがある。それは高級品に本格的な知識のない妹だからこそ通用したものであり、きちんと知識がある人ならすぐに気がつくような小細工だ。


(貿易商なら、すぐに気がつくでしょうね)


 私はブライム氏が真実を暴く瞬間を、ただ待つしかなかった。

 しかし、次の瞬間聞こえてきたのは耳を疑うような言葉だった。


「――なるほど、素晴らしいですね! このように品質のいいドレス生地はなかなかありませんよ!」


(……え?)


 私は信じられない気持ちで顔をあげた。


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