ー 12 ー
ようやくたどり着いたデート当日。久しぶりに会った999人目の恋人は、無慈悲にも僕からのプレゼントを何一つ身につけてくれなかった。それだけならまだしも、可愛がっている妹にあげてしまっていた。
まるで、自分には要らないとばかりに。
(い、いやいや。悪くとらえるのは止めよう。妹さんがすごく気に入ってくれただけかもしれないし)
格好つけて表面上は取り繕っていたけど、内心は全然平静でいられない。ここまで冷たい仕打ちをうけたのは、これまた初めてのことだった。
(会えない代わりにと、あんなに贈り物をしたのに、まさか一つも気に入ったのがなかったの? センスが合わなかったのか? 一度もお礼状が返ってこなかったけど、まさかそういう意味だった……!?)
忙しいとかおおらかな性格だとか、聞けば他愛のない理由があるのだろうと考えていた。そもそも感謝されようとして贈ったのではない。だけどこれまで何の反応もなかったことと、小さなもの一つ、義理で身に着けることすらなかったことで、さすがに動揺しないではいられなかった。
(いや……悪い方に考えるな。彼女は本当に妹が大好きなのかもしれない)
妹はにこにこと笑っていたが、僕はとても笑う気にはなれなかった。それでもなんとか口の端をあげると、心底嬉しそうにしている。
僕が笑顔にしたかったのは、妹の方じゃなかったんだけど……。
(はあ。仲がいいとは思っていたけど、ここまでとはね)
そんなこんなで、結局デートだというのに三人連れになってしまった。本当に、本当に仲良しなのだろう。少しでも断ろうする様子があったら、全力でそれにのっかっていたのだけど。迷う素振りもなく『いいですよ』と言われてしまった時には、少々ガッカリしてしまった。
馬車の中でも妹からはひっきりなしに話しかけられ、肝心のヌエラは無表情で黙り込んでいた。これじゃあなんのために同行をOKしたのかわからない。妹を満足させれば、喜んでくれると思ったのに。
いや、まだデートは始まったばかりじゃないか。
「そういえば贈った花束のことだけど、もしかしてあまり好みの花じゃなかった?」
「……えっと……」
「そうなんです。お姉様はもっと地味で暗い色が好きなんですよ。いつもそんな色のドレスばかりきていますもの」
またしてもヌエラが答える前に、妹が全部答えてしまう。
彼女は開きかけた口を閉ざし、つまらなそうに窓の外を眺めた。僕は小さな失望を隠し、さらに笑顔で話しかけた。
「そうなんだね。でもヌエラは色が白いし、明るい色もすごく似合うと思うな。今日はドレスも見に行く予定だったから丁度いい。色々試してみようよ」
「え? 今日は子息の買い物をするのではありませんか」
「僕の買い物は、君のものを買う事だよ」
最初のデートに買い物を選んだのは、あわよくばプレゼントで好感度をかせぎたいという下心だけではない。とにかくお互い何も知らなすぎだ。ドレスでも、それ以外のものでも、彼女の関心を引くものがなんなのか知りたかった。
ヌエラは慌てたように何かを言いかけるが、それを遮るように妹さんが身を乗り出してはしゃいだ。
「まあ、ドレス! 素敵! それなら絶対に私が一緒にいないと! お姉様って本当にセンスないもの」
「…………」
「せっかくハイロス様がいらっしゃるのに、お姉様の趣味で選んだら笑われるわ! ああ、ついてきてよかった」
なんだか結構失礼なことを言っているような気がするのだけど。しかしヌエラが言い返したりたしなめたりする様子はない。ううん、まあこういう軽口をたたけるほどの関係ってことなのだろうか。
「姉妹で仲良くていいね」
「はい!」
「…………」
ヌエラは相変わらず窓の外の遠い景色を眺めている。顔色はよいから、体調を崩しているのではないようだけど。
緊張している? さっそく疲れてしまった?
なにか言いたいことがあるのなら、言ってくれればいいのに。薄く優美な線を描く唇からなにかの言葉が紡がれるのを待っているのに、聞こえてくるのは妹さんの声ばかりだった。
「うふふ、とってもわくわくしますね。それもハイロス様と一緒だなんて最高です。街の方にはよく行かれるんですか?」
「ああ、うん……」
「普段はどんなお店に行かれます? なにかおすすめがあったら教えてほしいです」
「うん……」
どうにもヌエラの様子が気に掛かり、話しかけられても上の空になってしまう。
妹さんはちょっと眉をひそめたあと黙り込んだ。
(おっと、ぞんざいな対応をしすぎたかな)
だけど申し訳ないけど、静かになってくれたのは助かる。今の僕は自分に興味が無い女性を振り向かせるという、人生でもっとも難解な問題にとりくまなくてはならないのだから。
ヌエラは急に静かになった妹に少し視線をむけた。なんとなく少しだけ、満足げな雰囲気を感じた。けどまたすぐ興味がなさそうに、馬車の外に視線を移す。その横顔は僕がここにいてもいなくても、何も変わらないようで寂しい。
(どうしたらいいんだろう。全然楽しそうじゃない)
その理由に見当がつかず、ましてや解決方法もなくて内心焦っている。
もうプレゼントを身に着けてもらえなかったことも、別の人にあげてしまったこともどうでもよかった。
ただほんのちょっとでいいから、笑って欲しい。
「ああ、わかりましたわ! そういうことですのね!?」
つかの間の静寂を破り、妹がポンと手を叩いた。
「ハイロス様って、よく慎重だって言われませんか?」
「え? 別にそんなことは……」
「ほら、いきなり本命に行かず、似たような相手で練習しちゃったりとか」
妹はなぜかヌエラの方をチラチラとみながら言った。
「練習? ああそういえば、練習のつもりであまり重要でなくても相手をすることはあったな」
先日、父宛ての来客を試しのつもりで迎えたばかりだった。結局、話が盛り上がって練習どころか本契約になったけど。先日の出来事を思い出しながら答えると、妹はうんうんと頷いて大はしゃぎした。
「あは、やっぱり! なるほどねえ、納得できました」
なにがやっぱりで、なるほどなのだろう。
彼女の思考回路は、ヌエラ以上に不可解だ。
ところが次の瞬間、僕は目を疑った。これまでずっと無表情に遠くを見ていたヌエラが、今は僕の目をしっかりと見ていた。その目は大きく開かれ、うっすら頬を紅潮させている。
「なるほど……練習台……!」
え? なに、どういうこと?
なんでそんなにスッキリした顔なのだろう。まるでずっと悩んでいた疑問の答えが見つかったかのように、憑き物が落ちた顔をしている。
「ねえヌエラ、僕なにか変な事言った?」
「とんでもありません。ええ、それ以上なにもおっしゃらないでください」
「だから、なんのこと」
「そうですよね。そんな理由でもなければおかしいですもの。でも、ちゃんとわかってかえって安心いたしました」
驚くことに、彼女は今日一番、いや出会ってから初めてといっていいほど優しい笑みを浮かべていた。 え、なんなのその聖母のような笑顔は。
嬉しいことのはずなのに、何故か不安がわきあがる。
「ヌエラ、なんだかちょっと話が……」
「あっ、到着したみたいですよ。さあ行きましょう、ハイロス様!」
言いかけた僕の言葉は、はしゃいだ声に遮られた。




