◇ 11 ◇
約束の時間はすぐにきた。
まさか自分の屋根裏部屋に招き入れるわけにもいかず、家族たちが揃っている居間に招くのも気が引けて、結局家の門の前で立って待っていた。淑女というものは紳士を待たせて支度をするものなようだけど、淑女ではない私が彼をおまたせするわけにはいかない。雑用で鍛えた体は頑丈なので、向こうが数時間遅刻しても元気で待っていられる自信がある。
レドマンド家の家紋の馬車は、少しの遅れも早すぎもせず、時間丁度にやってきた。
緊張しながらやってくる馬車を見ていると、いつの間に外に出ていたのか、サッと妹が隣に立った。彼女はあの真新しいドレスを着て、顔はいつも以上に念入りに化粧をしていた。それだけならまだしも、なんと彼女の艶やかな髪にはとても見事な花がさしてあった。間違いない、私がプレゼントされたあの花だ。
最初はあまりのことに驚きすぎて、声も出なかった。プレゼントされた日に抜き取っておいたのか、それとも勝手に私の部屋に入り込んだのか。どちらにせよ、私へ送られたものを勝手に、我が物顔で使ってきたことにわなわなと唇が震えた。
「ソランジュ、その花……」
「うふっ、似合うでしょ?」
明るく微笑む妹は、まるで妖精のように可愛らしかった。だけど私はそれをちっとも素敵だとは思えず、それどころか今すぐひっぱたいてやりたい衝動にかられた。自分のものを勝手に触られることはよくあることだけど、今ほど怒りが湧いたことはない。
その時、馬車から伯爵子息が降りてきた。
「やあ、わざわざ外で待ってくれていたの?」
彼は目が合うと嬉しそうに笑ってくれた。最初の挨拶にすらまごついている私の横をすり抜け、妹がすぐさま彼に駆け寄った。
「ハイロス様ぁ、お待ちしておりました」
「君は妹のソランジュ嬢だったね。あれ、その花は……」
子息はソランジュの頭を見て、一瞬表情を固まらせたような気がした。しかし次の瞬間には完璧な笑顔をたずさえていたから、たぶん見間違いだろう。
「お姉様が私に下さったんです。きっと似合うだろうからって」
そんなことは言ってない。だけどお客様の前でみっともなく言い合いになるのも嫌で、仕方なく黙っていた。
それに妹の方が似合っている、という部分には同意せざるを得ない。妹の美貌は大輪の花にも負けることが無く、他の人間なら大げさになるであろう大きな花弁も見事にお互いを引き立て合っていた。
妹の美しい姿に、彼もさぞかしうっとりしているだろう。そう思って顔を上げた途端ドキリとした。彼はソランジュの方には見向きもせず、じっと私を見つめていたから。
「妹に分け与えるなんて優しいんだね。それとも、嫌いな花だった?」
「い、いえ」
「良かったら好みを教えてよ。ああでも、自分でそれを当ててみたい気もするな」
前回と変わらない様子で優しく話しかけてくる様子に、呆気にとられる。
一度目ならまだしも二度目。それもこんなに美しく着飾った妹を前にして、まったく視線を動かさない人を見たことが無かった。
「どうかした?」
「いいえ、別に……」
彼はあまり妹に興味がないように見えたが、本音はどうなのだろうか。じろじろ見過ぎたせいで視線があうと、にこりと微笑みを向けられる。まさか本当に好かれているわけでもないだろうに、あまりに彼の演技が自然すぎる。
(これが無意識だとしたら、かなり罪作りだわ)
上流の社交界というのは、こうも騙しあいが上手いのだろうか。
彼と浮名を流した女性の中には、こんな社交辞令を真に受けてのぼせ上った令嬢も少なくないのではないだろうか。もちろん、私は勘違いなんて絶対にしないけれど。
「ハイロス様、今日は街に行く予定だとききました。是非私もご一緒させてください!」
うすうす予感はあったものの、あまりに常識知らずな提案にぎょっとする。子息もさすがにそれは困ると思ったのか、眉を寄せて口を開いた。いくらなんでも彼からお断りしてくれるだろうと願っていると、ソランジュがさも悲しそうにうつむいた。
「ごめんなさい、迷惑ですよね? だけど私、めったに街に行くことが無くて。両親が厳しくて、なかなか許してもらえませんの。だけどハイロス様がいれば、きっと行かせてくれますわ」
(はあ? いったいどこの誰が町に行かせてもらえないですって!)
しょっちゅうおねだりして、最低でも月に二度は遊びに行っては散財しているというのに、どういう神経をしてるのか。なかなか外に出してもらえないはずの彼女の持ち物は、街で手に入る最新の流行のものばかりだ。それにあんなに甘い態度の両親をみられているのに、そんな嘘が通じるわけ……。
「そうなの? それは若いお嬢さんには酷だね」
なんとあっさり信じている。
彼はあまり人を見る目がないのかもしれない。
「ううん、そうだなあ。僕はかまわないけど……」
まったく疑う様子もなく陥落され、うかがうように私を見てくる。その様子にソランジュが目を輝かせた。いつの間にやら外に出てきていた両親たちも、背後から『わかっているだろうな』とばかりに強い視線を送ってくる。
彼がつまらない嘘に騙されず、ちゃんと止めてくれたなら良かったのに。私ではソランジュを説得することなど到底不可能だ。
「……私もかまいませんよ」
断腸の思いで返事すると、彼は気のせいか少し残念そうな顔をした。しかしすぐに気持ちを切り替えたような笑みを浮かべると、今乗ってきた馬車を振り返った。
「それじゃあ今日は三人で街を見に行こうか。運転を頼むよ」
彼は明るい口調で御者に声をかける。御者は信じられないとでもいうように大げさに肩をすくめたあと「へい。まあ、お坊ちゃんがそれでいいんでしたら」と厭味ったらしく返事した。
正直、私も御者とまったく同じ気持ちだった。




