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999人目の恋人は、どうやら僕が大嫌いなようです  作者: 葵 れん
二章 

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10/20

◇ 10 ◇

 嵐のようなお見合いから、数日が過ぎた。

 私は父の仕事の手伝いをするため、執務室にいた。いつもどおり帳簿をチェックし書類の束をわけていく。その中身を見れば見るほど、頭痛がしそうになる。


「ソランジュとお義母様は、また贅沢品を買ったのね。それにお父様もこんな見込みのない事業に投資をして……」


 最初の頃はわけもわからずに、前月のものを見様見真似で処理していたのだが、今ではすっかり内容が頭に入っている。おかしな内容にはメモ書きをつけて、問題のないものはまとめてサインをするだけにした。

 父が母の遺産に手をつけていた事は、今でも許せない。だけどそれを面と向かって糾弾したとしても、失ったものを取り返せるわけではない。それに領地の人達には関係のないことだから、これまでの仕事を急に放りだすわけにはいかなかった。

 

 階下から妹のはしゃいだ笑い声が聞こえる。父の、珍しいぐらい上機嫌な声も響いてきた。

 愛されたいという気持ちが、これまでどれほど目を曇らせていたのだろう。こんな風に私をのけものにして団欒を楽しんでいるような人たちが、いつか自分を受け入れてくれると思っていただなんて。


(ううん、父だけじゃない。かつて婚約者だった幼馴染も、その後に求婚してきた人だって……)


 期待しては裏切られる。

 その繰り返しで、いい加減に目が覚めた。

 こんな私なんかに愛情をむけてくれるのは、亡くなった母以外はいない。レドマンド子息がどうして我が家との結婚にこだわっているかはわからないが、なにか理由があるのだろう。


 家にノッカーの音が響き、手を止める。今日は来客の予定はないし、一体どうしたのかと思って玄関に出ると、使いの人間が花束を持って立っていた。


「ヌエラ様へのお届け物です」


 それはこの辺りでは見たことがないような美しい花だった。以前の自分だったら、もしかして少しは気に入られてるのかもしれないなんて馬鹿な勘違いをしただろう。

 妹が家の奥から出てきて、大きく目を見張る。

 

「まあ、さすが数多くの女性と噂になるだけの方だわ。どんな相手でも礼儀を尽くすなんて」


 褒めているのか貶しているのかわからない感想を大声でいった。


「きっと無意識に、誰にでもやっていることなのでしょうね。気に入られたと勘違いする令嬢もたくさんいそう。もちろん、お姉様はそんな馬鹿な思い違いしないのでしょうけれど」

「……そうね」

「ちゃんと女性扱いしてもらえてよかったですね、お姉様。初めての事じゃないですか?」


 彼女はいつも通り本当のことを言っているだけなのに、なぜか今日に限って気に障る。妹は目ざとく花束に添えられていたメッセージカードに気がつくと、なんの悪びれなく抜き取って読もうとした。


「ソランジュ、止めて!」


 慌ててとり返すと、まるで大げさだとばかりに声をあげて笑う。私はカッとなって花束を抱えたまま部屋に戻った。


「まあお姉様、せっかくだから広い居間に飾りましょうよ」


 背中から声を掛けられたが、私は振り向きもしなかった。


(頂いたものを、私がどこに飾ろうと勝手だわ)


 自室といっても暑くて寒い屋根裏。窓以外は照明もないような薄暗い部屋だ。釣り合わないと思っていたが、いざ花瓶にいけてみると部屋がパッと明るくなる。花一つでこんなにも気分が変わるものかと驚いた。 しばらくたってからカードの存在を思い出し、それを裏返してみる。


『早く会いたい』


「わあ。まるで本当の恋人のようだわ」


 感心して思わず声が出た。こんな普通なら他の人が見ないようなところにまで、ご苦労な事だ。彼の目的は一体なんなのだろうか。これまで思いついたのは、どうしても結ばれない恋人がいてその目くらましに、とか、特別な条件の相手と結婚しなければならない呪いをかけられていて、その条件に当てはまるのが私だったとか……。

 もう少し仲良くなれたら、本当のことを教えてもらえないだろうか。こちらとしては協力するのはやぶさかではないのだろうけど。一刻も早く彼を解放してあげるためにも、それとなく探らなけらば。




 それからもう数日してから、突然レドマンド子息が迎えに来ると伝えられた。すでに両親とは話がついているらしく、当日まで知らなかったのは私だけだった。

 しかしいきなりそんなことを言われたって、着るものすらない。

 持っている一番いい服は、先日買ってもらった流行遅れの服だ。しかもそれはこの間の見合いで使ってしまった。それ以外は家の仕事をしてまわるのにちょうどいいような野良着ばかりで、とても貴族令嬢が身に着けるようなものではない。


(仕方ない。みっともないけど、同じ服を着よう)


 どうせ向こうが納得するまでの、振られるための時間なだけだと自分に言い聞かせた。鏡の前でため息をついていると、居間の大きな話声がきこえる。なにかあったのだろうかと、騒ぎの元である居間の方に向かった。


「ねえ、見て! 素敵なドレスでしょう?」

「だがなあ、この間あつらえたばかりだろう?」

「いいじゃないですか。とってもよく似合ってるわ、ソランジュ」


 階下に降りると、父たちの前で妹が新しいドレスのお披露目をしている。

 我が家はあまり裕福ではないというのに、少しでも余分なお金があればすぐに妹に消費されていた。だから我が家はいつもかつかつで、だけど義母様と妹はタッグを組んで残り僅かな貯えを使い込んでいた。

 母の遺産も、こんな下らない理由で使い込まれたのだろうか。悔しさで胸がつまりそうになるが、なんとか息をして平静を保つように努力する。

 私の気持ちなど知る由もなく、彼らはいっそう議論を白熱させていた。


「半分とはいえ血のつながった姉妹なのだから、すぐさま露骨に乗り換えるわけにはいかないのでしょうね。だけど私の娘を見てごらんなさいよ。うっとりするほど可愛らしくて、笑顔が魅力的なこの子を。これまで数多くの求婚者が来たけれど、けち臭い男爵家や子爵家で妥協しなくて本当に良かった! 跡継ぎではないにしろ、伯爵家の血筋ですもの。ソランジュならきっと、義理の両親にだってあっという間に気に入られますわよ。そうなれば我が家も左団扇。貧しい暮らしから抜け出して、ようやく人生に陽が当たるってものですよ」


 興奮しきった義理母は文字通り口角泡を飛ばし、ついでに唾も飛ばして父の襟元はうっすら濡れているようだった。仮にも姉の婚約者をだというのに、堂々と奪う算段なんてひどすぎる。いや、彼女たちにとっては奪うという感覚すらないのかもしれない。

 だってこの家は、いつもこうだった。

 一番いいものは妹へ。

 誰も見向きもしない、捨てるようなものは私に押しつければいい。

 それが、この家では当たり前で当然の事だったから。


 あらためてこの家族は、あんなに人のよい子息には似合わないと思う。幸い子息はまだソランジュの虜にはなっていないようだから、少しでも接点を減らして遠ざけなければ。


「あっ、お姉様! ねえ、お姉様もこのドレスを素敵だと思うでしょう?」


 ソランジュはこちらに気がつくと笑顔になった。気が咎めるような様子など微塵もない。それどころか屈託のない笑顔で手招きまでしている。自分の新しいドレスに夢中な彼女は、私のみすぼらしいドレスなど気にもしていない。

 どうしてソランジュは、来客がくるこのタイミングで新しいドレスなんて着ているのだろう。その意味を考えると、とても嫌な予感がする。


「……お姉様?」

「まったくなにをぐずぐずしているの? 用がないならさっさと出ていきなさいよ」


 お義母様の言葉に、むしろホッとしてその場を立ち去った。

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