特別室の女の子
これは番組放送時に脚本を送ったら、ディレクター
から電話がかかってきてお褒めの言葉を戴いた作品
です。リスナーからの評判もかなり良かったような。
此度の小説化に伴って、少しだけ調整はしましたが、
内容はラジオで放送したのとほぼ変わりありません。
幽霊も妖怪もサイコパスも残酷描写も出てきません。
その点は安心して読んでください。しかしおそらく
これは、映像化はできないんジャマイカと思います。
読んだら理由は分かるかも芹沢鴨、新選組初代局長。
アイドルでも女優でも、声優でもアニメキャラでも、
とにかく、あなたの推しの女の子を“特別室の女の子”
にイメージキャストして、読んでみてクレメンス。
きっと楽しいよ☆
後書きで大切なお知らせがあります……
私が看護師として働いていた大病院の地下三階には、
鋼鉄の扉で閉ざされた特別室がありました。出入り
できるのはIDカードを持った医師とスタッフだけ
で、違法な実験を行っているとか重要人物が極秘裏
に入院しているとか、噂は飛び交っていましたが、
憶測の域を出るものはひとつもありませんでした。
ところがある日、夜勤を終えてロッカーを開けると、
IDカードが置かれていました。前任者の急な退職
に伴い、私を特別室担当に配置換えするとの辞令書
が添付されていました。
翌日、担当医と面会しましたが、ほとんど職務内容
の説明もないまま、ただ特別室に食事を運ぶように
だけ言われました。つまり特別室には食事を必要と
する誰かがいるということです。専用エレベーター
で地下三階に下りました。正直、おっかなびっくり
でした。スリットにIDカードを通すと、乾いた音
をたてて鋼鉄製の扉が開きます。その先には、更に
長い廊下があって、突き当りが病室でした。
(…… ここまで厳重に隔離されなきゃならないなんて、
一体どんな患者さんなんだろう? )
病室の扉は外側から施錠されて、大人の目の高さに
小窓が設けられていますが、絶対に室内を覗いては
いけないと厳しく申し渡されていました。扉の横に
ついた差入れ口から、食事をトレイごと室内へ……
ノックして食事が届いたことを知らせたら、あとは
踵を返して、振り返らず立ち去ればいい。言われた
とおり、即座に扉に背を向けて、歩き始めました。
背後で音がしたので、驚いて思わず振り返りました。
小窓から、顔が見えました。まだ幼い女の子でした。
椅子か何かを台にして、背伸びをしながら、懸命に
窓の外を覗いているのでしょう。私は思わず微笑み
ました。すると女の子も微笑みを返してきて、彼女
の口が、ある言葉を形作るのが見えました。
(…… あ・り・が・と・う…… )
小窓の端から彼女が幾重にも喉に巻いている包帯が
見えました。こんな子供にどんなことがあったのか
分かりませんが、可哀想に…… 私は胸を痛めながら、
特別室をあとにしました。
戻った私は担当医の部屋を訪れました。
「何事もなかったかね?」
「ええ…… まだ小さな女の子なんですね」
「何だと? 見たのか? あれだけ覗くなと……! 」
「クランケが小窓から顔を出していたんです」
私が弁明すると、担当医は舌打ちしました。
「あの子は…… 理事長のお孫さんだ」
「えっ…… でも、お孫さんは亡くなったのでは?」
数年前、理事長の息子夫婦が、幼い一人娘を連れて
海外を旅行中に列車事故に巻き込まれ、家族全員が
死亡したと、大きなニュースになっていました。
「息子さん夫婦は駄目だったが、子供にはかろうじて
生命反応があったんだよ…… 理事長はそれに賭けた」
天才的な外科医として世界的に有名だった理事長は、
まさかの緊急事態に、信頼するスタッフと共に現地
に駆けつけ、息子夫婦の死を目の当たりにすると、
せめて孫だけでも救うべく、想像を絶する大手術を
行った…… 手術は何とか成功したが、法律的にも、
倫理的にも問題があって、全ては極秘裏に……
「だから、あの子がああして生きていることは、世間
からは秘密にしなきゃならない…… 分かってくれ」
女の子に食事を運ぶことが、私の日課になりました。
彼女も私が来るのをとても楽しみにしているようで、
会うたびに見せてくれる笑顔が、可愛くて、健気で
愛おしくて、だんだんと情が湧いてきました。
(ありがとう しあわせ)
(ごはん おいしい)
(おねえさん またきて)
その日の夜も、食事を運びました。ところがいつも
待ち遠しげに覗いている無邪気なあの顔が、小窓に
なかったのです。緊急事態かも…… 焦った私は禁を
破り、小窓から室内の様子を覗き込みました。
室内に、誰かが倒れている…… しかし、あの女の子
ではない…… あれは…… あれはまさか? 私は緊急
呼び出しの電話に飛びつきました。
「特別室に男が侵入! 裸で倒れていて、女の子の姿
は見えません! 誰か、早く来て!」
担当医とスタッフが駆けつけ、特別室の扉を開けて、
中に踏み込みました。床の真ん中に体格のいい男が
腑せに倒れていました。女の子の姿は、室内のどこ
にも見えません。担当医もスタッフも、倒れている
男に緊急処置を施すことに掛かり切りで、女の子の
所在など念頭にないようです。男は体中傷だらけで、
左右の腕の長さが違い足の形も不自然、まるで出来
の悪いマネキン人形でした。歪で大柄な体に比べて、
あまりにも小さ過ぎる頭。そして、首の包帯が……
…… 包帯?
担当医の指示を受け、スタッフが男の体を仰向けに
しました。髪がハラリと顔から落ちます…… そして、
私はようやく、あの女の子を見つけたのです。固く
目を閉じて蒼ざめてはいますが、紛れもなくいつも
小窓から覗いていた、愛くるしい少女の、あの顔……
そう、彼女は、椅子を台にして背伸びをしていた訳
ではなかったのです。ただ自分の身長のまま自然に、
小窓から覗いていた……
「貧血だな…… よかったよ。大事じゃなくて」
少女の顔をした男…… あるいは男の体をした少女を、
スタッフが無造作に担架に乗せます。あまりに酷い
真相に、私は冷静さを失って、声を荒げていました。
「命を救うためとはいえ、愛する孫をこんな姿にする
なんて! ご両親が生きていたら、どんなに……」
担当医は、私の非難を一蹴しました。
「胴と右腕は、この子の父親の遺体から、左腕と右足
は母親から…… そして左足は、理事長が、その場で
自らの足を切断して、孫に移植したんだ」
壮健だった理事長が、なぜ急に杖を使い出したのか?
本人は歳のせいだと苦笑していたけれど……
「これが愛ではないというなら、愛とは一体何なんだ?
教えてもらいたいものだね!」
吐き捨てるようにそう言うと、担当医は少女の担架
と共に出ていきました。残された私は、茫然として
打ちひしがれ、為す術もなく室内を見回しました。
扉の内側、小窓の下には、いろんな動物や花の絵に
混じって、彼女がクレヨンで描いた「おじいさま」
の絵が貼られていました…… そして、その横には、
ご飯を運んでくれる白衣の「おねえさん」の絵が、
言葉を添えて、数枚……
(おねえさん やさしい)
(おねえさん だいすき)
(おねえさん たすけて)
私は涙が止まらなくなりました。
いかがでしたか? イメージキャストで読んでみたら
楽しかったでしょ? あなたは誰をイメージしました?
わしが書いたときにイメージしたのは、子役の頃の安
(以下略)ですが、今だと誰だろ? 子役の頃の春(以下略)
× × × ×
それはともかく、皆様に大切なお知らせがあります……
このシリーズは昔わしが書いたラジオの怖い話の脚本
をノベライズして、此処まで細々と続けてきましたが、
本日、ついにそのストックが底を尽いてしまいました。
したがって今回を以てこのシリーズは完結とします(涙)
『スマホ爺』のように完全オリジナルで思いついたなら
また書く可能性もありますが、現時点ではないです。
ありません有馬温泉有馬兵衛の向陽閣へ by キダタロー
幽樂蝶夢雨怪異譚を愛して下さった
みなさん・・・・さようなら
もう 二度と 姿を
現すことはありません
でも きっと 永遠に
生きていることでしょう
猫の 耳に
マズルに
肉球の中に
幽樂蝶夢雨怪異譚を愛して下さった みなさん
さようなら・・・・
あなたの生きるかぎり
幽樂蝶夢雨怪異譚も永遠に生きつづけるでしょう
あなたが幽樂蝶夢雨怪異譚を思うとき いつも
これだけは思い出すでしょう
ひとは猫を幸せにしたとき
ひとはともかく 猫は幸せになれると
いうことを・・・・
西暦二千二十五年
幽樂蝶夢雨怪異譚は永遠の旅に
旅立っていった・・・・・
今はサバラと いわせないでくれ
今はグワシと いわせないでくれ




