渴望
「君にはこんなの要らないからさ」
君は錆だらけの金槌を投げ捨てると、僕の耳元で囁く
「殺しちゃった」
雨が降り始めた
雨粒は木々に阻まれて、今は僕を濡らしていない
でも、少ししたら強くなりそうだった
日が暮れ始めていた
僕は潰れた猫の亡骸を抱きながら、崩折れると声を上げて泣いた
猫は既に絨毯のような、干からびた薄い毛の塊になっている
それでも僕は、君を憎むつもりになれなかった
数日経った
今日は君が遊びに来る日だ
僕は学校に行っていないから、君が来た時しか会う事が出来ない
学校は、嫌いだ
君は玄関をくぐると、僕の隣に居る妹を視た
「妹、居たんだ?」
君が尋ねる
僕は仲の良い訳でもない妹の肩を抱くと、「そうだよ」と答えた
『妹の頬に口付けてみようか』とも思ったが、やめた
僕自身が、君の前でそうする事に嫌悪感が有った
時間が過ぎていった
君と何処へ行くにも、僕は妹と手を繋いで歩いた
妹は一日中泣きそうな顔をしていたけど、気が弱いせいで何も言えないようだった
気が付けば、またあの山奥の森に僕たちは居た
君が猫を殺した場所だ
僕も君も『全部解って』いるのに、まるで偶然みたいに装ってここまで歩いて来た
妹はしきりに「もう帰ろうよ」と泣いていたが、僕は自分の心臓の音が聞こえるくらい楽しくなっていた
口元が嗤う形になってしまうのを、何度も意識して無表情にした
君はと言えば、顔こそ明るかったけど『あの場所に行くよりも早く、もうやってしまいたい』とでも言うような、殺意が瞳の中に在るのが視て取れた
僕はそれが嬉しかった
山中のこの場所だけ、木々が少し開けている
神社が在るからだ
打ち捨てられてあちこち崩れてはいるけど、それでも建物は紛れもなく神社の社だった
僕たちは、唯一崩れていない縁側に三人で腰掛けた
総てに必然性が有った
いま僕が妹の手を固く握っているのは『逃さないため』だし、この縁側という場所にも意味が有った
なにしろ、ここには毛のこびり付いた錆びた金槌が打ち捨てられていたから
幸運な事に妹は後頭部に一撃を受けて即死だった
自分の眼で視たから解る
妹も最終的に、汚くて平べったい塊になった
いま僕は殴られた頬を抑えながら、君を昂奮と共に視上げて居る
君の手は僕を殴り過ぎて、もうあちこちが裂けていた
僕が君の手に滲んだ血を嘗める、君の拳がまた僕を打った
「………わざとだよね?」
これだけの暴力を振るっても癒える事の無い嫉妬が、君の口から溢れる
僕は恍惚とした瞳で「うん」とだけ答えた
また、雨が降り始めた