桜木桂馬の夢記憶
夢を見た———
昼の競技でたくさん褒められたことでドキドキしながら幸せなまま寝ついた。いつものように二つの体で抱き合いながら一つのベッドで眠った。
そして暗闇の中に薄ぼんやりと映像が浮かんできた。
「……え?」
最初に戸惑いの感情が出た。
どこかの家の中、体が動かなかった。
そして何より、自分の体に男の手が添えられていた。大きくて骨ばんでゴツゴツした手が触ってくる。
胸、尻、脇腹、太もも、頬。
時にやわく、時に激しく。
顔のすぐそばから興奮した息遣いが聞こえてきた。あまりにもリアルで夢だと思えなかった。
『桂馬ちゃん♡ やっぱり俺に触られるのが嬉しいんだねぇ♡』
野太い声で囁かれる。
ゾワッとした悪寒。
さらに服の中へ手が差し込まれ———そこで目が覚めた。
△▼△▼△▼△▼
「はあ、はあ、はあ………」
飛び起きてしまった。
隣ではまだ紅屋さんの体が寝転んでいる。しかし目は覚めていて、彼女の視線から桜木さんの顔が見えた。
「今のは一体……はあ、はあ」
汗だくで、瞳孔が開き、恐怖に塗れていた。
怖かった。
体が、怖いと感じていた。
思わず俺は紅屋さんの体を抱きしめた。夢でやられた性的暴行に劣等心を抱き、その鬱憤をすぐそばにいた少女に向けた。
「はむ、んむ、かぷ」
紅屋さんの柔らかな肌を噛む。噛んで、舐めて、キスして、無茶苦茶にする。
必死だった。
心が落ち着かずに、紅屋さんの体を襲った。
噛むと噛まれた感覚がしたのでちょっと痛かった。でも痛みよりも幸せだと感じた。
「ちゅー、ちゅ」
最後に首元に吸い付いて痕を付けてから、体を離す。
落ち着いて見てみれば紅屋さんの首元や手首に歯型がついていて、首元にはキスマークが付いてしまっていた。
……な、何やってんだろ俺。
こんな感情を、紅屋さんにぶつけて……最悪だ。
それでもまだ安心できなくて彼女の体をかき抱く。
「はあ、はあ……、今の夢って……」
もしかして桜木さんの記憶、なのか?
怖かった。
さっきの男は一体誰だったのか。リアルな感覚だった、実際にあの男から暴行を受けていたのか。
「……そう言えば、桜木さんの家族ってどうなってるんだ」
思い返せばずっと疑問に思っていた事があった。
それは桜木さんが入院していた時、彼女の家族がお見舞いに来なかったこと。紅屋さんもそうだったけど、入院した事を家族に連絡が行かなかったのか?
疑問を抱えたまま眠れなくて、明日になった。朝一番に小野寺さんに電話をかけた。
『おはよ、どーしたの? もしかして今日のこと?』
「いいえ……その、桜木さんの家族について何か知りませんか?」
『……どうして聞くの?』
雰囲気が落ち込んだ。
真剣なムードでもしかして何かあるのかと直感した。
「夢を見たんです。それで彼女の人間関係を知りたくて」
『わかった。心境の変化なのかもね』
ひとつ間を置いてから話始めてくださった。
『桜木ちゃんのご両親は事故で亡くなられているわ』
「なっ……!」
いない⁉︎
そうだったのか、だからお見舞いに来なかったのか。
『それで桜木ちゃんは叔父の元に預けられてる。名前は桜木森蔵さん』
森蔵さん、か。
小野寺さんにお礼を言ってから通話を切り、桜木さんの机を探してみる。
まず目に入ったのは写真立て。そこには桜木さんと山田が写っている。
「山田……そう言えばまだ病院で寝てるんだっけ」
魂は抜かれていて抜け殻だけなった彼女は、今も病院で点滴を受けて生きている。
まあ彼女の事はあまり触れたくない。それよりも何かないかと探した。
目ぼしいものは見つからず、服をしまっているタンスの上にある本棚に触れる。そして漫画本が並べられた奥に、アルバムを見つけた。
まるで視界に入らないようにしている様なしまい方だった。
「………これは」
桜木さんの両親だろうか。小さな彼女と、二人の男女が笑顔で写っている写真があった。
そしてその近くに見覚えのある顔があった。
実際にハッキリと見たわけじゃない。でもあの夢の中で、確かに見た。顔のすぐ横に迫り気色悪い吐息を吐いていた顔……。
「どうしてこの人が夢に出てきたんだ」
……この人が誰なのかわからない。
ただアルバムに入っているって事は浅からぬ関係性があるのは間違いない。そしてそんな人があの恐ろしい夢に出てきた。
桜木さんの身辺に一番詳しい人物は、先ほど小野寺さんから教えられた叔父の森蔵さんしかいない。
だから会って聞いてみるか。
今日開催される競技に自分は参加しない。小野寺さんには悪いと思うが、桜木さんの実家に行ってみる事にした。
「紅屋さんの体は幽真に任せよう」