第7ぬこ
「初めましてお姉さん。私は沙弥と言います。いきなりですがこの家においてはもらえないでしょうか?」
沙弥が新聞の集金さんと姉さんを間違えたり、そうかと思えば本物の姉さんが帰って来たりと大したことはないハプニングはあったものの姉さんと沙弥ようやっと邂逅を果たした。
新聞の集金さんとの間には特にこれと言った問題は起きず集金を終えるとすぐに別の家に向かったようだったので当初の予定通り沙弥はこの家に住むために姉さんを説得しようとしている。
「本当にいきなりだな?とりあえず君が名乗ったんだから私も名乗っておこう。この家の全権を預かっている長女遠野彩音だ」
姉さんはまるで時間が惜しいとばかりに次々に話を進めていく。
気が付いた時にはもう核心部分まで進んでいた。
「さて色々と言いたいことはあるもののまずは君の話を聞こうじゃないか。まず最初に何故この家に住みたいのかを聞かせてもらおう」
「(やっぱりと言うかなんと言うか・・・。あきらかに聞く態度ではないよなぁ・・・」
これではまるで尋問でもしているような話し方だ。
なぜ姉さんがこんな話し方をしているのかと言うと自分がどんな時でも上に立っていないと気が済まない頂点主義なのとどんな相手だろうと時と場合に関係なく全力でなければ失礼だなんて事を常に思っているせいでこんな風に捻じ曲がった熱血人になってしまったからだ。
弟としては辞書引いて手加減とか容赦とか手心を加えるやらの意味を知ってもらいたいのだがそんな簡単に変わってくれるならうちに姉さんは最強ではないわけで。
ちなみにそこまで姉さんが怖いなら沙弥を手伝え、と思うかもしれないがそんな怖い事できるはずがない。
なぜならこういった場面は何度も見たことがあってそのうちの一度に何をしようとしているのか知っているのに知らんぷりをしているのは嫌だと言う理由で姉さんに抗議した事があったのだがとんでもなくひどい目にあわされたのだ。
特にこれと言ってなにをされたのかは言わないがしばらくは夢にうなされるほどだった。今でもアレコレと一緒に冷たすぎる目をよく覚えている。
ここは基本的に成り行きを見守ることにする。出来ることと言えばせいぜい祈ることくらいだがそんなことはしなくても問題はなさそうだ。
・・・早くいい人見つけて丸くなってもらいたい。
「実は家にいられなくなってしまって・・・。家族とか親戚にも頼れるようなところはなくって・・・。だからこの家に置いてほしいんです」
沙弥は話せる事を一生懸命に話そうとしている。
「親御さんと喧嘩でもしたのかな?もしそうならすぐに戻ってあげると良い。今頃心配しているよ」
姉さんの方はどことなく楽しそうだ。きっと気分がいいのだろう。
「いえ、喧嘩したってわけではなくて戻れないんです」
「ほう?訳有かな?個人の事情のようだし本来なら無理矢理聞き出す様な事はしたくない、しかしうちに住まわせろと言っているんだ。この家を預かる身としては聞かない訳にはいかないので話してくれないかな?」
「それは・・・」
ここで沙弥は振り返って後ろに立っていた俺の顔を見た。
もちろん自分が猫だと言う事を話してもいいかを聞きたいのだろう。
俺は一も二もなく頷く。
それを見て決心がついたのか沙弥は表情を凛として姉さんに向き直り話す。
「信じてもらえないかもしれないんですが・・・」
「かまわんよ、話してみなさい。どんな話か分からなければ信じる信じないではないし、そこが分からなければこれ以上話が進まないだろう?」
「じゃあ単刀直入に。実は私、人間ではなく猫なんです」
「ほう?面白い事を言うんだな。君はどこから見ても人間だと思うんだが?」
姉さんは普段滅多に見れないようなわかりやすい驚いた顔をしている。
「はい。言葉だけでは信じてもらえるとは思ってません。ですから証拠を見せますね」
そう言って沙弥は猫耳と尻尾を出す。
(余談だが俺はこの時沙弥はどうやって変身する時に発光しているんだろう?なんてどうでもいいことを考えていた)
「ほー、なかなか凄い手品じゃないか?場の雰囲気を和らげようとしなくても私は差別などせずきちんと話を聞くからそのまま証拠を見せてくれていいぞ?」
「え?い、いえ、違います!手品じゃなくってこれが証拠です!」
「おや、これがそうなのか?証拠だと言うからにはもっと大袈裟と言うかわかりやすいものだと思っていたんだがね」
姉さんはいろいろな表情を作りながらもどこか楽しそうな顔で沙弥の話を聞いている。
「それは、これが私にできる精一杯で・・・。でも耳も尻尾も本物です!」
「そう言われてもね?今のご世事スーパーにさえ簡易式の手品用品が売っているんだ。それが本物かどうかも分からないのではどうしようもない」
「そ、それならさわって確認してください!そうすれば本物だってわかってもらえますから!」
「ふむ、確かにそれが偽物だと決めつけるのは早計だな。さわってもいいと言うのならちょっと失礼」
そう言って姉さんは沙弥に近づきまず耳にさわる。
扱いがわからなくて割れ物をさわるような感じではなく扱いを心得ているその道の熟練のように優しいながらもしっかりとした手付きだ。
「わかって、んっ、もらえましたか?」
沙弥は早くも耐えられないようで言葉の端からすでに声が震えている事がわかる。
「そう急かさないでくれ。言ったと思うが私はこの家を預かる身だ。家族の安全に関わる事を気軽に判断する訳にはいかなくてね」
「はぃっ、わかりました」
沙弥はやはりというか時折体をピクピクさせながら姉さんの触診に耐えている。
しかし姉さんはそんなことはお構いなしにじっくりと沙弥の耳をさわる。
時に優しく撫で時に伸びた爪の先で表面を傷付けないよう注意を払いながら。
指が沙弥の耳を行ったり来たりするたびに身体がピクピク震える。
沙弥の顔は紅潮していて沙弥に会ったのは今日が初めて(人間形態で、と言う意味)だがこの表情は今まで見たことがないものだ。
その元凶である姉さんの手付きは確認のための触診では絶対にないと言っていい。
「尻尾も本物かどうか確認するが構わないね?」
「はいっ、構いませ、っんん」
姉さんはさらにこの先に進む、と言う事を暗にして沙弥に伝える。
沙弥もそれを承諾し姉さんの手は沙弥の尻尾に伸びていく。
姉さんは手を尻尾に添えるような形でなぞる。
「うにゅっぅ、にゃうぅ、ぅん」
沙弥は体をガチガチに固めて顔を伏せ目をきつく閉じている。
緊張しているせいか、姉さんの手付きのせいかは分からないが沙弥の言葉も地が出てしまっているようで猫語?のようなものにも聞こえる。
「少し辛いかもしれないが我慢してくれ」
沙弥は返事のつもりか少し大きめにコクンと頷く。
言ってから姉さんは沙弥の左後ろに回り、右手で軽く尻尾を握る形左手の指の腹で撫でるような形を作っている。
そのまま右手はいろいろな個所を握り、左手は根元から先までをゆっくりなぞっていく。
「はぅっううん、うにぁ、ふゆっぅ」
沙弥の声がいつの間にか艶やかになっているような気がする。
姉さんはそれからも沙弥に触れ続ける。
手は沙弥の尻尾の先まで行くとまた根元に戻るを繰り返している。
そうしているうちも沙弥の声は止まることなく、ゆっくりと途切れ途切れに聞こえてくる。
沙弥はいい加減ヤバそうだがこれを見せられている方もたまったものではない。
同じ部屋にいた美雪はまだそういう知識はほとんどないとは言え、この状況が明らかにおかしいという事はわかっているらしく顔が真っ赤だ。
かく言う俺もこれはもうこの部屋から美雪を連れて出ていくべきではないか?とか思っていたりもする。
それくらい姉さんのは確認のための触診にしても少しやり過ぎに感じるのだ。
しかし沙弥をこのままにしておくと姉さんになにをされるか分かったものではないため本当に放っておくのは躊躇われる。
考えがまとまらずこの状況も後押しして頭はショート寸前だ。
しかし、そんなものはすぐに頭から吹き飛んだ。
なぜなら、沙弥の目尻に光るものが見えたのだ。
本当に嫌で泣いているのか分からない。し本気でくすぐったくて涙を浮かべているのかもしれない。
大きな声で言えたことではないがひょっとしたら別に嫌がってはいないが自然と流れ出てしまっただけかもしれない。
だが、ここで姉さんを止めて勘違いならそれで済むだろうがそうでなければ沙弥に本気で嫌な思いをさせてしまう事になる。
そこまで考えると自然と口から言葉は出ていた。
「姉さん、そこまでにしときなよ。沙弥も嫌がっているみたいだしさ」
渋られてもここは譲るつもりはない、くらいの気持ちだったのに姉さんはあっさりと止めてくれた。
「そうだな、これは本当に本物のように感じるし、どの道これ以上やったところで素人の私では偽物かどうかの判別は付かない。」
姉さんはあっさりと沙弥にふれるのを止めて、自身の結論を全員に話す。
「本物だってわかったなら良かった。これで沙弥をうちに置いてもいい事になるんだよね?」
沙弥はまだ息を整えていて話せる状況ではないので代わりに聞く。
「確かにこれは本物に感じた。だがやはり私はプロではないし本物によく似た偽物かどうかまでは分からない。それに全身を猫にしているところも見てない。いまいち決め手に欠けるな」
「あれだけ好き放題にやっておいてよく言うよ・・・」
本当に姉さんはいい性格をしていると思う。自分本意の唯我独尊と言うやつ(しかし自己中心的ではない)だ。
「それは仕方ないだろう。何度も言うが私は仮にもこの家の家長だぞ?それはつまりこの家に関しての権利を得ると同時に責任も負う。軽い立場ではないのよ?」
「それは仕方ないかもしれないけど・・・」
「うちに置いてあげようよお姉ちゃん。沙弥ちゃんって悪い子ではないんだし」
今まで顔を赤くしていた美雪もいくらか熱が冷めたのか姉さんの説得に加わる。
「会って一日も経っていない者を簡単に判断するのはどうかと思うが、まあいいだろう。それに私はこの子を家に置くことに反対しているわけではないよ」
「ホントに!?お姉ちゃん!」
姉さんの言葉を聞き顔を喜色で覆う美雪。それは沙弥も同じようで驚いた表情をした後徐々に喜びに変えていく。
いきなりのことだが別に姉さんの話に異論があるわけではないので黙っておく。
「ああ、家に住まわせることは構わないよ。だがね、身分を証明できる物もないということには変わらない。それは分かっているね?」
「はい、それはわかります。ですが私には本当に身分を証明できるものはないんです・・・」
沙弥は表情を暗くして顔を俯けている。
「それはわかっているよ。本当に君が猫なら戸籍がないのは当たり前だ。そこは気にしなくてもいい」
「いいんですか?」
「いいといっても身分証明がないのを見逃がすだけよ。仕方ないから代わりの物を用意してもらおうと思う」
「「「代わり?」」」
三人の声が重なる。
「代わりと言っても大したものではないよ。今現在この家に君を置く理由がない。なら早い話、君をこの家に置いてもいい理由を作ってしまえばいい」
姉さんは説明してくれるが、言っている事は要領を得なく何を伝えたいのか分からない。
それは美雪はもちろん沙弥も同じだったようだ。
「えっと、具体的にはどうすればいいんでしょうか?」
「簡単だよ。つまり私が君を家に置きたいと思えばいいんだ。わかりやすく言うならこの家や私にとって利益が有れば良い。まあ結局の所、料理や洗濯のようなよく言われる家事親父をやってほしい」
「つまり、この家のお手伝いをすれば家に置いてもらえるってことでしょうか?」
「そう言う事ね。君がこの家の管理をしてくれるならこの家に住んでもいいし、食事も面倒見よう。働きによっては給料を出しても良い」
「えっと・・・」
沙弥がこっちを向いた。言いたい事は言わずともわかるのですぐに首肯する。
すると沙弥はぱっと顔を輝かせ姉さんの方を向いた
「これからよろしくお願いします!お姉さん!」
「ああ、こちらこそよろしく。とは言っても君の働き次第なんだからどう転ぶかはわからないがね。まあ、頑張りなさい。それと私のことは彩音で構わないよ」
「はい、よろしくお願いします!彩音さん!」
「そう言えば自己紹介してなかったね。私は遠野美雪これからよろしくね!」
「俺もなんだかんだで名前言ってなかったね。俺は遠野優人、よろしく」
「はい、美雪さんも優人さんもこれからよろしくお願いします!」
こうして我が遠野家に人間ではないがとても優しい女の子が家族になったのだった。
―――――その日の夜―――――
沙弥がこの家に住むことを晴れて認められて、ささやかで豪華とさえ言えないが祝いの晩餐が終わり沙弥は姉さんと美雪の勧めで風呂に入っている。美雪はわからないことがあるであろう沙弥の世話だ。
俺は尋ねたいことがあって姉さんの部屋に来ていた。
俺と姉さん以外は来ることはないので二人きりで話すにはちょうどいい。
「どうした弟?わざわざ訪ねてきて聞きたい事でもあるのか?」
「まぁね。まずはいきなり部屋に押し掛けてゴメン。それと部屋に来た理由は聞きたい事と言いたいことがあったんだ」
「なんだ?言ってみろ」
こっちの謝罪は無視して自分の聞きたい事だけを尋ねる姉さん。
間違えることなんてないほど高圧的な口調だな、なんて思いながらここに来た理由を話す。
「聞きたいことは案外あっさりと沙弥がこの家に住むことを認めたねってこと」
「そのことか。まあ、私自身もそう思うよ。普段の私だったら自身の身分も証明できないような怪しいやつは話を聞くまでもなく追い出しているだろうからな」
姉さん自身わかっていないようだが、それであえてなぜ沙弥の同居を認めたのかを聞く。
「なんで沙弥のことを認めたの?」
「私自身も良くはわからんが、まあ強いて言うならあの子の人となり・・・、いや猫となりかな?は良くわかったし、何よりあの子を家に置いておけばこれから面白くなりそうな気がしたんだ」
「この家を預り責任のある仮にも家長じゃなかったの?」
「そう言うな。だが本当にあの子は家に置いておきたかったんだ」
さんざん沙弥を弄っておいて結局それかと思うが、姉さん自身悪びれもせずクツクツ笑っているのでこうなってしまっては何を言っても聞かないことは良く分かっているのでこれ以上の追及は止めてこう。
「じゃあもう一つの言いたいこと。姉さんさすがに沙弥のことおもちゃにしすぎでしょ?沙弥のこと何も知らないみたいな態度だったけど、ちゃんと電話で話したじゃんか」
そう俺は姉さんから帰宅の旨を告げる電話をもらった時、大体だが沙弥のことを姉さんに話していたのだ。
沙弥のことを知っていたせいか今日の姉さんは対話をしているが話しているのではなく遊んでいるような感じをだった。
言っている事が矛盾しているがどうしてもそんな印象がぬぐえなかった。
当の姉さんは「ああ、そのことか」なんて言いながらやっぱりクツクツ笑っている。
「笑い事じゃないと思うけど?沙弥は結構心配してたんだよ?それに伝えてないとはいえその事に気づかない姉さんじゃないでしょ。いくらなんでも趣味が悪いと思うけど?」
さすがにこういう事を放っておくのはどうかと思った。それが肉親ともなれば尚更だ。
「そうカッカするな。折角いいカオしてるのに不細工に見えてしまうぞ?」
「茶化してないで真面目な話なんだけど?」
言っても尚、姉さんはクツクツと笑っていたが真剣な眼で姉さんを睨んでいるとさすがの姉さんも弁えたようできちんと返してくれた(しかし表情は笑ったままで)。
「そう言うな。お前のことを疑っているわけではないが、矢張り良い悪いに関わらず他人の価値観ではなく自分で判断をするべきだろう。だからこそ私自身で見極めようと思ってね」
「そんな場面なんて一つもなかったように思うけど?」
沙弥を弄っていたようにしか思えないため自然と抗議の声が出る。
「阿呆め。お前はあの子の何を見てたんだ?あれだけの遣り取りの中でもあの子のことを判断できる要素はいくつもあった。まさかとは思うが見た目だけであの子をここに置きたいなどと言うほど阿呆ではないだろうな?」
今度は姉さんが目付きを剣呑にして俺を見る。
姉さんのこの目ははっきり言って怖い。俺は思わず尻ごみしてしまう。
「い、いや、確かに沙弥はかわいいし尋ねて来たのがただのおっさんだったらこんな対応はしないと思うけど、見た目だけで判断するほどバカじゃないよ」
「それだけで十分バカと呼べるぞ阿呆」
「うっ」
「け、けどそれなら姉さんの方こそどうなのさ。あの遣り取りで沙弥の何がわかったの?」
アホと言われてしまうのも分からなくはないけどやっぱり納得がいかないので言い返したら姉さんの目の怖さとアホと言われても仕方ないと思う自覚もあって出てきた言葉は揚げ足を取るものになってしまった。
「もう一度言うがあの子のことがわかる場面はいくつもあった。例えばだがあの子は何度もお前や美雪の方を振り返って意見を聞こうとしていただろう?」
「そう言う子なんだよ沙弥は」
「そこで思考を止めるから馬鹿だと言っているんだ。確かに考えすぎるのは良くないし、ない頭を使っても空回りするだけだから強くやれとは言わないがそれでも普段から思考する癖は付けておけ」
明らかに貶されているが事実なので反論のしようがない。
だから言葉には出さず肩を落としてガックリする。
「落ち込んでいるのはいいから私の話を聞いておけ」
取り付く島もないとはこのことを言うのだろうか。
「そもそもあの子がお前たちを振り返ったのはお前たちの意見を参考にするという意味もあるがそれはあくまで表面上でしかない。大体の人間は意識しないことが多いが相手の意見を聞くと言うのは自分の考えよりも相手を優先すると言う事だ。そしてそれはそのまま相手を気遣うと言う意味に繋がる」
・・・確かにその通りかもしれない。普通自己中心なら相手の意見なんて聞こうともしないだろう。
「まあ、これは場合によりけりだし相手の気が弱いからという事もあるがこれはその場合に当て嵌めてもいいだろうし、あの子には間違いなく自分の確固たる意志があった。だからあの子は自分の意見を持っていながらも人を気遣う事のできる優しい子だ」
「なるほど」
「これだけでは弱いというのならまだある。あの子は私が耳や尻尾に触っていた時、止めて欲しがっている素振りこそあったものの結局抗議の声はなかった。あそこで悪印象でも持たれようものなら折角場を用意してくれたお前たちに迷惑が掛かると思っていたからだ」
「でもそれは家に置いてもらえないかもしれないから、反抗しなかったとは考えなかったの?」
「確かにそれもあるだろうが、あの子は結局まだ終わらないのかと尋ねる事もしなかっただろう?最後まで耐え続けていたじゃないか」
確かにそんな気もする。
・・・あの雰囲気に呑まれて正直なところおぼろげなのだが。
「他にも上げようと思えばいくらでもあるが?あまり教えすぎるのも良くない。知りたいのならこれ以上は自分で考えろ」
「うん、もう十分だよ。自分で思考する癖を付けないと、だね。それに姉さんの判断はやっぱ理論的と言うかきちんと考えられているから、これ以上聞いても反論できる部分はないと思う」
「わかれば良い。まだまだ私に逆らうのは早かったな」
言いたい事を言い終わったのか姉さんの表情が緩まった。
「申し訳ございません、私が間違っておりました」
おどけた態度に姉さんと俺はつられて笑いあう。
「それじゃあ言いたい事もなくなったし、姉さんのは遊んでいたわけじゃないってわかったし今日はこれで失礼して寝ることにするよ」
「ああ、待て優人。私の質問にも答えてくれ」
「・・・なに?」
姉さんが命令口調ではなく形だけでもお願いしている。これはどうしたことだろうか。
「まあ、そう構えずに気楽に聞いてくれ」
「うん。それはいいけど、なにが聞きたいの?」
「大したことではないんだけどね、さっき夕食の後で聞いたのよ。あの子の名前、沙弥を名付けたのはあなたでしょう?」
姉さんの目が鋭くなり表情は険しくなる。口調も女の人のそれになる。
これは本格的に何かあるな、と身構えずにはいられない。
「・・・うん。そうだけど、それがどうかした?」
「間違いではないのね・・・。はぁ」
姉さんがあからさまな溜め息を付く。
「・・・なにさ?」
「いえ大したことではないのだけど。優人あなた・・・」
ここでわざと区切りを付けて間をおいた。いつもはっきりと言う姉さんには珍しいことだ。
一体次に何が来るのかと心を構えるが、飛んできたのは全く予想もしていない言葉だった。
「絶望的にネーミングセンスがないんだな?」
「グサァ!?」
「いくらなんでももうちょっと何かなかったのか?いや待て言わなくていい。どうせお前のことだから他に思いついたのはミーとか下手したらポチだろ?」
「いやいや!ミーとかその辺はちょっと頭をよぎったけどポチはなかったって!」
「十分没だ。ネーミングセンスないやつとか初めて見たよ」
「言わないで~・・・。ううう~・・・。」
「はぁ、もういい。さっさと自分の部屋に行って寝てしまえ」
「・・・はい」
俺はトボトボと扉に向かう。
姉さんの態度は決して沙弥を苦しめたくてのものではないとわかったし、沙弥のことは本当にこの家に置くことがわかった。
もう用事がないので姉さんの部屋を後にすて自分の部屋で寝よう。
と言うかもうこの部屋にはいたくない。とても深い心の傷を負ってしまいました。
それに長々と話してしまったのでもうそろそろ二人とも風呂から出てくるだろう。
「いや、少し待て。あと一つだけ言っておくことがあった」
「・・・まだ俺の心を抉り足りないの?」
これ以上責められたらもう立っている気力なんて残らないだろう。正直勘弁してほしい。
「なにか勘違いしていないか?私が言いたいのはさっきお前が「私が遊んでいないとわかった」と言ったことについてだ」
「それがどうかした?」
言った後と姉さんは笑みを深くした。
「なに、私は確かに真面目にあの子のことを見極めようとしていた。していたが、それ以外の感情は一片たりともない、なんて言っていないぞ?」
「はい?」
それはつまり
「いやー、それにしてもあの子は良い表情で喘ぐな。おまけにあの顔をさせているのが自分だと思うともう堪らんな」
「と言うと姉さんは・・・」
「ああ、9:1くらいの割合で真剣に真面目に楽しませてもらったよ。これからも機会を見てはあの子とスキンシップを図る事にしよう」
「いくらなんでもそれは・・・」
「どっちに対して言っているのかは敢えて聞かないが、忘れているようなので言っておく」
そして姉さんは傲岸不遜に笑いながら言う
「私はどんな時だろう自分のしたいこと以外はしない。何時でもどんな時でも私は私の思うままにやる。知っているだろう?」
「ええ、そうでした。姉さんは一度たりとも自分の道から外れたことはなかったね・・・」
そう言う事だ、と言っているそばで俺は思いっきり脱力する。
「これで言いたい事もなくなったし、もう行っていいぞ」
「はい・・・」
姉さんのあまりと言えばあまりの発言にこれから大変になるだろうなと確信し、同時にその厄介事は間違いなく俺の方にも飛び火してくるなと諦観のようなものを得た。
考えている途中、部屋の外から美雪が「次は私がお風呂入るねー」と言っているのがやけに良く聞こえた。
優人が私の部屋から出ていった。
あいつが自分から私の部屋に来てくれたことは正直助かった。
一々あいつの部屋まで行く手間も省けるし、私から尋ねるなどその話が特別であると言っているようなものだ。
遠野彩音は自他共に認める自己中心型であったし、それを否定するつもりもなく私は自分のことが良くも悪くもよくわかっていた。
だがそれでも遠野彩音は家族を顧みないような冷血ではなくむしろ家族をなによりも大事にしていた。
だからこそ私が家族に対して何か特別なことをするという事はそれこそが何かあると言っているようなものである。
それこそ本人にその気があろうが無かろうが気にして欲しかろうが(気にして欲しいならちゃんと相談に乗りに行く)そうでなかろうが。
だからあいつに無理に話させるのは気が引けたのだ。
しかし、これからの前途は多難であろうが少しであっても話を聞くことが出来たのでそれで良しとしよう。
それから気になったことはもう一つある。
「矢張り相変わらずあいつは優人だな」
よくもまあ好き好んで面倒事を抱えている奴を惹きこむ。
言うつもりはなかったから億尾にも出さなかったが私は「あの子はお前たちの方をよく振り返った」とは言ったが「振り返って両方に目を合わせた」とは言っていない。
あの子が振り返って目を合わせたのはどの時も優人に対してのみだった。
「両方とも互いに好意くらいはあるかも知れんが、それでも優人はかわいい女の子、沙弥の方は親切にしてくれた良い人、くらいの認識だろう。これからどうなるか見物だな」
これからのことは楽しみでもあり不安でもある。
だがこれからのことを考えると自然と笑みが零れる。
「これから先も今日のような平穏であれかし、だな」
深夜、夜の帳に家族を思う女性の声だけが流れていた。
遅くなって済みませんでしたと言うのが定番になってきた今日この頃、なんだこれここで掲載していい小説じゃなくね?と思われている皆様いかがお過ごしでしょうか?
私は眠すぎてもう後書き書く気力もないような感じです。
そのせいかだらだら文を書き続けちゃってすみません
気付いたら文字数1万越えとかありえまへん。
(´・ω・)にょろ~ん
今回は姉さんの暴走を書くためにちょっと表現がアレですみません。
しかしよほど要望がない限りそっちに持っていくつもりはありませぬ。
それから活動報告にも書いたPCの故障ですが直ってません。
だましだまし冷やし冷やしやって、やっとこさ投稿できました。
もうそろそろ修理に出そうと思っているのでこれから投稿の期間が開くかもしれません。
本当に申し訳ないですm(´_ _)m
最後に誤字脱字ありましたら是非とも教えてくださいませ。
意見感想はもうすごくお待ちしております。
それではまた会いましょう
(^-^)ノシ