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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

時間停止はセカイの為に

作者: 青猫

この小説を開いていただき、ありがとうございます!

楽しんでいただけると幸いです。

——世界が終わるまで、後三十分。

俺、アルトは仲間たちと最期の作戦会議を行っていた。



「最後におさらいだ。敵は、ルーベンス。あいつは、世界を憎み、終わらせようとしている。……俺があの時、あいつの事を、もっと見ていたら……」



そう後悔する男性は、今、世界を滅ぼそうとしているあいつを含んだ俺たちの師ともいえる存在であった。あいつは、ずっと俺たちに心の内を隠し続け、そして今、その思いを、恨みを、ぶつけようとしている。



「……過ぎたことを言ってもどうしようもないわ。私たちにできるのは、あいつが世界を終わらせる前に、止める事。今止めないと、あいつだって、後悔する。——いい?暴走状態のあいつを叩きのめしてから、残ったティザスト・フィニッシャーを何とかして止める」



そう意気込む少女は、あいつの隣で、相棒として戦い続け、そして、袂を分かった。先生よりも距離が近かった彼女は、その複雑な心中を一切見せずにこの場に立っている。


——ティザスト・フィニッシャー。あいつが掘り起こした、人類最悪の兵器。一度動かせば、地球は3度焼かれたのち、内側からはじけ飛ばされてしまうのだという。あいつはそれを起動し、そしてそのタイムリミットは、三十分を切っていた。



「ははっ、やっぱそこはノープランか」


「……仕方ないでしょ?あの兵器の止め方なんて、どこにも載ってなかった。——ったく、どんな発明家よ。止める手段のない兵器なんて作ったやつは」



破滅、絶望、最悪。

そんな状況下においても、俺たちはまだ希望を捨てずにいられた。自分がピンチに陥った時、もう、手がなくどうしようもなくなった時。そんな時でもなんとかしてくれる奴がいたからだ。



皆の目線は、俺に集中した。



「それで、アルト。君なら、ティザスト・フィニッシャーを何とか出来るんだね?」



——ほかでもない、俺である。



「はい、俺がそいつを何とかして見せましょう!」



俺はドンと胸を叩き、自信満々に全員を見返す。

——それが空元気だとバレない様、そして、全員を安心させるように。




作戦会議後、数分の準備時間が用意された。

俺が、「十分もあれば、兵器を壊すことができる」と説明したからだ。

俺は、自身の装備を見直しつつ、いよいよ始まる最終決戦に思いをはせる。



ドン、という衝撃が背中に走る。



「どうだよ、調子は!?」



そう言ってニッと笑う女性——イルは、メンバーの中で最も付き合いの長い、友人だ。

少し手が出るのが早いが、それ以外はとても、とても良い、俺の一番の、友人である。

力任せに俺を叩くイルは、何か探るように俺の事を見ている。

まるで、俺のやろうとしていることに気づいているかのようだ。

俺は、そんな探る視線を気にすることなく、気楽に返す。



「あぁ、最高潮だよ。今なら何でもできそうだ」



イルは、じっと俺を睨む——がすぐに表情を和らげると、「そっかー」と近くの椅子に座った。そうしてイルは、話題を変えるように話し始めた。



「そういえばさ、アルトの能力って結局教えてもらえなかったな」



ゆらゆらと椅子の上で揺れながらイルはぼやく。



「悪いな、企業秘密だ」


「そうか」





「なぁ。アタシ、アルトの事が——」



「ごめんな」


「え?」



俺からの突然の謝罪にイルは一瞬固まった。

しかし、すぐにその真意を尋ねようと口を開いた。

その瞬間。


——パチン。

俺は、指を鳴らした。


空気のよどむ感触がする。

辺りは静寂に包まれる。

まるで、ありとあらゆる生命が息絶えたかのようだ。



——時間停止。

俺がこの世界で二度目の生を受けた時、神様から貰った力だ。

この力を貰うにあたって、邪な気持ちが芽生えなかったといったら、嘘になる。



はじめてこの力を使おうとしたのは、イルだった。

俺は浮かれポンチのまま、この力を使い、蛮行を働こうとした時点でよぎった。

——イルの笑顔が。


手を出してしまえば、きっとそんな顔は見られなくなる。

というか、俺はイルや、他のみんなとしっかり向き合えるのか?

そう考えた途端、全身が震えだした。


俺は、とんでもないことをしようとしていた。

一歩、一手間違えれば、どうすることもできないような事を。


それ以来、この力をそう言ったことに使おうとは思えなかった。

代わりに、この力を戦いに生かそうと思った。


——時間停止による、意識外からの攻撃。

この力を使ううち、わかった事が一つある。


——時間が止まっている対象への攻撃は、無効化される。

これは、一番初めにぶち当たった壁だった。

よくあるパターンでは、時間停止中の衝撃は、蓄積され、一気に解放される。

しかし、俺の能力では、時間停止中にいくら対象を殴ろうとしても、傷つけようとしても、あいてはダイアモンドのように固く、まるで傷をつけることが叶わなかった。


そこで、考えたのが、『攻撃する寸前に解除をする事』であった。

これは、最初の方こそ失敗が有ったものの、段々と慣れてくるにつれて、成功率は飛躍的に上昇した。

相手からすれば、突然目の前に攻撃が置かれているのだ。対処の仕様がない。


俺はこれと、時間停止中に俺だけは自由に動けることから、情報収集や、事前に潰せるような物であれば、事前に潰すという行為を繰り返し、仲間からの信頼を得ていった。



しかし、その一方で、俺は自分の能力を誰かに打ち明けることはできなかった。

……怖かったのだ。周りから軽蔑されることが。周りから不審な目を向けられるのが。

時間停止とは俺が何をしても、誰にも気づかれないという事であり、それは裏返すと、俺が悪事を行っていない証明ができないことになる。



だから、俺は今回も一人で行く。



「これ位なら、許されるだろうか……」



俺は、イルの頬にそっと触れ、イルを見つめた。



「ごめんな、イル。その告白は、受け取ることができない」



俺は、ここで死ぬつもりだからだ。

——いや、少し語弊があるな。

俺が、ここで死ぬ選択肢しかこの一件を解決する手段がない。



俺が世界の時間を止め、世界の時間が停止している間にティザスト・フィニッシャーを起動させる。

当然、ティザスト・フィニッシャーが起動したとしても、停止した世界には何の影響も出ないだろう。



俺がやらないといけないことは三つだ。


——一つ。ルーベンス。アイツをぶっ飛ばすことだ。

アイツは今、何もかもを見境なく壊す、暴走状態に入っている。

このままじゃ、あいつは、何も知らないままに全てを壊し、そして何もかも失った世界で一人絶望するしかない。

あいつには、まだ、残されてるものがたくさんあるのに。

だからこそ、あいつをぶっ飛ばし、暴走から解放してから、あいつの時間を止める。



——二つ、ティザスト・フィニッシャーを起動させることだ。

これに関してはさっきの通り。時間停止中に起動させてしまえば、何の被害を出すことなく、兵器を無効化できる。兵器自体を停止させない理由としては、俺の能力の限界がどこか分かっていない点にある。時間停止は、もしかすると、俺が死んだ時点で解けるのかもしれない。もし兵器を時間停止させてしまうと、そう言った不安要素を後に残すことになってしまう。だからこそ、兵器を起動させるのが、最善だと考えた。



——三つ、ティザスト・フィニッシャーが動作を終えるまで、俺が生き残ることだ。

俺の能力が、俺の任意のタイミング以外のどの時点で解けるのか分からない以上、兵器が作動し終わった後に、俺がすべてを解除する必要がある。これに関しては、俺に秘策がある。最近少しだけ能力のことが分かったことによって身に着けた、新たな力だ。

——感覚の時間停止。この力を使えば、何とか終了までは耐えられるだろう。



ただ、時間停止中の物体の解除は、指定なく、一斉に行われる。任意の物体だけの解除は不可能である。

だから、その時点で俺は確実に死ぬだろう。



「こんな卑怯で、そして死にゆく俺なんかより、もっといい奴を選んでほしい」


俺は、イルを横目に、その場を後にした。

——最後に、あの笑顔がみたかったなぁ……。




「アルトのことが好き!ってあれ?」



いつの間にかアルトが消えてる。

——アルトはアタシが戦い始めた時からの仲である。

最初、会った時は少し目が怖かったけど、段々と打ち解けていくたび、アタシの中でかけがえの無い存在になっていった。



そんなアルトが何かを隠していることに気づいたのは、いつだったんだろう?



アタシはキョロキョロと辺りを見回した。

さっきまでいたはずのアルトの気配は全くなく、そこにはアタシしかいなかったようにも感じさせるほどの静けさが広がっている。



——不意に嫌な予感が頭をよぎり、慌ててアタシは先生の所へと向かった。

この作戦においては、総指揮を担当してくれている、頼もしい人だ。



「先生っ!アルトは来ませんでしたか!?」



先生は突然飛び込んできたアタシに一瞬驚くが、すぐに平静を取り戻し、少し神妙な表情を浮かべて手紙を見せてきた。



「さっき、机の上にこれがあったのを見つけたんだが……」



アタシは、その手紙を受け取り、読んだ。



『少し準備の必要があったため、一度ここを離れます。現地で落ち合いましょう』


 

……怪しい。あいつはこんな殊勝な事をするやつだっただろうか。

何も言わずにフラーっといなくなることは多かったが、こんな手紙を残して去った事なんて一度もない。

頭の隅でチリチリとうずく不安がさらに広がっていく。

そんなアタシの異様な雰囲気を読み取ったのだろうか、先生が心配そうに提案する。



「アルトの事が不安なら、お前だけ先に向かうか?それでも、到着に数分程度しか差が出ないから問題は無いが……?」



アタシは、その提案に飛びつきそうになるものの、首を横に振った。



「……いえ。アタシの能力は、皆といてこそですし、今のアルトの場所が分からない以上、無駄足になったりする可能性もあります」



アタシがそう言うと、先生は「……わかった。でも、できるだけ早く出発できるようにする」と言い、すぐに部屋を出て行った。

——アタシの判断は正しかったのか分からない。だけど、頭の隅のチリチリはその大きさを徐々に増していくように感じる。



——アルトとの付き合いは、長いようでいて短い。

それほどまでにアルトと過ごした時間は濃密で、そして刺激的だった。

ルーベンスも含めたこのメンバーが集められ、そして色々なミッションをこなした。

最初、少し不審に感じたアルトは、少しの付き合いで、なんだが周囲より達観しているやつだということが分かった。

なんだか、同い年なのに、年上みたいで、ちょっと変な感じだった。


そんなアルトの評価を変えたのが、初めての夏季特訓の時期だったと思う。

いつもよりもハードな練習メニューに、きつい課題。

そんな時、初めて出された課題に、アルトはどうしても合格できなかった。

少しばかりアルトには向いてない課題だというのもあったし、そもそも初めての人間に課すようなものじゃない。


アタシみたいに、家自体がこういった家系であれば、幼い頃より教育を受け、できるようになっているものだが、アルトは、突然変異的な人間だった。

言うなれば、言語習得みたいな物だった。

皆それが分かっていたし、アルトに「無理することない」と伝えた。


そんな日の翌日。

何食わぬ顔で現れたアルトは、さも当然かのように課題を突破して見せたのだ。

皆、寝てるうちにコツをつかんだのだとか、やはり突然変異は違うだとか言っていたが、アタシは気づいてしまった。

アルトの努力の痕に。アルトが必死にあがいて、もがいて、つかみ取ったことに。

それを、え、僕、なんかやっちゃいましたか、みたいな表情を浮かべていたアルトに、くすっと笑いがこみあげてくるのと同時に、尊敬の念を覚えた。次の日も、その次の日も。何食わぬ顔で、平然と課題をこなす、その光景に、興味を抱いた。


——あぁ、この人は、大人な雰囲気を出しているけど、負けず嫌いだし、努力家なんだ、と。


そんなアルトは、任務も、何食わぬ表情でささっとこなすとすぅーっとどこかにいなくなっては、更なる戦果を挙げてきた。


——だから、大丈夫、今回も、きっとそう。

アタシは、頭のチリチリを抑えつけるように出発を待った。




皆の準備が終わり、いよいよ決戦の地へと移動した。

道中、何度も周囲を確認したが、アルトは来なかった。


やがてたどり着き、全員が死闘を覚悟する。

——ここで負ければ、この星の未来はない。

しかし、緊張する皆の前に広がっていた光景は思っていたものとは180度違っていた。



「お、おい、あれ……!」



仲間の一人が指をさした先には、煙を上げ、火花を散らすディザスト・フィニッシャーが。

前に一度見た時の強大な力は全く感じられず、もはやなんとか直立しているといった様子だった。

そして、そこにはもう一つの倒れている人影があった。



「ルーベンス!!」



ルーベンスと共に任務をこなしていた少女は、その人影を見るや否や駆け寄る。

ルーベンスはどうやら、激しい戦闘の末、気絶しているようで、暴走からも解放されているみたいだ。

ルーベンスは少女の膝の上で、やがて眼を開くと、「ここは……?」とつぶやいた。

落ち着いた様子のルーベンスに安堵する仲間たち。



——しかし、アタシの嫌な予感はさらに強く、濃くなっていた。

アタシは、キョロキョロとあたりを見回し、この状況を引き起こした人物を探す。

こんなことができるのは、あいつしかいない。しかし、いくら探しても、どこにもいない。



アタシは、ルーベンスの元に向かい、ルーベンスに詰め寄る。



「ねぇ、アルトは!?アルトはどこにいるの!?」



そんなアタシの質問に、ルーベンスは思い出すようにゆっくりと答える。



「あいつは……ひとりで俺の元に来て……そして……?」



——激しい戦いの末、破れたルーベンスは、気が付くと今だったらしい。

これ以上は時間の無駄だと悟ったアタシは、すぐにそこを離れた。



——周囲は、世界が救われたことで、お祭りムードになっており、話を聞こうにも難しそうだ。



アタシはふと、この近くに、約束の木があったことを思い出した。


それは、なんてことない約束だったし、アルトはもう忘れているかもしれない。

でも、段々と力量の差が愕然と現れてきたとき、どうしようと途方に暮れたとき、ここでアルトと約束した。


『俺が困った時は、絶対にお前に頼る!だから、俺にはお前が必要だ!な!約束だ』


『本当に頼ってくれる?……もう、アタシにアルトの悩みを解決する力なんてないかもしれないよ?』


『いーや。イルはもっともっと強くなれるさ。それに、今だって俺よりも色々成績いいの、知ってるんだからな』


『……それじゃ、仕方ないか。今度のテスト、アルトが赤点取らないように見てやるから!』


『……お手柔らかに頼みます……』



——アルトからしたら、なんてことない日常の一幕だったのかもしれない。だけど、アタシにとっちゃ、最後の一押しになるような、大きな出来事だったんだよ。



アタシは、そっとみんなの元を離れ、思い出の場所へと向かう。

もし、もしも、覚えていてくれたら。

きっとアルトはそこにいる。



アタシが木の下までやってくると、そこに座り込む人影を見つけた。

——もしかして、もしかして!?



「アルっ——!!??」



アタシは確信をもってその名を呼ぼうとした瞬間に気づく。

アルトの体は全身焼け焦げており、皮膚が焼けただれる状態を通り越していること。

そして、その息も絶え絶えで、もう既に、終わりが見えていること。



「アル……ト?」



私がそう呼ぶと、アルトの体は微かに揺れ動いた。

私は慌ててアルトの元に駆け寄る。

アルトの口から、かすかに声が漏れる。



「ごめんなぁ……頼るって言ったのに」


「も、もういいよ、しゃべんないで、今から救急隊を……!」


「いい……もう間に合わない」



アルトは助けを呼びに行こうとする私を止める。

その目は安らかで、もう自分の運命を受け入れていた。

アタシの目からは、ぽたぽたと涙が零れ落ちていく。

そんなアタシを見て、アルトは、かすかに言葉を漏らす。



「……笑って」


「……え?」


「君の笑顔、見れたら、もう、俺は、満足だよ」



そう言って表情も読み取れない顔がどこか笑ったような気がして、アタシは一生懸命、涙を抑えて、笑顔を作る。



「ほ、ほら、笑って、笑ってるよ!だから、元気に……!」


「その」



アルトは、ゆっくりと手を私の頬に添えた。



「その、笑顔に」


「俺は、一目惚れ、したんだ……」



やがて、腕は力なく垂れ、その目は光を失っていった。


「あぁ、……」


——そんな。

こんなことって、


こんなことって、



——その瞬間、脳裏に不思議な光景が垣間見える。


体の動かないアタシに邪な目を向け、触れようとした所でハッとして、その手を離すアルト。

周りがすべて止まった状態の中、一人動き、敵の動きを回避したり、寸前まで拳を振り切っているアルト。

一人、黙々と特訓をするアルト。

誰も動かない中、敵のアジトに潜入し、資料をかき集めたり、そのまま壊滅させるアルト。



まるで、今までの種明かしをしているようだった。

どうやって、あんな高速移動、いや、転移を行っていたのか。

いつのまにか挙げていた戦果はどのようにして得たのか。

見えてくる光景がすべてを物語っていた。



そして、最後に見えたのは。


——アタシの頬にそっと触れ、「こんな卑怯で、そして死にゆく俺なんかより、もっといい奴を選んでほしい」と言い放つ、アルト。

そこから、ルーベンスと激戦を繰り広げ、辛くも勝利し、そのままディザスト・フィニッシャーをその身に受け、この木のしたに移動して、時間停止を解除した、その姿だった。



アタシは息を引き取ったアルトの横で、大きな声を出して泣いた。

一生分泣いた。きっとこれからは涙がでないくらいに泣いた。


そして、泣いて、泣いて、泣いて。



——はっと気づくと、アタシはテントに戻ってきていた。

いや、戻って来たんじゃない、まるでさっきまでの事が無かったかのように、時は流れている。

いや、時が流れているにしてはあまりにも静かだ。まるで、時が止まっているよう——。



アタシは、ハッとしてテントを飛び出す。

そこは、誰も動くことのない、時の止まった世界だった。



——さっきのは夢?それとも——


アタシは一瞬の思考の後、すぐに頭を切り替える。

今大事なのは、そこじゃない。

今なら、アルトに追いつけるかもしれない——。



私は、時の止まった世界を駆けだした。





「あぁ、これで最後だよ!!」



俺は、限界を超え、ルーベンスと拳をぶつけ合っていた。

そして、最後の一発、渾身の一撃をルーベンスに叩き込んだ。


その一撃を食らったルーベンスは、ついに力なく倒れ込み、先ほどまであふれ出ていた狂気がフッと消え去るのを肌で感じた。

俺は、ようやく戦いが終わったことを確信し、その瞬間、全身から力が抜けるのを感じる。


しかし、ここで倒れるわけにはいかない。

——まだ、戦いは終わっていないのだから。



「後は、あいつらとしっかり話せよ」



俺は、そうルーベンスに言い放ち、ルーベンスの時間を止めた。

——後は、あいつだけか。


俺は、ディザスト・フィニッシャーの方を見やり、どさりとその場に座り込んだ。

後は、これを止まった時の中で起動し、全てを終わらせる。

時の力で、地球にも、そこに住まう人たちにも傷を残すことは無いだろう。

死ぬのは俺だけ。俺だけで済む。



「こういう時、どうすればいいのかわからないな……」



思わず訪れてしまった間にぼやくように独り言を呟いてしまう。

……ただ、目の前のそれは、着々とその時に迫っているようで、だんだんと轟々とした機械音が大きくなる。

ダメージの時間停止の準備はできた。

後は、勝手に自爆するのを待つばかり。



しかし、自分にも死が迫っているというこの瞬間は、数分もないだろうに無限のようにも感じる。



その時が来た、と分かったのは、目の前の兵器が眩く輝き出した瞬間であった。

まずは3度の爆発で地表面を消し飛ばし、そして最後に地中で星の核を破壊することにより、完全に星を滅ぼす兵器。


オーバーキルだし、どうしてそんな兵器を作ってしまったのか、まるで分かったもんじゃないが、少なくとも分かることは、これを俺が喰らって生き残れる確率は、0であろうことぐらいだ。



自身の死を間近に感じるほどに引き伸ばされる思考時間。

しかし、そんな時間も終わる。


光が眩くなり、もはや目を開けていることすら難しくなり、目を閉じる。


その瞬間、目の前の瞼を貫く光は一気にその輝きを失った。



——爆発した。



そうは思ったものの、やけに静かだ。

もっと、こう、轟音がけたたましく鳴り響くものだと思っていたが……?



俺は、恐る恐る目を開いた。


そこには、いた。


あの時以来、頭をついて離れない、その笑顔が。

しかしその目からは涙を溢れさせ、そこに立つ、彼女が。



——イルが、そこに立っていた。



「アタシに内緒で、こんなことするなよ」



イルは、元来、好戦的な性格である。

からかったときに手が出るのも非常に早いし、喧嘩っ早いところもある。


そんな彼女が天性の才能として持っていたものがある。


——結界。守りの才能である。

そしてそんな強力な守りの才能に反するかのように、彼女は、攻めるための才能が無かった。


彼女は、悩んでいた。

戦闘の才能がない故に前線に出ることができない己の無力さを。

皆が強くなることに手応えを覚えている中、1人だけ、1人じゃ何もできない自分の不甲斐なさを。



しかし、今この瞬間、その天性の才能は、兵器からたった2人を守るために十分なほどの力を彼女に与えた。



「な、んで……?」



そんな俺の疑問は、彼女からの精一杯の拳の一撃に遮られた。



「なんでっ、勝手に1人で行ってっ、死んじゃうんだよっ!!」



イルはさらにもう一回叩いてくる。



「困ったらっ、頼ってくれるってっ、約束したじゃんかっ!!」



俺はハッとなる。

俺は俺が嫌われるのが嫌で、逃げようとしていた。

最初から相談していれば、もっと他に方法はあったのかもしれない。



「ごめん……」



そんな俺にイルは少しそっぽを向いて言った。



「それで、返事」



返事、と言われて俺は疑問符を浮かべる。

そんな俺に気づいたのかイルはどついた。



「……さっきの返事!分かってるでしょ?言っておくけど、アルトよりいい男なんて、いないんだから!」



「——分かった。返事は——」








「ルーベンス!」



その人影を見つけた瞬間に少女は駆け寄った。

皆も、壊れた兵器と倒れているルーベンスの姿を見て、お祭り騒ぎだ。


——ここにいる、アルトと数名を除いては。



「それでぇ、なんだ?1人で勝手に行動して、問題を解決させたと?」



激怒した先生を前にアルトはアリより小さく縮こまっている。

先生は思いっきりアルトに拳骨を落とした。



「バカ!そんな危険なことをするな!死んでたかもしれないんだぞ!?」


「ごめんなさい……」


「ったく……。でも、俺たちにはどうすることもできなかったしうまく収拾つけてくれたのも事実だ。ありがとう」


その一言でアルトは少し元気になって顔を上げる。

許されたと思っているらしい。

……側から見れば先生はまだ怒っているようだが。



「しかし、命令無視と独断行動に対する罰はつける。減俸三ヶ月と三ヶ月のトイレ掃除だ!」



「そんなぁ……」



アルトはガックリ肩を落とす。

そんなアルトをギロリと睨みつける先生。



「分かったか?」


「はい……」



——それからのこと。

アルトに叩きのめされ、相棒に言葉でボコボコにされ、そして皆から締め上げられたルーベンスは、自分が意外と独りではなかったことに気づいた。



当然、彼のやったことは許されることではないが、彼が誰1人として犠牲を出していなかったこと、そして皆からの懇願で、厳重監視の元、アタシたちの元に戻ってくることになった。


ルーベンスは、憑き物の取れたような表情をしており、ずっと一緒だった相棒の少女といい雰囲気になっているらしい。

今度話を聞かなくては!



そして、アタシとアルトといえば。



無事に恋人同士となって付き合うことになった。

側から見れば、「いつ付き合うんだこの2人」みたいな感じだったようで、皆が祝福してくれた。


……一部、血の涙を流していた人たちもいたようだが。



結局、アルトの能力に関しては伏せておくことにした。

アルトが懸念している、時間停止中の無罪の証明が難しい、というのと、アルトの存在自体が、秘密兵器のようなものだから、今後も抑止力、あるいは決定打として役に立つだろうと思ったからだ。



あれ以来、アルトの時間停止は、アタシが明確な意思を持って受け入れない限り、アタシに対して無効となった。

なんでなのかは2人でウンウン唸って考えてもわからなかった。

だから、大抵は時間停止の恩恵に預かっている。



そんなこんなで、アタシたちは平和に今を過ごせている。あの時のあれがなんだったのか、アタシにはさっぱりだけど、こうやって今もアルトと一緒に入れるのは奇跡のようなものなんだと思う。



だから二度とアルトを失わないように、アタシはアタシのできることを精一杯やって行こうって改めて決意した。


……アタシの力で、アルトを助けられたしね。



最後に、余談。

アルトの時間停止の能力を教えてもらった後、少し、調べてみた。


ちょこっとだけ、気になることがあって、アルトにお願いしてみた。



……その夜のことは、少し記憶が飛んでいる。




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