第八話 【妹?と再会をしてるんです】
「あにぃ!」
ここには居ないはずの妹の “愛“ が笑顔で椅子に座っていた。
愛の笑顔は元気いっぱいで、その笑顔に自然と涙が溢れる。
(本当に……愛なのか?)
混乱で言葉が出ない。
愛に近づき、恐る恐る左手で頭を撫でる。
愛を撫でる手触りに、違和感が襲う。
硬く少しザラつきがある、
しかし、この感触に——触り覚えがある。
「AIなのか?」
「バレてしまいましたね」
(やっぱり、愛じゃないよな……)
「どうして愛に変身したんだ!?」
「転移してからも、ずっと、愛さんのことを気にしていられたので。……気に障りましたか?」
反省し、申し訳無さそうな顔でこちらの様子を伺っている。
「大丈夫。少し驚いただけ」
(愛の顔で謝られると、怒るに怒れないな……)
(絶対に元の世界へ戻ってやる)
前より決意が固くなった。
どうやら、AIは俺の感情と記憶が読み取れるようで、俺の記憶から愛の姿に変身したそうだ。
よく見ると、硬い質感の通り、長い髪がなびかない。
スキル “変幻自在” レベル3の能力では、完璧に変身出来ないようだ。
それでも、妹の愛にそっくりで、愛に会えたような嬉しさと本物の愛に会いたい気持ちで、俺は複雑な心境だった。
「俺から離れる場合は、愛の姿でいてもいいよ。人型の方が行動しやすいだろうし。喋り方も愛と同じでいい」
「ありがとう!」
少し驚いた顔をしたが、いつものあの笑顔で返事をする。
「決して、愛の姿が見たいからじゃないからな!」
「そういうことにしとくね」
「あの……。愛の姿の時は『愛』って、読んでいい……かな?」
「もちろん!」
(この笑顔に、何度助けられたことか……)
そんな会話を愛としていると、シャルが俯きながら入ってきた。
「大輔、少し話があるんだ」
「どうしたんだ?」
(何か深刻な問題か!?)
「僕と “従魔契約” を結んでくれないか? もちろん無理にとは言わないが……」
「どうしたんだ急に?」
「転移前、僕と主人が冒険していた話しをしたよね? 主人とは従魔契約をしていなかったんだ。もちろん主人のことは大切に思っていたし、家族だとも思っていた。けど、当時の僕は神獣というプライドがあり、従魔契約を断っていたんだ……」
シャルは終始俯き、少し悲しそうな目をしている。
「断った時の主人の顔を、今でも覚えている……。転移してから、ずっと心残りだったんだ。モンスタースライムと戦う大輔の姿が、主人の姿と重なって見えて……。もう、後悔したくないんだ!」
「もちろんいいが、本当に俺でいいのか? エリシア王女の方が、大切にしてくれるかもしれないぞ?」
「大輔がいいんだ」
力強い目で、シャルは俺を見つめる。
「従魔契約をするには、どうすればいいんだ?」
「お互いが従魔契約する意志を持った状態で、頭を撫でてくれたら従魔契約は完了するよ!」
(シャルと従魔契約を結ぶ)
言われるがまま心の中で従魔契約の意志を示し、シャルの頭を撫でる。
すると、俺とシャルは光に包まれる。
光の中は暖かく、フワフワと心地よい気がした。
その光は徐々に落ち着き、消えていく。
「これで従魔契約が出来たよ!」
嬉しそうにシャルが笑う。
(特に変わった感じはしないけど……?)
「ところでこの女の子は誰?」
「私の名前は『愛』!あにぃの妹だよ!」
「大輔に妹がいたの!? 大輔と一緒に転移したってこと!?」
「いや、そういう訳ではないんだが・・・」
(なんて説明すれば……)
「あにぃと従魔契約をしたということは、私の従魔と言っても過言ではないね!」
「過言だよ!?」
「私とあにぃは一心同体だから!」
愛はそう言いながら、俺の方へやってきて右手の義手に戻った。
シャルは驚きを隠せない様子で、口を開けて驚愕する。
「そういうことだから」
(まぁ、間違ってはないか)
「どういうこと!?」
シャルは俺と義手を交互に見つめ、納得いっていないようだった。
《驚かしてやりましたね!》
AIの無邪気な様子に、愛の姿と重なった。
義手から再び愛の姿に戻り、愛は笑いながら説明しだす。
シャルは驚かされたことに少し怒っていたが、納得いった様子だった。
その後、3人で少し談笑していると、テントの外がなんだか騒がしい。
口論するような叫び声が、聞こえてくる。
(何事だ!?)
愛は義手へと戻り、念のため装備を整えてから外に出ると、王子たちのテント周辺を大勢の団員が取り囲んでいる。
団員たちは王子に剣を向け、今にも襲いかかろうとしていた。
王子のテントに近付くと、団員たちはこちらに気付いたようで、俺たちにも剣を向ける。
「ダンジョンの迷路で疲弊させた所をやるつもりだったが、地図が偽物とバレたからにはもう関係ない!ここで死んでもらおう!」
ヴァルターが今にも襲いかかりそうな勢いで叫び、剣を抜いた。
「もう後には引けないぞ!」
王子も剣を抜き、団員へ凄む。
「スキルの使えない王子様に、一体何ができるのですかねぇ?」
バカにしたような感じで、王子を煽ってケラケラと笑っている。
そして、団員たちが一気に襲いかかり、キャンプ地は戦場と化す。
「王子たちを助けるぞ!」
シャルに向かって指示をし、短剣を抜いて戦闘体制に入った。
(俺は人を斬れるのか?)
人が殺そうと襲ってくる恐怖に、後退りしてしまう。
激しく鼓動する心臓。荒くなる呼吸。
魔物には感じなかったこの恐怖心に、体が強張る。
《私が戦いましょうか?》
(いや、やってみる)
双剣士のスタイルで、戦闘を開始する。
団員は訓練の装備ではなく、いつもより動きが良い。
逆に、AIが使った双剣士のスキルより、明らかに俺の動きが遅い。
体が鉛のように重く、戦闘が始まったばかりだというのに、全身から滝のような汗が吹き出す。
俺は団員の攻撃を避けることしか出来ない。
《後方から攻撃!》
AIのお陰で背後からの攻撃を避け、敵に反撃しようとした。
しかし——攻撃を躊躇してしまう。
体が強張り、思うように体が動かない。
攻撃を躊躇する俺を容赦なく襲う団員。
攻撃が当たりそうになる、その瞬間——シャルが団員を薙ぎ払う。
恐怖していることを察したのか、シャルは俺を庇うように戦いだす。
(不甲斐ない主人だな……)
シャルの戦闘を、ただ、見つめることしか出来ない。
殺さないように手加減しているようで、攻撃魔法は使用していない。
シャルは攻撃魔法を使用しなくても、強く頼もしかった。
長く鋭い爪が団員を襲う。
《恐怖心は仕方ありません。しかし、仲間がやられる方が恐くありませんか?それに、元の世界に戻るのですよね?》
(そう……だよな!)
気合を入れ直し、深呼吸をして戦闘に集中する。
(こんな所でやられるわけにはいかない!)
シャルの横に並び、戦闘を開始する。
(元の世界に戻るためなら、俺は悪魔とだって契約してやる!)
襲ってくる団員を、双剣でなぎ倒す。
あんなに重かった体は、嘘のように軽くなり、双剣士のスキルが体に馴染む。
向けられる殺意に、俺の罪悪感も無くなっていく。
気付けば、周囲の敵を大半倒していた。
そして、王子と王女の方を確認する。
王子はヴァルターと戦闘しており、王女は他の団員と戦闘していた。
「どうしてこんなに強くなっているんだ!?お前には一度も負けたことがないのに……」
悔しそうに叫ぶヴァルター。
「私は日々の鍛錬を怠らない!鍛錬の賜物だ!」
「ちっ!この剣を使うしかないな!」
ヴァルターは剣を交換し、再び王子と対峙する。
その剣は豪華な装飾がされており、さっきまでの剣とは様子が違った。
そして、ヴァルターが攻撃を始めると、急に劣勢になる王子。
「さっきまでの威勢はどうした? “剣豪” のスキルには敵わないか?」
ヴァルターは喜々として、王子を翻弄する。
王子はヴァルターの攻撃を防ぎきれず、膝をつく。
「シャル!こっちは頼んだ!」
苦戦する王子を援護するため、急いで王子の元へ向かう。
《杖に氷魔法を付与しています》
短剣を納め、走りながら懐に手を伸ばす。
そして、杖を取り出し、間髪入れずにアイスボルトを放つ。
矢の形をした氷のアイスボルトが、ヴァルター目掛け、一直線に飛んでいく。
しかし、走りながら撃ったせいで狙いが外れ、ヴァルターの足元に着弾した。
着弾地点が氷で固まる。
(クソ!外れた!)
だが、王子から引き離すには十分だった。
アイスボルトを連射し、ヴァルターをさらに遠ざける。
(王子たちを傷つけさせない!)
躱すことしか出来ないヴァルターは、どんどん後退していく。
剣でアイスボルトをガードしたことにより、ヴァルターの剣は薄く氷で固まった。
「クソ!これだから転移者は嫌なんだ! お前たち転移者はいつも俺の邪魔をする。お前たち転移者が来なければ、俺は今頃……」
ヴァルターは怒り混じりに文句を言いながら、剣に付着した氷を地面に叩きつけ叩き割る。
(俺が仲間を守る!)
対人戦にも慣れ、攻撃を躊躇することは完全になくなっていた。
アイスボルトの攻撃に混じり、遠くから「ガタゴト」という音が聞こえる。
ヴァルターの後方を確認すると、一台の馬車が現れた。
「俺にも運が回ってきたな」
ヴァルターは勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
馬車がヴァルターの近くで停車すると、中から見慣れた顔が目に飛び込む。
(七瑛さん!?)
馬車からは七瑛さんとライナーが降りてきた。
だが、七瑛さんの様子がいつもと違う。
彼女にいつもの笑顔は無く、無表情でライナーに引き連れられている。
「七瑛さん!?どうしてここに!?」
「……」
「こいつらはお前たちを殺すためにやってきたんだ! ライナー! 手を貸せ!」
(……七瑛さん? どうしたんだ!?)
ライナーに蹴飛ばされ、戦闘するように促される七瑛さん。
そして、そのまま走って突っ込んでくる。
七瑛さんの表情は暗く、以前の戦闘訓練のような笑顔はない。
(七瑛さんを攻撃なんて……できない……)
七瑛さんに攻撃することを躊躇してしまう。
《体の使用許可求む!》
(ダメだ!)
七瑛さんが剣を抜き、斬撃を放ってきた。
斬撃を避けたいのに、まるで、水中のように俺の体が言うことを聞かない。
(七瑛さんと戦うくらいなら……)
仲間を守ると決意したはずが、俺の心は暗闇へ落ちていく。
七瑛さんが敵だったことのショックで、体が呼吸を忘れ、息が苦しくなる。
《緊急回避!》
義手に引っ張られるように、斬撃を回避させられる。
外れた斬撃は後ろの木々に直撃し、轟音とともに木が倒れていく。
《体の使用許可求む!》
(ダメだ! もう終わりにしよう)
俺はこの世界に嫌気が指していたのかもしれない。
呆然と立ち尽くし、AIが勝手に緊急回避で耐え凌ぐ。
《体を使用します!》
痺れを切らしたAIは、命令を無視して体の制御を奪う。
(やめろ!)
しかし、俺の願いは届かず、AIは勝手に動き出してしまう。
AIは杖を懐に戻し、剣に持ち替える。
七瑛さんと戦闘が始まり、 “火魔法“ が付与された剣の炎が揺らめく。
AIが七瑛さんの攻撃を防ぎ、鍔迫り合いになる。
七瑛さんは炎の熱気に、後退し距離を取る。
「炎にびびってんじゃねぇぞ!しっかりやれ!」
ヴァルターが七瑛さんに強く叱責する。
(今すぐ俺の体を返せ!)
《拒否します!》
AIは言うことを聞かない。
(止めてくれ!七瑛さんを傷つけたくない……)
AIは懐から左手で杖を取り出す。
《アイスボム》
杖の先端に冷気が集まり、透明な氷の球が生成される。
氷の球は光を反射し、光り輝いていた。
(やめろ!やめてくれ……)
俺の心の声を無視して、AIは七瑛さんに向かってアイスボムを放ってしまう。
その瞬間、時間がゆっくり進むような感覚に襲われる。
氷の球体は、ゆっくりと七瑛さんに向かって飛んでいく。
胸が締め付けられ、呼吸が苦しくなる。体がAIの制御下にあり、もがくことも出来ない。
俺は七瑛さんに飛んでいく氷の球体を、ただ、眺めることしか出来なかった……。
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