第三話 【会食をしてるんです】
(なんだったんだ——あの状況は……)
緊張から解き放たれ、俺はベッドに腰掛けて、会食の状況を振り返っていた。
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団長に誘われた会食は、王族が一同に介して食卓を囲んでいる。
王様の横には、第一王子の “アルディアス・フェンリス” 様が座っていた。
アルディアス王子は王様ほど大きな身体ではないが、力強く俊敏そうな印象を受けた。
顔立ちは王様に似ており、クマのような特徴を持ち、丸い顔に強い眼差しをしている。
アルディアス王子は、民に自由にやりたいことをしてほしいと願っており、民思いで正義感の強い印象を受けた。
現在は騎士団の副団長をしており、剣の技術は獣人の中で際立って優れていると言われているそうだ。
その隣には第二王子の “シリウス・フェンリス” 様が座っていた。
シリウス王子は無口で大人しく、正直、全く印象に残っていない。
正面に王女の “エリシア・フェンリス” 様もいた。
人間に近い顔立ちを持ちながら、丸い耳がクマの獣人的な特徴を示していた。
彼女の全身は真っ白な毛で覆われており、その美しさと気品の高さが目を引く。
その見た目とは裏腹に第三隊隊長をしており、実はお転婆なことを王様にバラされて怒っているのが印象的だった。
団長と七瑛さんも参加していたはずだが、緊張で記憶が朦朧として、ほとんど覚えていない。
料理は質素な感じはしたが、素材の味が良く生かされており、美味しかった……気がする。
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思い出しただけでも、手汗が滲んでくる気がした。
すると、突然ドアがノックされる。
ドアを開けると、宰相の家臣エドガーさんが立っていた。
「こんばんは、エドガーさん」
「こんばんは。『明日の朝食一緒にどうか』と、宰相様から提案ありました」
(あの宰相苦手なんだよな。けど——流石に断れないよな?)
「よろしくお願いします」
「では、明日の朝お迎えに参ります。」
そう言うと、エドガーさんは去っていく。
「今日は王様達と会食で、明日は宰相様と朝食か……」
緊張感の続く食事に、少し気が重くなった。
翌日、エドガーさんに連れられ、宰相邸宅へやってきた。
朝の光に照らされて輝く宰相の邸宅は、一目でその豪華さと威厳を感じさせる。
正面の大きな門には精巧な鉄細工が施され、重厚でありながらも美しさを兼ね備えている。
初めて訪れた宰相邸宅は、大きさこそ王城に劣るが、その高級感に緊張感が増した。
エドガーさんに導かれ、宰相邸宅に足を踏み入れる。
広々とした玄関ホールは天井が高く、豪華なシャンデリアが煌めき、足元にはふかふかの絨毯が敷かれていた。
正面にはドラゴンのような剥製があり、そのドラゴンは今にも火を吹きそうだった。
剥製のあまりの迫力に言葉を失う。
ダイニングに通されると宰相達は、すでに食事を始めており、朝食とは思えないほど豪華なステーキを、ナイフとフォークで優雅に切り分けていた。
その隣にはワインのボトルが置かれ、すでにグラスに注がれている。
宰相はステーキを頬張りながら、ワインを楽しんでいるようだ。
その姿はまるでディナーようで、朝食とは思えないほどの贅沢さを感じさせた。
「宰相様、おはようございます」
「来たか。座りたまえ」
目の前に豪華な朝食が配膳される。
朝食にしては、重すぎる食事と緊張から、食事が喉を通る気がしなかった。
「君に紹介しよう。彼は一番隊の副隊長をしている“ ニック・レイヴン” だ」
「ニックさん、よろしくお願いします」
見覚えがあるその男は、昨日の訓練終わりに俺を睨むように見ていた男だ。
ニックはこちらに視線を合わせることなく、ステーキを食べながらあしらうように手を上げる。
「君も一緒に食べようではないか」
宰相に促され、パンを一口食べると、昨日食べたパンより明らかに柔らかく、上質なパンだと気づいた。
「このパン、すごく美味しいですね!」
パンのうまさに、俺は自然と笑みがこぼれる。
「そうだろ。昨日は王様達と食事したようだがどうだった?」
食事のうまさに自身があったようで、宰相は自慢気な顔をしている。
「正直、緊張であまり覚えていませんが、楽しく食事させて頂きました」
「王様に食われそうで、緊張していたのか?」
宰相が笑い出すと、ニックもつられるように笑い出す。
「違いますよ。優しくしてもらいました」
「冗談じゃないか。でもパン一つ取っても、こちらの食事の方がうまいだろう」
宰相の言い方は馬鹿にしているようで、嫌味に感じる。
「昨夜の食事も美味しかったですよ」
「まぁよい。スキルについて知っているか?」
ワイングラスを手に持ち、宰相が聞いてきた。
俺は首を横に振り、否定する。
(そういえば、神様が『スキルを集める』とか言っていたような?)
「魔物を倒すことでスキルを獲得することができ、能力を高めることができるんだ。スキルには “メインスキル” と “サブスキル” があり、メインスキルは “職業スキル” とも言われているな」
<メインスキルは、昨日訓練で使用した剣に付与されていたと思われます>
(七瑛さんも、そんなことを言っていたな)
宰相がスキルについて、詳しく説明をしてくれた。
サブスキルは斬撃や急所突きなどの、 “技” が使用できるようになるようだ。
サブスキルはどのメインスキルにも付与できるが、相性が悪いと効果がないこともあるらしい。
魔法系のメインスキルに、物理攻撃の急所突きを付与しても、効果はほぼ無いと言っていた。
「メインスキルとサブスキルの相性が、大事なのですね」
「そういうことだ。さらに、スキルにはレベルが5段階あり、スキルを集めてレベルを上げることで、強化することができるのだ」
「訓練の剣に剣士のメインスキルが付与されていると聞きました」
「訓練の剣は“剣士レベル2”の付与がされている。大したレベルではないが、初めて剣を握ってもそれなりの動きはできるだろう」
(天才とか思った自分が恥ずかしい)
恥ずかしさから、顔が熱くなった気がした。
「……で、お主はどんなスキルを授かったのだ?」
「スキル”AI”を授かりました」
「それは一体どういうスキルなんだ?」
宰相は眉をひそめ、懐疑的な視線を送ってくる。
「AIというのは “人工知能” なのですが、この義手に付与して頂きました」
すると、宰相は大きな声で笑い出す。
「人工知能?義手に知能が付いて、何になるというのだ!? お主には頭がついているだろう?」
それを聞いたニックも笑いだし、二人は馬鹿にしたように、大笑いしている。
《この二人を殺しますか?》
(ダメに決まっているだろ!?)
勝手に動きそうな義手を、テーブルの下に隠す。
俺を指さしながら、大笑いを続ける二人。
<体の使用許可を求めます>
(ダメダメ!いいわけないだろ!?)
「正論過ぎて言葉も出ないか?」
宰相は笑い過ぎて、涙を手で拭いていた。
勝手に飛びかかりそうになる義手を、左手で抑え込む。
「それで、本題なのだが、ワシが管理している “ダンジョン” を探索し、スキルの調達へ行ってほしいのだ。アルディアス王子とエリシア王女と行ってみてはどうかな?」
まだ、ニヤニヤしている宰相が、半笑いで本題を話し出す。
「アルディアス王子様とエリシア王女は、一緒に行ってくれるでしょうか?」
昨日の会食しか接点のない王子たちが、ダンジョンを共にしてくれるか不安になる。
「ワシから王様に言えば問題ないだろう」
(ダンジョン探索でスキルを強化できるとは——楽しみだな!)
その後、朝食終了まで他愛のない話をしたが、ニックは宰相と会話するだけで、後は黙々と朝食を食べていた。
「朝食にお誘い頂き、ありがとうございました」
「また、食事しようではないか。そうだニック! 例の物を渡してあげなさい」
宰相の一言で、ニックは少しニヤニヤしながら、ブレスレットのような物を持って近づいてくる。
「今付けてあげなさい。これはお守りみたいなものだよ」
宰相に言われ、ニックは俺の右手の義手にブレスレットを取り付けた。
「七瑛さんと少し渡り合えたからって、調子に乗るなよ!」
ニックは俺の耳元で、ドスの利いた低い声で囁く。
(なんだコイツ!?)
《このブレスレットには、何かしらのスキルが付与されています。現在スキルが発動していないうえに、未経験のスキルのため、どのようなスキルか不明です》
(宰相様はお守りと言っていたし、きっと良い物……だよね?)
「今日は朝食に誘っていただき、ありがとうございました」
「ダンジョンへ出発するまでに、ワシの武器庫とスキル庫を見せてやろう」
《書庫があれば情報収集もしたいです》
「ちなみに、書庫もありますか?」
「書庫ももちろんあるぞ。一緒に見せてやろう」
エドガーさんに見送られ、俺は宰相邸宅を後にする。
(宰相様はいい人だったな)
《そうですか?》
(本も書庫も見せてくれるぞ?)
《宰相はいい人でしたね》
(現金なやつだな)
一週間後にダンジョンへ出発することが決定した。
それまで団長と七瑛さんと共に、訓練を続ける日々が続く。
宰相邸宅にも数回訪問し、武器やスキルをもらう。
さらに、書庫も見せてもらい、AIにせがまれて、数冊の本も借りた。
借りた本を就寝中にAIが勝手に読み漁り、学習しているようだ。
就寝中に義手が勝手に動くことで、起こされることもしばしばあったが、AIは学習することは「あなたのため」と言わんばかりに、俺のことはお構いなしだった。
出発の朝
慌てながら集合場所に向かう。
「遅いですよ、大輔さん!」
エリシア王女が笑いながら、手招きをしている。
すでに、集合場所にはアルディアス王子とエリシア王女が待っていた。
「すみません。借りていた本を宰相様へ返していたら、遅れてしまいました」
「大輔!これからよろしく頼む!」
アルディアス王子が握手を求めてきた。
「こちらこそよろしくお願いします。頑張ります!」
(ダンジョンで絶対強くなるぞ!)
握手する手に自然と力が入ると、王子も負けじと力強く握手してくる。
力比べのように握手をしていると、団長と七瑛さんもやってきた。
「門まで見送るよ」
団長は眠そうに目を擦っている。
王子はニコッと笑い、勝ち誇った顔をしている。
《もう一回!》
AIの我儘を無視し、門までは城下町を通過して向かう。
「うるせー!高すぎるだろ!これだから獣人は嫌なんだ!」
怒号の方を向くと、人間が獣人と揉めているようだ。
「そんな事言われても、これ以上は安くできませんよ」
肉屋思われる獣人の店主は、困った様子だった。
「どうしたんだ?」
俺たちはかけ寄り、アルディアス王子が声をかける。
「この獣人は俺が人間だからって、ぼったくろうとしてくるんだ」
肉の値段に納得いかないと、人間の男が怒っているみたいだ。
「そんな事ありませんよ。獣人にも同じ値段で売っています」
「前に獣人にはもっと安く売っていたじゃねーか! 人間だから舐めているだろ!?」
「最近は仕入れが高くなっていて、前の値段では売れないですよ。現在は獣人にも人間にも、この値段で商売させてもらっています」
店主は困り果て、疲れている感じがする。
「仕入れ値が上がっているなら仕方ないだろう」
アルディアス王子が優しく、声を荒げる男をなだめる。
「獣人の王子だからって、獣人の肩持っているんだろ!?」
「人間の私もおかしなこと言っているのは、お前に思えるぞ」
団長が拳を握りながら、人間の男に近づく。
「クソッ!こんな店二度と来るか!」
分が悪いと感じたのか、逃げるように男は去っていく。
「アルディアス王子と団長さん、ありがとうございました」
店主は深々とお辞儀した。
「食料の高騰は、我々王族にも責任があるからな。すまない」
王子が申し訳無さそうに、謝罪している。
「しかし、あいつは騎士団で見ない顔だな。隣国の難民か?」
「難民の方も村へ帰れなくて大変なんでしょうが、そのストレスをぶつけられることがあって……」
(難民なのに、あの態度……)
「こんな状態で国を開けるのは少し心配だな」
王子は不安そうな顔をしていた。
「大丈夫だ! 七瑛と二人で、この国を守ることを誓おう!」
団長は自信満々に力こぶを見せつける。
「私達に勝てる人はいませんよ!いざとなればこの妖刀で、真っ二つにしてくれます」
不敵な笑みをしながら、妖刀に手をかける七瑛さん。
「それはダメだろ!」
団長にげんこつされる七瑛さん。
「冗談じゃないですか!?」
七瑛さんは半泣きになりながら、訂正していた。
その後、団長と七瑛さんに見送られ、我々はダンジョンへ向かう。
(これからダンジョンで魔物を倒して、スキルをたくさん獲得するぞ!)
興奮と不安が入り混じる中、これから始まる冒険に胸を踊らす。
ダンジョンへ向かう二日目、嵐が荒れ狂い、視界が悪くなる。
俺たちは走りながら、洞窟などの雨宿り出来る場所を探す。
すると目の前に真っ黒な魔物が横たわっているのが見えた。
「魔物か!?」
王子が腕を上げ、停止するように指示を出す。
「猫ちゃん!」
王女が大きな声を出して、魔物に駆け寄っていく。
その生物は猫にしては大きく、真っ黒な体に真っ白な翼が生えていた。
体と翼はボロボロで血を流し、ぐったりしている。
この魔物はどこから来たのか!? どうしてここで倒れているのか!?
俺の初めての冒険は、波乱の幕開けだった。
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