67話
冒険者達を街まで護衛した後、俺とエリーは父さんに先ほどの出来事を報告した。
当たり前ではあるが、かなり難しい顔をしてはいたものの、俺とエリーの二人で十分追い払える程度の相手だったと言うことに安堵もしているようだった。
今後の対処に関してはギルドと連携しながら行うらしい。が、どうしてもあちらではどうしようもないとなれば、俺達にお呼びが掛かる可能性はあるそうだけど。
例のモンスターの情報も、ついでに父さんが聞いてくれるらしい。と言うことで、俺達は自由行動。ついでだから、エリーが学校が出来ると話していた場所を見に来ていた。
ちなみにフェリスは散歩に行くと言ってどっか飛んでったぞ。どこに行ったかは知らん。騒ぎを起こさなきゃ良いんだけど。
「へぇ、ここだったのか…………」
「見回りでは君が入らないルートだからね。知らないのも無理はない」
「…………結構デカいし、遠目からでも見えそうだったんだけどな」
工事中、というには既に完成に近いそれを見て、俺は呟く。
そう言えば、最近他の領地から貴族が良く父さんに面会に来ることが増えていたけど、子息や令嬢をこの街に留学させることの挨拶だったりしたのかな。
ただ、ギルドも完成したばかりだった気がするんだが。
「工事早くね?」
「元々同時進行で行っていたからね。学校の方は建設の開始が遅かったけど」
「…………同時にって大分ハードなスケジュールじゃないか?」
「流石にギルドと学校の建設で人手は別だろう。今は合流して前よりペースが上がっていると聞いたけどね」
ギルドと学校を同時に建設出来るほどの人手がある大工って相当な人数じゃないか?一体どこから………いや、王都から派遣されてきたんだろうな。
あまりのハイペースさにちょっとだけ手抜き工事を疑ってしまったが、そっちからの派遣なら安心は出来るか。
「開校はいつとかは?」
「そこまでは僕も。魔術会がとても張り切っているらしいから、長くても半年は掛からないと思うけどね」
「ふーん………エリーは入学するのか?」
「それを決めるために、僕は君に聞いたんだけどね」
結局あれこれ言いながら自分から入学する気はねぇのかよ。………実は、俺もエリーが入学するのなら入ってもいいかな、と少し思っていたのは内緒だ。
エリーとしても、正直あまり学校に通う意義を見出だせていないんだろう。俺もそうだし。
「んー………俺としては通う理由がないのがな。強いて言えば友達が増えるくらいか?」
「ふむ。僕は君さえいればそれでいいと思っているけど」
「ま、そうだな」
じゃあなおさら通う理由がないじゃん。となれば、エリーの言った通り面子とか評価の問題だよなぁ。
俺としては、うちの領民や知り合いから嫌われなきゃ、よっぽどの悪名じゃない限りはどうでもいい。ただ、父さんからしたらそうは行かないんだろうな。
多分だけど、留学の挨拶が来る度に俺のことをどうするか悩んでそうだ。
「ま、後回しでいいか。必要なら父さんから話があるだろ」
「ふふ。そうだね。………君はとても頼りになるのは事実だろうけど、親としてなら悩むことが多そうだ」
「そうか?あまり手間が掛からないようにしてたんだけどな」
自分の身の回りの世話は自分でやってるし、大きなトラブルだって起こした覚えがない訳ではないが、まぁ大事件という訳じゃない。ちょっとあの山頂がぶっ飛んだくらいだし。
すると、エリーは笑みを浮かべながら首を横に振る。
「逆じゃないかな。僕の父上は僕のために何でもしてくれようとするからね。親というのは、自分の子のためになることをしてあげたいと思うものなんだと思うよ」
「お前の場合は甘やかされすぎだろ」
「子供は甘やかされるべきだっ」
自信満々に胸を張って答えるエリー。普段聡明で冷静な彼女がたまに年齢相応の態度を見せると、どう返すべきかと悩んでは決まって俺は何も言えなくなっていた。
恐らくはその事をエリーも理解してるのだろう。ニヤリと笑みを浮かべ、口を開く。
「………ふふ。さて、暇になってしまったね。これからどうしようか?」
「んー………俺は一回街を周ってみるか」
ここまで変わってる所に気づけてないようじゃ、まだまだそう言うところもありそうだし。それを聞いたエリーは小さく笑みを浮かべ、大きく頷く。
「僕も一緒に行くよ。じゃあ、早速行こうか?」
「おっ…………」
エリーは言い切るより早く、俺の手を引いて歩き出す。相変わらず強引だが…………まぁ、彼女が浮かべる笑みがとても楽しそうなのを見れば、それでいいかと思えてしまうのだった。
エリーに手を引かれながら街を色々と見て周り、意外と知らないうちに出来ていたものが多くあることに驚いた。鍛冶屋、服屋、武具店だけでなく、大きな商会の支店までもが設営されていたりした。
中にはエリーが把握していなかった物もあるらしく、改めてこの街の発展速度はめざましいのだなぁと実感する。が、ここはまだ発展中の地区らしく人通りはないが。
「結構、気付かなかっただけで変わるもんなんだな」
「そうだね。言っただろう?いずれ何事も変わりゆくとね。いくら望んだとしても、僕たちもいずれ大人になる。そうなれば、今まで通りとは行かないだろう」
「まぁな」
家の事、【天焔】の事、ルーナの事、戦争の事………まだ子供だから後回しに出来ているだけで、向き合う時は必ず訪れる。
そうなった時に、俺は結論を迫られるし………もう、その時には後回しになんて出来ない。
「おや、相変わらずまた子供らしくない表情だ」
「…………」
お前は気楽そうで良いな。と、反射的に出掛かった言葉を止める。こいつは気楽なのは、そう言う風に振る舞うようにしているだけだからだ。
その表情の裏では、俺が考えていること以上の事を考えている。だからきっと、こいつは全てを分かっていてそう言ったんだろう。そして、呆れたような笑みを浮かべて言葉を続ける。
「君は難しく考えすぎているんだよ。そういう癖がある」
「簡単な問題だったら良かったんだけどな」
「突き詰めれば、難しい問題なんてないさ。未来の選択が正解かどうかは誰にも分かりはしないからね。ただ、その結末を知る勇気があるか否かだ」
「………極論だな」
「まぁ………ね」
エリーは俺の手を掴んだまま立ち止まる。そして彼女はゆっくりと振り返ると、それこそ子供らしくない様々な感情の混ざりあった小さな笑みを浮かべる。
「僕は、君さえいればそれでいいんだ。僕は全てに置いて君を優先する自信がある。………だから、悩みの大半は簡単に片付いてしまう。なら君にとって、絶対に譲れないものはなんだい?」
「………俺にとって、か」
魔龍と対峙したのは、この街の終わりを見たくなかったからだ。そして、この地に住むみんなにこの地に広がる青い空を見せてあげたかった。なら…………
「お前や父さん、イリスに街のみんな、後は知り合いの奴らだけでも守れればそれでいい、とは思う」
「…………そこで一人を決めれないのが、君の悩みが消えない理由だ」
エリーはそう言って苦笑する。俺自身、そんなことは理解しているけど、じゃあ誰かを切り捨てろと言われたら………やはり、俺はすぐに決断することは出来ないんだろうな。
「………というか、お前のそれは流石に重くないか?」
「ん?………そうかもね。けど、君がこの街を離れて気付いたんだ。君が僕の一部だというのは、決して間違いなんかじゃないと言うことにね」
そこで一度言葉を切ったエリーは俺の手を離し、自身の胸に手を当てて続きを話し出す。その澄んだ青い瞳で、俺をしっかりと捉えながら。
「君がいないと、何もかもがつまらないんだ。どれだけ強いモンスターと戦っているときでも、新しい本を読んでいる時でもね。けど君がいるだけで、こうして街をただ歩くだけでも、それも良いと思える。だから、僕は君さえいればそれでいい。これは僕の本心だ」
「…………」
俺の想像の何倍も大きな気持ちの告白に、俺は咄嗟に返事をすることが出来なかった。しかし、エリーはそんな俺の反応を分かっていたかのように笑みを浮かべると、くるりと俺に背を向ける。
「………エリー?」
「君に同じだけの気持ちを返して欲しいとは言わない。だから、これからも同じように接してくれればそれでいい。………今はそれでいいから、この自分でも呆れてしまうような感情を知っても…………僕を避けたりしないでくれるかな?」
少し不安そうに、俺に背を向けたままでそう話すエリー。正直、驚いたと言えば驚いたし、彼女がこんな思いを抱えていたと言うことが少し信じられないような気もしていた。
でも、嘘をついていると言う訳ではないのは理解出来ていた。付き合いが長いからと言うのもあるし、なにより彼女の問いに対する答えは決まっていたのだから。
「当たり前だろ。お前と俺は最高の相棒だって、自分で言ってただろ?こんなことで終わるわけがないし、終わらせないさ」
「…………ふぅ。君ならそう言ってくれるとは思っていけれど、こういうのは想像よりも怖いものだね」
「それこそお前らしくない。………ほら、さっさと行くぞ。まだ見てねぇところもあるし」
「ふふ。うん、そうだね………行こうか」
そう言って、彼女はこちらに振り返らないまま歩き出す。フェリスにはそう簡単に変わる物は無いと言ったが、それは種としての結論だ。人と言う個人で見れば、大人になると言うのはあまりに大きな変化だ。俺だって、いつまでも彼女とはしゃぎ、高め合い、好きな事だけをしていられるわけじゃないのは分かっている。
今の関係が終わるとは限らないが、変わらないと言うのは難しい。特に、俺の背負った物を考えれば。だけど。
「いつか、俺達が変わってしまうとしても」
「………なんだい?」
「俺は、それでもお前と一緒に居たいと思う。この道の先に、何があったとしても。………今はこれしか言えないけど、それじゃ駄目か?」
俺がそう尋ねると、エリーはゆっくりとこちらに振り返る。そして小さく吐いた彼女は………
「………ふっ。いや、十分すぎるほどだよ」
微笑み、と言うにはあまりに切ない笑みを浮かべて頷いた。けれど、それ以上の言葉は今は必要がない。だから、俺はそれに頷きだけを返して彼女の隣に立った。
そして、俺達は再び歩き出す。今の時間は今だけだから。少しでも………今のうちに、今まで通りを過ごしたい。そこでふと見上げた空は、あの日初めて見た空と同じように、雲が一つもない快晴だった。