60話
長い沈黙を経て、フェリスはゆっくりと話し始めた。俺が継承した【天焔】。その真実を。………それは、俺にとってあまりに非情な物だった。
「幾千年と受け継がれ、成長を続けた【天焔】の継承者は積もり過ぎたその感情と自らの使命に囚われるあまり………燃え尽きない覚悟と情熱の末に、最期は破滅的な結末を生み出すようになってしまった。その運命は受け継がれるものとなって、何度も繰り返されてしまったんだ」
「………………」
フェリスの告げたそれに、俺はただ言葉を失った。息を呑むとか、目を見開くと言った反応すら出来ない。ただ、今まで断片的だった情報が全て繋がった気がして………同時に、あまりの事実に脳が理解を拒み始めていた。
そんな俺の動揺に気付きつつ、フェリスは言葉を続ける。
「それに気付いてから私は【天焔】の継承者に手を貸すのをやめた。人々の前から姿を消して………ただ、【天焔】の継承者が現れる度に僅かな可能性を捨てられないで、陰からそれを観測して………結局、同じ結果を何度も見て来た」
「っ………」
何故奴らが、ルーナが、俺をあれだけ必死に止めようとしていたのかをようやく理解した。理解してしまった。
ルーナはあのダンジョンでこの事を知ったんだ。俺の炎が、いつか俺自身や人間と言う存在そのものを脅かす災いの炎となる事を。だが、そんな事を知ってしまったなら。
「点火………!」
衝動的だった。俺は自身の炎を激しく燃やし始め………そのまま温度を上げていく。周囲を燃やす為ではなく、その熱で己自身を焼き尽くすために。
籠った熱によって一気に熱量が膨れ上がっていく。その熱が俺を燃やすまで高めようとして。
「ご主人様」
それはフェリスが唐突に俺の頬に添えた手から、一瞬で奪われてしまった。一瞬で冷めたか体と共に、思考も少しずつ冷静になっていく。
視線を上げて見た俺の頬に手を添えたままのフェリスは、悲しそうな表情を浮かべて俺を見つめていた。
「………ご主人様がこのこと知ったら、絶対に自分の存在を消そうとすると思った。だから私は今まで言えなかったし………ルーナはこの事をあなたに伝えなかったんだと思うよ。………ギルトって人は分からないけど」
「………なんで、お前はこの力を人から取り上げないんだ?」
「もう私の力じゃないから。その【天焔】は人間が人間を守る為に育んだ人の火。だから、もう私がどうにか出来る力じゃない」
「………」
だとしたら、結局俺はどうするのが正解なのだろうか。彼らの言う通り、火を拒めばいいのか?というか、それが正しいんじゃないかと思ってきた。………だとすれば俺はあの日、間違ったのか?
「でもね。あの人たちがやろうとしてることも、きっと正しい事じゃないと思うんだ」
「………なんで」
「彼らの裏には、絶対に魔龍が関わってる。魔龍は人間の天敵だから、【天焔】の継承者も魔龍とは何度か対峙してる。もしかしたら、【天焔】が急に人類に仇を成す炎となった理由は、そこにあるのかもしれないし………それに、結局ご主人様が火を拒んでも、【天焔】の根本の解決にはならないんだよ」
じゃあ俺はどうすればいいんだろうか。このままじゃ、俺は【天焔】の運命に従って………そう考えた時、フェリスが俺の顔を覗き込み、視線をはっきりと交わした。
その真っ直ぐな視線を逸らせなくて………数秒の沈黙の後、フェリスは言葉を続けた。
「………私がご主人様に手を貸したのはね?あなたが………あなたなら、その【天焔】の運命を変えてくれると思ったからなんだ」
「………は?俺が、【天焔】の運命を変える?」
「うん。ご主人様は、氷の魔龍を打倒したのは【天焔】の影響だって思ってる。けど………私は、そうじゃないと思ったんだ」
「そうじゃない………?」
ますます理解が出来なかった。元々かなり混乱していたのもあって、ただ単純な言葉の意味すらも理解するのに時間を要した。
そんな俺を待つように、フェリスは黙っていた。けれど、その表情は悲し気で………それでいて、まるで慈しむかのような、普段の彼女とは似ても似つかない複雑な小さな笑みだった。
初めて見る彼女の表情に一瞬だけ呆気に取られ、一気に落ち着いていく。それを見たフェリスは、大きく頷いた。
「ご主人様があの魔龍と戦ったのは、その火に宿った使命感じゃない。あなたが大事だと思った人たちに………ただ、あの青い空を見せたいと願った。そのあなた自身の願いは、あなたを突き動かそうとする覚悟を超えて、魔龍と戦う勇気へと変わっていた。だからあなたなら、【天焔】に積もった全ての遺志を精算できるかもしれない。………私はそう思ったんだ」
「………そんな、こと」
「ご主人様は、急にこんな事を言われても困るって分かってる。けれど、あなたは今まで見て来た誰とも違う。他の世界から来た人間。そして初めて【天焔】の覚悟じゃなく、自分の理由で炎を灯した人だった。………私がご主人様と契約をしたのも、あなたに大きな可能性を感じて、その強い意志と魂を守りたいと決めたから」
多すぎる情報量に、俺は再び黙り込む。ただ、さっきのように理解が追い付かないという訳ではなかった。ただ、俺が思っていた以上に乗せられていた期待と、そうあってほしいと言う願い。
フェリスが気が遠くなるほど見続けて来た、変わらなかった運命。………それを俺が変えるなんて、【天焔】に課せられた使命よりも、あまりに大きすぎる使命だった。
「………」
「ごめんね、ご主人様………私の勝手な期待を乗せてしまってるのは分かってるんだ。打算でご主人様に近付いたのも、謝る。けど………………ううん。ごめん。勝手だったよね」
いつもの天真爛漫な姿はどこにもなく、謝り続けるフェリス。まぁ、この状況で普段と同じような雰囲気だったら逆に引くけどさ。だが………
「………」
「………ご主人様?」
「なんか、ぶっ飛びすぎてて逆に冷静になって来た」
「………ん?」
正直、考えるのがアホらしくなったと言ってもいい。元々頭の良くない俺だ。こんなスケールのデカい話をされて、それに一人で悩み続けた所で無駄だと理解したからでもあった。
結局なところ、俺が死んでも結果は変わらない。いつかまたこの火を継ぐ誰かが現れるかもしれない。その誰かが、また運命に従って人を脅かすかもしれない。だったら、俺がそれを終わらせる。
俺は信用には応えたい主義だと、フェリスに話したことがある。正直にいえば、ここまでの信用と期待を寄せられているとは思っていなかったけど。
「………どちらにせよ、あいつらを放っておいてもいい訳じゃないんだろ?もしかしたら、今度は【天焔】以外の守護者の力が、俺と同じ末路辿るようになるかもしれないんだし」
「そう、だね………私はそう思ってる」
「じゃあ、最初から選択肢なんてないだろ。俺は俺が正しいと思ったことをやる。………今までもそうしてきたつもりだったけど………【天焔】の影響に気付いてからは、正直それにも自信を持てなくなってたんだ。けど、お前の言葉が本当なら俺は俺に自信を持てる。今までやってきたことは、俺自身が望み、選んできた結果だってな」
「………ご主人様、本当に良いの?」
「良いか悪いかじゃないだろ。俺は守りたい人達を守りたいと誓った。だから………」
勿論、自分でも無茶を言っているとは理解している………この台詞、つい最近にも言った気がするな。まぁいいや。だが、どちらにせよ今まで無茶しかしてこなかったんだ。
それが俺の日常を………そして、皆を守れるのなら喜んで背負う。俺に出来るのは、結局のところそれしかない。
「何とかできる………って約束は出来ないけどな。あんまり大きな話過ぎて、本当にどうにか出来るって自信はない。けど………やれるだけ、やってみようとは思う」
まぁ、それだけ言うのが限界だったけど。あれだけかっこつけておいてなんだが、正直自信がある訳じゃない。やるかやらないかなら、やるしかないと言うだけで。
だが、フェリスはポカンとした表情で俺を見つめていた。暫く無言で見つめ合い………そっと彼女の名を呼んだ。
「フェリス?」
「え?あ………えっと。本当にいいの?」
「それさっきと同じ質問だぞ。何度も言うけど………やるしかないだろ?俺が死んで解決するならそうしたけど、そうじゃないんなら………俺は、その運命に抗う」
既に故郷の運命だって変えたんだ。なら………今回の運命だって変えられるはずだ。けれど、絶対とは限らない。そう簡単な話なら、最初からこんなことになっていないのだから。
だから俺は表情を固くしつつ、フェリスに告げた。
「けど、もし俺がその運命に抗えず、人の敵となるようなら………その前に、お前が俺を殺してくれ」
「………私が?」
「あぁ。こんなこと、お前にしか頼めないからな」
俺の言葉に、パクパクと口を動かして何かを言おうとしては、黙り込むと言うことを繰り返すフェリス。それが暫く続き………ようやくフェリスは小さく頷いた。
「………分かった。約束する」
「ありがとな。………さて、じゃあそろそろ寝るか。明日は朝早いし」
早く帰って元気な姿を父さんに見せてやりたいしな。あと、臍を曲げてるであろう幼馴染がちゃんとでっかくなったか見てやらないといけないし。
俺はテラスから部屋に戻った。その後を、フェリスはゆっくりと着いてきて………不意に、彼女は俺の服の袖を掴んだ。
「どうした?」
「ご主人様………その、ありがとう」
「礼を言うのはまだ早いさ。………ほら、さっさと寝るぞ」
俺は部屋の明かりを消してベッドに入る。彼女は少しだけ間をおいて、いつものようにフェニックスの姿になってベッドに入って来た。いつもより少しだけ近い距離で密着するモフモフとした羽毛の感触がとても心地いい………まぁ、モフモフすぎて流石にちょっと暑いのが難点だけどな。