28話
父さんの問いに、目を見開いて俺は何も言えなかった。何かを答えようにも、真偽を確かめると問いと言うよりは、確信を持って告げられたものだったから。
何故、と言う疑問より先に、国王陛下との話の内容に疑問が向いた。話の流れからすれば間違いなく、父さんに【天焔】の事を伝えたのは国王陛下だ。
だが、それはそれで疑問が浮かんだ。なぜ国王陛下がその事を知っているのかと。この守護者の力が無くとも、魔龍を打倒した記録はある。俺が異例なほどに幼い年齢で偉業を成したとは言え、それだけで確信に至れるのか。
「………なんで?」
「隠さなくてもいい。何故私が知っているのかはもう分かっているんだろう。その上での問いかもしれないけどね」
父さんはため息をつく。俺は動揺で普段より回らなくなった頭で、情報を拾っては繋げていく。エリーから聞いた魔力の話、父さんが話したルーナの話。そして、【天焔】の話。いや、考えるまでもなく答えは一つしかなかったのかもしれない。
「ルーナも………【五属の継心】の継承者なのか?」
「あぁ。彼女は人々の希望と信念を束ねた光の変異魔力、【命煌】の継承者だ」
「っ………」
俺以外の守護者の力。エリーは、この力は既に人が手放した物だと言っていた。だから、同じような人間はいないんだろうと勝手に決めてつけていたけど。
「守護者の変異魔力は、属性に違いはあっても本質的な類似性があるらしい。私には魔力を感じる能力がないから、それがどんな物かは分からない。けれど………」
「………国王陛下には、魔力の感知能力があった。そして、事故を起こして魔力を封印する前のルーナの魔力と、謁見で会った俺の魔力に類似性があるのを見て確信した」
言葉を切った父さんの続きを、俺が続けた。父さんはそれに無言で頷き、更に話し始めた。
「その通りだ。君の火の偉業を聞いた時から、国王陛下は予感していたらしい。でも、ただ一つ君と彼女では違うところがあった。それが、君の中にある【天焔】は安定し、人々を守る力として目覚めていることだ」
「………じゃあ、ルーナの力は」
「あぁ。人が制御しきれない力………種を脅かす存在を排除する力としての側面のみが暴走し、無差別に周囲を破壊する力になっている。だからこそ、国王は特殊なマジックアイテムで、無理やりルーナの魔力を抑え込んでいるらしい」
この俺の中にある力を抑え込めるだけのマジックアイテムをどこから?そんな疑問が浮かびはしたが、それ自体はあまり重要じゃない。ただ、幾つか確認するべきことがあった。
「………その話と、俺とルーナの婚約の話は関係してるのか?」
「している。変異魔力はその性質上とても不安定だ。これに関しては、継承者である君が最も理解しているかもしれない」
「………そうだな」
遥か昔から受け継がれ、人々の感情と力を蓄積した魔力。そもそも、人の感情と言う不安定で大きな物を根源としてるだけあって、この力は不安定だった。
あの日、この力と俺の感情が同調し、俺は何とかこの炎に適応することが出来た。それでも完全に俺を害する危険性が無くなったわけではないが、これは本来既に人の手に余る存在となった【天焔】がある限り、いつまでも付き合い続けなければならない制約なんだろう。
「さっき、異なる変異魔力には類似性があると言ったね。つまるところ、それぞれの守護者の力は差異があっても本質的に同じものだ。既に安定化し、守護者として目覚めた君と物理的にも、精神的にも近い距離にいることで、ルーナ様の中にある【命煌】の安定を図れる。国王陛下はそう考えたんだ」
「………つまり、最初からそのつもりだったと?」
「あぁ。白の裁徒が介入してくるのは、完全に想定外だったらしいけどね。ただ、君が言った通り、国王陛下にとって好都合だったと言うのは間違いじゃない。少なくとも、ルーナ様が君に抱いた恋心は本物だったらしいからね」
あの連中の介入は、この流れに持っていくための国王のパフォーマンスかと疑っていたが。流石にそこまで過激ではなかったらしい。恐らくは、もう少し根回しをしてからそういう話に持っていく算段だったのかもしれないが、今回はそれを全てひっくり返す出来事が起きてしまった。
口実も、ルーナの感情面でも揃ってしまったんだから。ただ、俺の同意が得れなかったという誤算はあったのかもしれないけど。
「でも、こうして国王陛下が父さんに話したってことは………【命煌】の話をしてでも、ルーナの力を安定化させなければいけないだけの理由があるってことだよな?」
「うん。まず1つ目に、ルーナ様の力を抑え込んでいるマジックアイテムも、ずっと抑え続けれるわけじゃない。強大すぎる力に、少しずつ効果が弱まっているらしい。そして、色々な事情があって同じ物を用意するのも困難だ。もし次暴走するようなことがあったら………」
言わなくても分かるだろう?そう目線で語る父さんに、俺も頷いた。俺の炎と同等の力が、制御も出来ずに無差別に振るわれるのだ。当然、そんな脅威に対して行われる対処は一つだけだった。
「………なるほどな。それで、1つ目って言ったってことは2つ目もあるんだろ?」
「あぁ、その通りだ」
父さんは頷く。ただ、その表情は決して明るい物では無くて。そうさせるだけの理由があるのだと理解して、俺もいつの間にか手に力が入っていた。
「人が手放したはずの守護者の力の継承者が、今になって突然現れた。それは………我々人間と言う種に、脅威が迫っている可能性があると言うことだ」
「………待ってくれ。じゃあ、俺は」
「ノインが人と言う種を守るために戦わないといけない。そういう事かい?領主様」
俺の言葉を遮って、エリーが断りもなく執務室に入って来る。ただ、同時に言い放った言葉には、俺が咄嗟にエリーを止めようとした言葉が詰まる程の怒気が含まれていた。
少なくとも、俺はこんなエリーの表情を見た事が無かった。明確な怒りを持った、青い瞳で鋭く睨みつける彼女の表情を。
「………エリシア。これはノイン自身の」
「違う。彼の問題は僕の問題でもある。ノインと僕の仲を知っていて、関係ないとは言わせない。僕たちは幼い頃から共に高め合い、共にはしゃぎ、共に成長してきた唯一無二の、僕の一部のような存在だ。既に彼はこの地を救うと言う使命の為に、その命を賭した。もし彼にこれ以上大きな使命を背負わせるのなら僕は―――」
「エリー」
俺は、エリーの肩を強く掴んで言葉の続きを止めさせる。それ以上は言ってはいけない。そんな思いを込めて、振り返ったエリーの目を見る。彼女の瞳は、怒りと不安を孕んで俺を見ていた。だから、彼女を安心させるように俺は頷く。
そして、父さんの方を見た。
「ごめん。父さん。俺には………荷が重いよ。この地を救いたいと願って戦っただけで、俺は死にかけた。助かったのは、運が良かっただけだと思う。人類を守るとか、そんな大きな使命を背負うなんて大きな使命………今の俺じゃ、とても考えられない」
「………そうだね。けれど、一つ訂正しなければいけない点がある。それは、この人類の危機と言うのはただの憶測にすぎないと言う事だ。そして私も、君にその使命を背負えと言いたい訳じゃない。もしここで、君が背負うと答えていたら………私はきっと止めていたよ」
「………つまり?」
「今悩む問題ではないと言う事だ。ただ………」
言葉を切った父さんに、俺とエリーは表情を気張らせる。だが、父さんは少し表情を緩ませつつも、真剣な声で言葉を続けた。
「ルーナ様の件は、事実として迫った事態でもあるということだ。このままルーナ様の魔力が安定しなければ、彼女は………成人と同時に処刑されなければならない」
「………魔力を抑え込んでいた間に、魔力が沈静化する可能性はないのかい?」
「それがあり得るかどうかは………ノインの魔力に幼い頃から触れていたエリシアが良く分かっているのではないかな」
「………」
エリーは無言を返す。それだけ、答えは明らかだった。つまるところ、俺に与えられた選択は二つ。俺には関係ないと突き放し、今までの日常を続けるか。ルーナの命を救うために、今までの日常を変えるか。
見捨てるのは簡単だ。いくら人の命とは言え、俺の見えないところで死なれる分には関係がない。でも………俺は、幼い頃に自身にも危険があることを承知したうえで、俺の魔力を制御できるようにとずっと一緒にいてくれた奴がいた。あの日々が無ければ、間違いなく俺は魔龍と対峙する事もなくこの身を焼いていた。
そんな幼馴染の隣に立つ俺が、関係ないと断じて彼女を見捨てていいのか。
「分かった。ルーナの件は、俺も協力する。けど」
「………けど?」
「婚約を受ける気はない。他の代案を用意してくれ。いくら人の命を救うためでも、良く知りもしない相手と婚約するのは素直に受け入れられない。感情や心を起源とするのなら、まずはルーナを受け入れられないと互いに反発しあうだけだと思う」
「………分かった。国王陛下にはそう伝えるよ」
「あぁ、頼んだ」
今ならわかった。ルーナがあの日、抵抗しなかった本当の理由が。国王が彼女の命の対価に王座を下りれない本当の理由も。どちらにせよ、彼女はあのままでは成人で死ぬことが決まっていたのだから。
勿論、あの日答えた理由も嘘ではないだろうけど。本当に見捨てるのであれば、あの式典にリスクを背負って顔を出す理由が無いのだから。
一通り話が終わると、俺達は執務室を出る。すると、エリーが申し訳なさそうな顔をして俺に頭を下げて来た。
「………申し訳ない。最初は盗み聞きをするつもりは無かったんだ。ただ………」
「いや、ありがとな。俺のために怒ってくれて。後、エリーが言ってくれた言葉、嬉しかったよ。俺にとっても、お前はなくちゃいけない存在だから。これからもよろしく頼む」
「………改めて言う事でもない。当然だよ」
取り敢えず、今はこれでいい。国王も俺が素直に婚約を受け入れるとは思っていなかったはずだし、だからこそ本当の事を話した。なら、恐らくは妥協してでも代案は出してくれるはずだった。
「さて、じゃあ俺は寝るか………エリーはいつまで泊まるつもりなんだ?」
「あんまり予定は考えていないよ。気が向いたらかな」
「そろそろフレジオさんも寂しがるんじゃないか………?」
「ちゃんと顔は見せに行っているさ。ただ、あの日の事をまだ引きずってるようでね。父上の屋敷にいるより、君の傍に居た方が安全だと思っているみたいだ」
「………尚更一緒にいてやれよ」
「僕が言ったところで変わらないさ。あの人はそういう人だからね」
「………そういうところも似てるんだな」
俺が小さく呟くと、エリーは不思議そうな顔をして首を傾げる。まぁ、本人に自覚がないのならそれでもいいけどさ。ただ、そういう意味では俺も同じなのかもしれない。あの時エリーが俺のために怒ってくれなければ………もしかしたら、俺は勝手にまた重荷を背負っていたのかもしれないから。
俺達はそこでそれぞれの部屋に戻り、俺はベッドに横になる。これからまた忙しくなるだろうし、今は寝よう。
大きな欠伸をした俺は、迫って来る睡魔に抵抗することなく身を委ねた。




