すべては銀へ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
くうう……お正月あけのサイフは、なんともさびしいなあ。
太くなるのは身体だけ。懐寒くなりにけり……サイフの口はいったんゆるむと、やたらチリンチリンと落としていってしまうんだよねえ。
これがクレカとかの買い物ですかんぴんなら、より一大事だったな。現ナマだからこそ、容量の限度があってどうにか致命傷で済んでいる……といったところかね。
いつの世も、誰だってお小遣いは欲しいもの。
多すぎても少なすぎても、心が貧しくなっていくやっかいなしろものだが、頼りにしていかざるを得ない。
お金を得る方法もまた様々で、まっとうなものから汚れきったものまで、世界中の人があらゆる経験を経ながら獲得しているもの。
それが時さえもさかのぼるのであれば、奇妙なやり方に事件も出てくるらしくってね。
ついこの間、聞いた話なんだけど耳に入れてみないか?
それはまだ国としての通貨がはっきりと定まっておらず、大陸から入ってきた貨幣を代わりに使っていた時世のころの話と聞いている。
当時、貨幣に使われているのは金属で、現代のような紙幣にあたるものはほとんど存在していなかった。
たとえ正確な額を読み取れなかったとしても、それが金物であるという一点で価値は保証され、売買に使われるのもさほど問題にはならなかったという。
値札がついておらず、具体的な費用は交渉によって決まる流れも、当時は多かっただろうしね。
金属の発掘は国全体でも大切なことであるのは、いまも残る各鉱山たちが物語っている。
しかし、それが山を介するものでないとしたら、一大事に違いない。人手をはじめ、削減できる費用や労力はすさまじいものになるからね。
それを実際にやってのけた最初の例が、某村に住む一人の少年だったという。
家屋の近くに田畑を擁する彼の家は、どうにか作物を荒らす生き物たちを遠ざけんと考えていた。
実際、さすまたなどを携えて出ていこうにも、自分が眠っている間などは対処のしようがない。その手が及ばないときでも、どうにか被害を減らせないものかと思案していたんだ。
カカシのたぐいでも効果はそれなりにあがっていたが、いずれそれらに慣れる獣たちも出てくるだろう。対策は新しく講じ続けなくてはいけない。
その彼が考えたもののひとつに、軒先へ渡した竿へ竹片をくくりつけるものがあった。
風を受けた際の揺れで身体を触れさせあい、音を出すことにより脅していく。ししおどしに似た発想といえるだろう。
竹は入手しやすい材であり、加工も金物に比べれば容易だ。数を用意すれば響く音も大きくなると、彼は軒先へ数十、ときには100を越えて対を成す竹片たちを吊るしていたという。
夜の間も、しきりにかつんかつんと音を立てるが、そう長くは起きておらず、寝入るまでのわずかな時のみの辛抱ではあったのだけど。
細工をはじめて、いくらかの日が過ぎたあと。
彼が起き出して竹たちの様子を確かめるや、目を丸くすることになった。
彼らはいずれも、銀色に身を染めている。その光は武器の刃先を思わせる輝きで、金物に相違ない気配を見せていた。
汚れなどによって、できあがったものではない。
手で拭っても、取れるどころか薄れる様子も見せなかった。ためしにげんのうでもって何度か叩いてみても、その表面にはひびひとつつけることすらできなかったという。
メッキのたぐいではない気がする。
少年はすっかり様子の変わってしまった竹たちをかき集め、売りにかかってみたという。
目の利く商いの者たちが、少年以上の様々な手でもってその状態を確かめたところ、やはりこれは紛れもない銀であるとされ、にわかに少年の懐は潤うことになった。
以降も日をおいて似たような現象は何度か起こり、それは外にさらした竹のみにあらわれる奇怪な現象だったというんだ。
実際、銀を遠慮なく使ったならば獣を追い払う労など考えず、さらにのびのびとした暮らしもできていただろう。
それをしなかったのも、ひとえにこの身へしみついた倹約の習慣によるものだったのかもしれない。
が、この銀の意味はまた、別に意味を持っていたのかもしれないことが、のちに知られるようになる。
少年の活動が最後に確認されたのは、日暮れごろのこと。
彼はその日、体調を崩して家で寝込んでおり、井戸から水を汲みに現れたほんのわずかな時間のみ、村人に目撃されていたんだ。
多少、ふらつきながらも井戸から桶を引き上げて、自前の瓶の中へ注いでいく少年。その背中を見送るのに居合わせた人は、彼が家へ入っていくおり、玄関の戸が光を照り返すのを見たんだ。
玄関の戸のふちは、銀色に変じていたんだ。それはかつて、数えるほどしか見ていないが、彼が手にする竹より変じた銀と同じように思えたとか。
しかし、それを追及するだけのゆとりは与えられなかった。
彼が家へ入ってしまうやいなや、季節はずれの南風が村全体へ訪れてきたんだ。
真っすぐ歩くことが困難になる、風の強さばかりでない。そこに感じる肌の暖かさは、たちまち皮を焦がす熱となって、人を含めた生き物、村にある家屋、そのすべてを襲いはじめたのだとか。
風に含まれる、目で見えないほどの小さな火種。それが時間とともに寄り集まって、身を立てる火となり、炎となり。容赦ない手の広げ方に、人々はたまらずそこから逃げ出すよりなかったらしい。
不可解なことに、村から離れてしまうとかの風にあてられることはなくなり、人的な被害は軽微なもので済んだという。
ただ、あの閉じこもってしまった彼をのぞいて。
高く、村を見下ろすことのできる丘へのぼった者たちの話では、海にもたとえられそうな炎の成す原、すでに崩れ落ちる建築物の中で、彼のこもる家だけは平然とたたずんでいたという。
その家は、全体から周囲のだいだいや赤の色を圧する、銀色の光を放ち続けていたのだとか。
鉄よりも溶ける温度の低い銀ならば、ああして立ち続けることはかなうまい。
目撃した村人たちは、あれが銀を模した別のものであると判断するのは難しくなかったが、確かめる機会はやってこなかった。
この延々と続く火事は、その完全な鎮まりを待つ前に発生した大きな地割れにより、村の残骸もろとも地中へ落ち込んでしまったんだ。彼のこもったあの銀色の家も、ともに。
当時の技術では掘り出すことはとてもできず、以降の長い時間を経たことで、かの村はいまや樹海の底に沈んでいると目されているようだ。
彼の竹にもたらされた銀色は、こうなることの予兆だったのかもしれない。
彼を含めた、取り巻くすべてを貨幣に変じようとしたもののけの仕業で、それをよしとしなかった天の御心とか。
あるいはこの天災にそなえて、家ごと彼の命を守り、いつになるか分からない再びの生の可能性へ賭けさせた彼の家を護るものの意思だとか。
見解は分かれているようだけど。