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人魚の社と白い人

 滋賀県のとある山には人魚が祀られた社がある。

 その地域では有名な話だというそれは、最初は子供が怖がる程度の噂話だった。いつの間にか地域全体に広がり、今では子供から大人までどうも気味が悪いとその山には誰も近づくことをしないらしい。

 興味本位で近付いた者が後日海で溺れただとか、山を拓こうと山の持ち主に話を持ちかけた工事会社が不慮の事故にあっただとか様々な噂があり、それを信じた人達は「これは人魚の祟りだ。怖い目にあいたくないのなら山には近づいてはならないよ」と言って恐ろしがり、子供にも近付かないようにと言い聞かせるほどだとか。

 それでも年に数回、県外からの人が肝試しにと訪れることがある。

 俺はそれが本当のことなのか調べるために、その人魚の社があるという噂の山に来ている。


「結構、高い山なんだな……」


 遠目で見た時はそこまで高い山には見えなかったが、登ってみればかなり山頂まで距離があるようだった。

 安全そうな場所を見つけ一息つく。


「海だ」


 海無し県と言われる滋賀から海が見えるとは思ってもいなかったが、琵琶湖とは違う青い光が遠くで揺れていた。

 涼しい風を感じながら息を整えていると、視界の端で木々の間で何かがきらりと光る。

 太陽の光が何かに反射したのか、それとも他の光源があるのか。どうしてだかそれが気になった俺はそれを探してみることにした。


「うーん……この辺で光ったような」


 ガサガサと生い茂った草をかき分けて進むが光の正体が見つかる様子はない。あまり深入りしても危ないので諦めて引き返そうと屈んだ姿勢を戻して少し伸びをする。すると奥に、まるで人が通るために整備したかのような道があるのを見つけた。


「もしかして、これが人魚の社への道……か?」


 光に誘われる虫のように俺はその道へと吸い寄せられたかのように足を動かした。

 一本道を十分ほど歩いた頃だろうか。地面が深くへこんだところに草木が敷き詰められるかのように茂る場所に出た。おそらくここは干上がってしまった、かつて湖のような場所だったのだろう。

 道は更に奥へと続いた。山の奥は虫の声すら聞こえないほど静まり返っていた。

 俺の足は止まらず進み、穴を避け道が途切れるまで歩いた。途切れた先にあったのは、小さな小屋のようなものだった。

 小屋はそこらじゅうが朽ちており、人が長らく住んでいないことを示していた。壁には植物の蔦が絡み苔が生えており、屋根は辛うじて雨をしのげるほどには存在していた。

 小屋の扉へ手をかけると、扉はガタリと音を立てて倒れた。


「し、失礼しまーす……」


 一応挨拶をして小屋の中へと入る。掃除されていない所を素足で歩くわけにもいかず、心の中で謝罪しながら土足で進む。床は所々抜けており、歩く度にミシミシと嫌な音がなり不安を煽るがそれでも俺は進んだ。何故なのかは分からない。

 ただ、何かが俺の背中を押しているような気がした。


「ひっ……」


 進んだ先にあったのは人間の遺骨だった。

 何年も前に死んだのであろう。肉が綺麗に腐り落ち骨だけがそこにあった。生前着ていたものなのか、白い布が足元を覆っていた。そしてその遺骨は大事そうに何かを抱えているように見えた。その何かに俺は見覚えがあった。


「あれって……確か骨壷が入ったやつじゃ……」


 白い布に包まれた四角い箱。それは骨壷を入れておくものだった。それを骨となった人が抱えていたのだ。


 ――ぽちゃん


 突然聞こえた水の音に俺はびくりと肩を跳ねさせ驚いた。


 ――ぽちゃん――ぽちゃん――


 その音はまるで遺骨から離れろと言うかのように先程俺が来た方向から聞こえた。

 遺骨から離れ音のする方へ足を向けようとして少し思い直し、遺骨の前にしゃがんで手を合わせる。流石に埋葬することは出来ないが手を合わせて祈ることくらいなら俺にも出来る。


 ――どこのどなたか存じませんが、どうか安らかに。


数秒目を閉じて心で祈る。目を開けて立ち上がり来た道を戻る。

 小屋を出ると少しひんやりとした空気に身震いをした。そのままあの干上がった湖がある方向へと足は進む。

 するとどうだろう。あの干上がって草が茂っていた湖が、何故か美しく澄んだ水で満たされているではないか。


「どういうことだ……こんなこと、ありえない」


 ――ねぇ、そこにいるの?


 どこからか聞こえた女の声を遠くで聞きながら、俺の意識は遠のいた。

 

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