⑳鬼と鬼
「……怠鬼人? 何だそりゃ」
馴染みの無い呼び名に困惑するリチャードだったが、答えるレイビリートの表情は実に判り易かった。
「トロールは、鬼人種と呼ばれる種族から稀に現れる変異種なんですが……一番厄介で、一番性質の悪い奴です」
そう言う彼女の顔は、嫌悪と侮蔑で歪み切っていた。
鬼人種とは、この世界に於いてかなり突出した存在である。平均的な普人種と比較して倍近い体躯と屈強さを誇り、そしてその肉体に裏打ちされた戦闘力が売りの種族なのだが、では何故にリチャード達は知らなかったのか。理由は単純で、彼等は常に単独か夫婦でのみ行動せず、その人数は非常に少ないからであった。そしてその中に時折、全く異なる存在の子が生まれるが、それがトロールである。
「……オーグは、戦いの中に身を晒し自己の強さを求め続けます。それは我々ですら敬意を抱かせる程なんですが……トロールは全く違います」
レイビリートはそう言って説明するが、続けてトロールについて話す彼女の態度は急転する。
「……トロールは、オーグより更に頑丈な肉体と再生能力を有していますが……その精神は病み切り、殺戮と無秩序を撒き散らす害悪そのものなんです」
レイビリート曰く、戦いに自らの価値を求めるオーグと相対し、トロールは己の肉体に備わった再生能力に陶酔し、技量を磨き研鑽する事よりも弱者を嬲る事にしか興味を示さないという。
「……何よりトロールが忌み嫌われるのは、殺した相手の肉を喰らう貪欲さです。その執念は極めて深く、手傷を負わせた相手を執拗に追いかけ回し、親族の眼前で生きたまま食らう姿をわざと見せつける程で……」
「判りました、では私が排除します」
だが、レイビリートの話を遮りながらアンは立ち上がり、真っ直ぐ伸びて左に曲がる廊下を進み始める。
「……えっ? ち、ちょっと待ってくださいっ……私の話を聞いてましたか!?」
レイビリートは慌ててアンを止めようとするが、彼女はそのまま進みながら振り返りもせず、
「……相手が何であれ、排除対象になれば同じです。撃って倒し、倒れなければ殴って殺します」
まるで木でも伐りに行くように平然とそう告げて、肩に担いでいた短機関銃を構え直しながら進み、曲がり角の端まで辿り着くとしゃがみ込んで露出する面積を最小限に抑えながら、
「……白く醜い巨人が居ます。速やかに撃って排除します」
無機質そのものの声でそう告げると、パパパパパパパパパッと抑えられた発射音を響かせつつ引き金を絞る。そして、やや遅れながら空になった薬莢が金属音を響かせて次々と床の上に転がり落ちた。しかし、
「……全く、呆れる程の頑丈さですね」
アンは銃口から発砲煙を靡かせながら構えを解いて呟き、空になった弾倉を素早く外して新たな弾倉と交換し、コッキングレバーを引いて装填を終えると曲がり角から離れて後ろに下がる。すると、つい今し方まで彼女が居た角の壁面に太く歪んだ指がべたりと張り付き、軽く力を籠めただけで壁を支える柱が焼き菓子のようにくしゃりと砕け散った。
「……なんだぁ、お前ら……見ねぇ顔だなぁ……」
そして、曲がり角からニュッと現れたのは、病的に白い肌と鬼人種特有の額に角質化したコブが一つ隆起し、鋭く尖った牙が並ぶアゴを備えた面妖なトロールの顔。そして、低く濁った声で呟きながら現れたその身体には、アンの撃った弾痕が無数に残っていたのだが、
「……痒いぃな、ぞれにじでもよぉ……壁の向ごう側のガギ共に、手ぇだずなぁって言われだがらよぉ……溜まっでだんだぁ……」
そう言いながら腰布一枚きりの身体に残る弾痕をボリボリと掻くと、内側から銃弾が押し出されてぽろりと落ち、直ぐに白い煙を出しながら傷口が塞がってしまう。
「……んだぁ、お前……オンナの成りしてんのに、匂いばぁしねぇ……紛いもんにゃあ、用は無えぇなぁ!!」
そして朴訥にそう呟きながらトロールはぬばっと腕を振り上げると、口調から想像も出来ない程の俊敏さで拳を振り下ろし、アンを床材もろとも押し潰した。唐突な動きにレイビリートとニーシェは悲鳴を上げかけたが、反してリチャードは微動だにしない。
「……オドゴばぁ、後だぁ。先に喰らうばぁ、オンナがらぁだなぁ!!」
一人目を殺りきったと思いながらトロールはぐにゃりと嗤い、そう言いながらリチャードを払い除けようと腕を胸元に引き寄せるが、ぽっかりと目の前に開いた床の穴から何かがトロールの額に直撃し、綺麗な弧を描きながら真後ろに仰け反った。
「……久方振りに、頭にキマした」
そう言って、砕け散った床材の間からアンが木屑を撒き散らしながら飛び出す。そして、手に持っていたレンガをフリスビーのように抱え込むと、体幹を軸に回転しながらトロール目掛けて投げ付ける。しかも、二発目のそれが狙う先は……後ろ向きに倒れているトロールの股間だった。
「……ごぉおおおっーーおっ!?」
先程までの怠惰な雰囲気から一転、めり込んだレンガで砕かれた睾丸を抑えながらだくだくと脂汗を流すトロールに、アンは冷ややかな眼差しを向けながら、
「どうせ再生するのなら、同情の余地は有りません。せいぜい痛がって、残された余命を味わいなさい」
と、慣れている筈のリチャードも肝を冷やすような事をさらりと言い退けた。
「……お、おおぉ……、オンナだと思うでぇ、手加減じだばぁ……損じだなぁ!!」
だが、やはりと言うべきか……一弾倉分の銃弾をものともしない再生能力に裏打ちされた頑強さは遺憾無く発揮され、悶絶していた筈のトロールはむくりと起き上がりながらそう叫び、青白い顔にみきみきと血管を浮き上がらせつつ床板に両手の拳を叩き付けた。
「下がれっ! ! 巻き込まれるぞ!!」
リチャードが叫びながらレイビリート達を押し戻すと、トロールとアンは二階から階下へと落ち、危うく難を逃れたリチャード達は階段を降りて一階へと避難した。




