⑲工房襲撃
この世界に於いて、武装した人間を一方的に屠るのは簡単ではない。気配を殺し、足音を忍ばせながら背後から近付くだけでも難事だが、狙われる事を想定して鎧を着た兵士ともなれば常に気を配る。一定間隔に立ち互いの背後を視界に入れつつ、決まった時間になれば声を掛けて異常が無いか確認するのだ。
【 ……配置に着きました、直ぐに始めます…… 】
工房から十分な距離を保った狙撃ポイントに到着したモルフはそう報告し、背負ってきたT5000のバイポット(地面に立てて銃身を固定する器具)を広げて立て、その背後に身を横たわらせながらスコープのカバーを跳ね上げる。
【 ……視界に問題無し……光源から一番離れた歩哨を撃ちます…… 】
無線越しに話しながらモルフは暗視スコープを覗き、十字模様の中心に兵士の頭部を捉えて引き金を絞る。
【 ……クリア、次を狙います…… 】
ポシュッ、と鈍く弾けるような発射音が人気の無い暗闇の中に響き、遠く離れた歩哨の頭が一瞬で消え失せる。ドサリと重く湿った音が鳴り、それに気付いた他の歩哨が不審げに辺りを見回しながら仲間の居た場所に近付くが、
【 ……クリア、次を狙います…… 】
再びモルフがそう告げると、二人目の歩哨も死んだ仲間の後を追って闇の中に溶けていく。モルフはそうして次々と歩哨の頭を狙って引き金を絞り、最後の一人を物言わぬ骸に変えてから、
【 ……オールクリア……です…… 】
五発目の狙撃を終えて目標の居なくなった外縁部を見回してから、落ち着いた声でそう告げる。
「……相変わらず凄ぇな、五回撃って一回も撃ち漏らし無しじゃん」
(……うーん、そうかな……でも、たまに外すけど……)
狙撃の補助で付いていたミリオがそう言うと、モルフはそんな彼の賞賛を受け流す。
「たまに、って前に外した一回だし、それも直ぐカバー入れて終っただろ?」
(……そうだけど、アンさんみたいに外さない方が、いいんじゃない?)
「あの人は別格だろ、別格!」
そして、そんな言葉を掛け合いながら銃を仕舞うモルフのお尻を眺めつつ、ミリオは体型ならアンよりずっと魅力的なんだけど、と心の中で呟いた。
「……首から上が無くなっている……まるで巨人が千切り取ったみたい……」
「私達が居た場所よりもっと後ろから撃ったんだよね……信じられないなぁ……」
モルフによる五回目の狙撃が終わった時、レイビリートとニーシェの二人は借りた双眼鏡を使いその状況を見ていたが、いざ外縁部に到着しその凄惨さと正確さを目の当たりにすると、つい言葉が漏れてしまう。狙われた兵士はいずれも鋼の胸当てを付けていたが、その襟元を含め肩から上がそっくり消え失せていた。無論、撃たれた方は兜を被っていたのだろうが、そんな物は頭蓋骨の破片と共に粉々に砕け散っていた。
「……歩哨がまた湧いてこないから、夜の交代番はまだ先なのでしょう。今のうちに侵入しましょう」
モルフ達を後方に残したまま、リチャードとアンはエルフの二人を連れて真正面から工房に入っていく。当然、相手が何らかの対抗策を講じてくる事を予想し、リチャードとアンが先行して進み、その後方からレイビリートとニーシェの二人が続く。
工房と呼ばれているその施設は、ヒラリエ国が崩壊する以前は小高い丘の上に造られた迎賓館で、ヒラリエを訪れる外国の客をもてなす館として機能していた。だが、今は当時の面影は外壁のみで、外を隔てる扉の大半は取り外されていた。
(……一階は倉庫と詰所かな、それ以外は二階に集められているみたいだ)
(作業員を監視する為でしょう、その方が効率的ですから)
接敵しないまま二人は内部を進み、幾つかの部屋を覗いて見当をつける。奴隷を使い生産を行っている事を考慮すれば、彼等を監視下に置ける環境は二階に詰めた方が容易いだろう。
「……では、銃を出荷するまで見張りの仕事は、脱走と警備の二つになる訳ですね」
「そうだと色々助かるんだが、どんなもんだか……」
リチャードはレイビリートにそう答えながら一階奥の扉を開け、中に人が居ない事を確認してからアンの後を追う。だが、彼女は次の扉の前で停まり、動こうとしない。その意味を悟ったリチャードは背後を向いて口元に手を当て、後続の二人に無音で行動するよう示す。
アンがリチャードの方に身体を向け、掌を上下させ、そして指を二本出して扉の中に向ける。そして、扉の取っ手を掴まずそのまま真正面に立つと、膝を折り曲げて踵を一気に打ち付けた。
ガゴッ! と勢い良く弾け飛んだ扉が部屋を突っ切る中、アンとリチャードが吸い込まれるように部屋の中へ飛び込む。その扉が内側に居た男の身体にぶち当たり、絡み合いながら壁に押し付けて沈黙させる。
もう片方の男がベッドの上で組み伏せていた少女の身体から離れようとするが、アンの容赦無い回し蹴りを頭に受け、首を捻り折られ砕けた歯と千切れた舌を散らしながら倒れていった。
「……そういう訳か、そりゃあアンさんもキレて当然だな……」
リチャードがそう言いながらベッドの上に横たわる娘を見るが、一糸纏わぬ裸体と手首に巻き付いた紐、そして焦点の合わぬ視線は天井を見たまま全てを拒み、一切の感情を欠落させていた。
「……この娘、既に壊れ切ってます……まだ若いのに……」
「どうします? ……何か聞いても、答えてくれないと思うけど……」
エルフ達が裸の娘の拘束を解き、床に落ちていた服を被せてやるが彼女の反応は無く、ただ無言のままゆっくりと肩を揺らして呼吸するだけだった。
「今は置いていく、連れて行くかは後で決める。二階の様子が判るまではな」
扉と壁に挟まれて動けなくなっていた男の眼にショットガンの短剣を突き刺しながら、リチャードはそう言ってアンの後を追って部屋から出る。レイビリートとニーシェはどうするか暫く考え、ベッドの上に娘を置いたまま二人の後を追った。
「……どうだい?」
「……何か様子が変です。確かに複数の人間が居る音は聞こえるんですが、警備が手薄過ぎる気がします」
階段の中段に伏せて視線を切りながら二階を監視しているアンに合流すると、リチャードに向かって視線を定めたまま彼女が告げる。アンの聴力が常人を遥かに上回っているのは明白だが、それを以ってしても判らない事はあるようだ。
「ちょっと待っていてください、探るならお手伝いします……」
二人の元に合流したレイビリートがそう言うと眼を瞑り、二人には判らぬ魔導由来の知覚を拡げて辺りを探ると、
「……作業員らしき集団が左側の大部屋に集められているんですが、そこに行く廊下の真ん中に何かが待ち受けています……」
眼を開けてリチャード達にそう告げ、そして心底嫌そうな顔になりながら続けた。
「……たぶんですが、怠鬼人でしょう」




