⑤様々な遺物
「……駄目だな、ここは食料の類いは見当たらん」
(……そうなんですか、判りました……)
一つ目の建物を二階から一階へ移動し、粗方探索し終えたリチャードがそう告げると、モルフは小声で呟いた。無論、彼女の身体は先刻の乱闘で傷付き、出来るだけ早く安全な場所で休息と共に治療をしたかったが、そんな時に限って何も見つからないものである。
諦めながら二人は建物を後にし、廃工場の敷地を区切る塀に沿ってパイプラインの下を潜り、平時は通用門として機能していた警備所から表通りに出た。
「……それにしても、静かなものだ」
(……これだけ広いと他の探索者とも、なかなか行き合わないものですね……)
そう答えるモルフだったが、リチャードにすれば他の探索者と会うのは避けたかった。ここが法の下に統治された場所ならともかく、私利私欲を秘めながら物資を漁る目的で訪れる者が大半だろう。もし、好戦的で略奪も辞さない輩と遭遇した時、見逃して貰える保証は何処にも無いのだ。
ともかく、今は医療品と食料が欲しい。それを優先するならば……と、四方を見回していたその時、彼の目に留まる物が見えた。
「……お、あれは……戦車か?」
少し離れた通りの端に鎮座しているのは、長い砲塔と草木の色で彩られた外装、そして特徴的な無限軌道の側帯と、何処から見ても戦車そのものだった。但し、それが自分達の目的に見合う物を有するかどうかは判らない。
(……大きな乗り物……でしょうか……)
当然ながら、戦車も何も判らないモルフは全く理解していないようだが、詳しく説明しても仕方ない。リチャードもあの場所で悪鬼と遭遇するまでは、そんな奴が居るとは思っていなかったのだ。
「まあ、とにかく行ってみよう。戦車といえば必ず補給車が随伴するし、動かすのに人数が要るから食料もあるかもしれん」
(……えっ、中に人が入って動かすんですか?)
何気無くリチャードがそう言うと、モルフにも戦車が何か判ったようだが、その中に人がぎゅうぎゅう入り押したり引いたりして動かすと誤解している事は、流石に彼も気付かなかった。
「……これ、戦車なのか……?」
(……私に聞かれても……どうなんでしょう……)
通りの真ん中を避け、草の生える道路脇を抜けて近付いた二人が辿り着くと、二両の近代的な低い車体の戦車、そして二台づつの装甲車と四輪駆動車が鎮座していた。当然、辺りに動く人影は一切見当たらず、不気味な程に静まり返っている。
「まあ、いいか。それにしても、何処から中に入るんだ……?」
リチャードはショットガンを担いだまま、戦車の周りを回ってみる。しかし、砲塔や出入口はしっかりと密閉され、外からどうやって開けるか見当もつかない。試しにショットガンのストックでゴンゴンと叩いてみるが、何も返答は無かった。
「……仕方ないな、他を探そう」
諦めたリチャードは戦車から離れ、続いて装甲車に近付いてみる。大きな六輪のタイヤを付けたそれは、回転する銃座に機銃を装備した、歩兵戦闘車と呼ばれる水陸両用タイプである。但し、二人には全く縁の無い事だが。
(……これもまた、大きな乗り物ですね)
「……まあ、見た事の無い戦車だ。動かなければ何も心配は要らないが」
これも乗り込む為に何らかの方法で出入口を開けないと、厚い鉄板に阻まれる。外から簡単に開けられれば敵に破壊されてしまうし、それも当然だろう。しかし、そのうちの一両は、背部の乗降口がほんの僅かだけ開いていたのだ。リチャードがそれに気付き、隙間に指を差し込んでぐっ、と力を籠めてみると……開閉部のヒンジが錆びていたのか、軋んで重く動かない。しかし……
(……あっ、リチャードさん! 少しづつ開きますよ……!!)
「ぐっ……あ、ああ……ぁあああっ!!!」
リチャードがグンッ、と扉に力を掛けて強く引くと、遂に鉄板の扉が外側に開き、ぐぁんと大きく弧を描きながら開いた。だが、開くと同時に中から猛烈な腐敗臭と共に大量のハエが飛び出し、リチャードは思わず身を仰け反らせて扉から離れた。
「……ぐぅ、腐った死体……か」
(……目が、痛いです……)
二人が装甲車から離れると、扉の向こうから飛び出したハエの大群が暫く周囲を飛び交っていたが、やがて綺麗に姿を消した。そして、後に残されていたのは予想通り車内に残された、戦車兵らしき白骨化した人間の亡き骸と、それに集っていた大量のハエのサナギの殻だけだった。
「……密室に残されてた死体に、隙間から入ったハエが卵を産み付けて、その結果がこれか……」
吐き気に耐え切れずその場から離れたモルフに目を配りつつ、リチャードは冷静に判断する。最初に感じた異臭にも直ぐに慣れ、開いた乗降口から中を観察してみると、車内に有ったのは二体の亡き骸のみ。それ以外に、生きている者は居なかった。
(……私は、大丈夫です……ただ、涙が止まらないだけです……)
「判った、少し離れていて……中を見てくる」
強烈な死臭に苦しみつつ、モルフが健気に告げる。彼女を気遣いつつ、リチャードはそれでも車内に踏み込んで残された物は無いかと探ってみる。
(……んっ? これは……携行糧食……かな)
予想が的中し、向かい合って座る車内の座席部分を持ち上げると、中から包装された食料が箱に入ったまま幾つも現れた。これで当座の食料は困らないだろう。
「ううぅ……鼻が曲がっちまう……が、肉付きの腐敗途中よりはマシか……」
最初はあれだけ苦しんだ刺激臭も、不思議と直ぐに慣れてしまう。それに、戦場で敵味方双方の死体を嫌という程見てきているせいか、黄色い骨と化した亡き骸に恐怖心は湧かなかった。
後は医療品さえ見つかれば、言う事は無い。だが、もし重篤患者に使う手術用の麻酔薬や抗生物質が出てきても、衛生兵ではないリチャードは使えない。
「……モルフさん、一先ず食料は見つかったよ」
(……わっ、沢山ですね……沢山……♪)
医療品は無かったが、丈夫なボール紙に入った携行糧食を抱えて外に出ると、出迎えたモルフが嬉しそうに微笑んだ。前のとは違う見た目なので、きっと違う味だと期待しているかもしれない。
「これを入れるバッグが有ればありがたいが……」
(……あの、これ……使えますか……)
と、リチャードに向かってモルフが差し出したのは、スポーツ用品を持ち運ぶダッフルバックだった。近くに放置されていた車両の座席に、空のまま放り投げられていたらしい。ジッパーを開けてガサガサと入れてみると、結構な量が運べそうだ。
「うん、これはいいな」
(……よかった、お役に立てて……)
そう言って微笑むモルフの頭を撫で、肩から提げてみると、ズシリと重い。持ったまま戦うのは難しいか、とそうリチャードが考えていると、
(……あの、私が……持ちますよ?)
彼女がそう言いながら肩提げベルトに縋り付く。結構な重さなので彼は少し迷ったが、
(……平気です、それに……これが、仕事ですから……)
そう健気に言い張るモルフである。リチャードは割り切って彼女に託す事に決めた。
「うん、頼む……でも、何かあったら直ぐに捨てるんだ、いいか?」
(……はい、でも……ううん、そうします!)
ややふらつきながら荷物を背負い、しっかりと返答するモルフに、
「よし、無理はするなよ? 命あっての何とやら、だからな」
そう告げてからリチャードは、放棄された装甲車から離れた。
それから二人は大きな通りを横切り、視界の開けた場所を避けて林の中を抜け、製材所の跡地に辿り着いた。無論、そこにも人の姿は見当たらず、鳥の囀りと木々の梢を抜ける風の音しか聞こえない。
(……ここは、何をする所……ですか?)
「うん、切り出した木を加工する所だよ。ほら、大きなノコギリがあるだろ?」
リチャードが作業台の上に見える回転刃を指差すと、モルフも理解したらしくフンフンと頷く。そして、丸太が積み上げられた間を二人は抜けて進む。
その製材所は人が出入りする建物も少なく、事務所が一棟、そして作業員が休む簡易休憩所が二棟あるだけだった。先にリチャードが事務所に近付き、周囲を見回して待ち伏せする者が居ないのを確かめてから、モルフを手招きした。そして、彼女を入り口付近に待機させながら、慎重に中の様子を窺ってからリチャードが踏み込む。
「……殺風景だな……でも……おっ!」
(……何か、ありました?)
製材所と判ったリチャードは、事務所の引き出しを上から順番に開けていったが、やがて目論見通りの品を小さな木箱の中に見つけて声を上げた。
「包帯とガーゼに、これは……止血帯かな? それに……ベンジンと消毒用アルコールだ」
(……?)
「よし、モルフさん。ちょっと傷の具合を見せてみて」
(……は、はい……)
目当ての医療品を見つけたリチャードは、モルフを呼び寄せて手当てをする。手足に出来た擦過傷を消毒し、ベンジンを塗ってからガーゼを当てて包帯を巻く。たったそれだけの事だが、モルフは火で傷口を炙られやしないかと最初は身を震わせていた。
(……えっ、これだけ……ですか?)
「ああ、軽い傷だからね。縫わなくていいし、薬も塗らなくていいだろう」
けれど治療はあっさり終わり、拍子抜けしたモルフはしげしげと包帯が巻かれた手足を眺めていたが、
(……リチャードさん、スゴいです……!)
「そ、そうか? ……まあ、そんな事ないよ」
近代的治療法に目を輝かせながら喜ぶモルフに、若干恐縮しつつリチャードは答えた。だが、警戒しながら探索していたので、進んだ距離の割りに収穫は少ない。モルフから見ても村の交易所で利益を得る方法は、携行糧食をバラして卸す程度だろう。
二人はそう話しながら製材所を後にし、林の中を通って廃墟の町に戻る途中で、日の光が山の向こうに消えていった。
「暗くなってから山を越したくないな……」
(……そうですね……)
「……よし、ここで一夜を明かすか」
リチャードがそう告げると、危険な魔物が彷徨くこの場所に泊まる不安と、肩に担いだ携行糧食への期待で、モルフは何とも言い様の無い表情になった。




