⑮拉致
ガンクの穀物商を出て自分の店に戻るかと思われた男だが、何か報告するつもりで店には戻らず教会に向かって歩き出す。しかし、彼の意識は不意に忍び寄る誰かの手で容易く刈り取られ、そのまま何処かに連れ去られてしまう。
「……くそっ、何が……」
暫くして男の意識は戻ったが、まだ混乱しているのか朦朧としながら眼を開く。しかし頭からすっぽりと麻袋を被せられ周囲は全く見えない。薄く光を感じる事が出来るが、そこが何処かは判らなかった。
(……アーカイバの走狗に答えを聞きに来て、その場で……油断し過ぎたか)
小振りな銃を持っていた筈だが、既に取り上げられているらしい。更に椅子に両手と両足を縛り付けられているからか、身動きも出来ない有り様である。
「……こんな事をして、どうなるか判ってるんだろうな……」
「はい、良く理解しています。では、質問を始めます。武器は何処から調達していますか」
男の主張は無視され、平坦で抑揚を欠いた聞き覚えの無い女の声が尋ねる。
「そんな事、話すと思っているのか?」
「……何処から調達していますか」
男が当然のように突っぱねると、相手は同じ質問を繰り返しながら麻袋の上から水を掛ける。男は一瞬、溺れさせようとしているのかと肝を冷やすが、粗い織り目の麻袋では呼吸に支障は無かった。
「……何が狙いか判らんが……ッ!? ぎゃああああぁーッ!!」
只、頭の上から水を掛けられ、こんな事で話す訳無いと思った瞬間。手首と足首から強烈な刺激が全身を走り抜け、男は暫く椅子の上で悶絶しながらのたうち回る。
「……はぁ、はぁ、はぁ……な、何なんだ、今のは……!?」
「もう一度聞きます、何処から調達していますか」
「くどいっ! 誰がそんなこぉおーーーッ!!?」
再び刺激が与えられ、全身をビクビクと震わせながら男が苦しむ。だが、今度は長く、そして更に強烈だった。
「……かはっ、はっ、はぁ……」
「もう一度聞きます、何処から調達しているのですか」
「……話……すと……ぎいいいぃっ!!!」
繰り返される質問と、与えられる強烈な苦痛。男は未体験の電気ショックによる拷問に耐えながら、ただひたすら時間が過ぎるのを待つ。自分の精神が耐え抜くか、相手が責め手にあぐねて諦めるか、どちらが先か。男はそのか細い希望にすがり、ただ耐えるしかなかった。
「……人間は、苦痛に耐え続けるとそれに慣れてしまいます」
「……俺は……話さんぞぉ……」
「……では、ここはどうでしょう」
「……がっ、はぁ……っ!!」
男は尚も抵抗する意思を見せるが、女は袋の下を捲ると彼の口を無理矢理に抉じ開け、抗う力を失った男の舌を乱暴に掴んで何かで挟み込む。
「……あっ、あがぁ……!!」
「ご心配なさらなくて結構、舌を噛み切らぬようにしただけです。では、失礼します」
「ぼぉっ!! あばぁっ!!」
「手足は直ぐに慣れますから、内臓に直接……」
「ごばぁっ!! おおぇっ……」
細い棒が喉の奥に押し込まれ、吐き気を覚えると同時に一番強烈な電撃が男の臓腑を捩り上げる。吐瀉物で危うく溺れかけたが、荒々しく女の殴打が背中に何度も叩き込まれ、胃の中が空になりやがて吐き気は収まる。
「……では、質問を繰り返します。何処から調達しているのですか」
「おぼおおぉ……ぉっ!!」
女は尚も身体の奥に電気を流す拷問を続け、男は更に未経験の苦痛に苛まれる。そして失神と覚醒を幾度も繰り返し、彼の精神は微かに繋ぎ止められ意識が朦朧としてくる。そんな中、それまで冷徹だった女の声が不意に柔らかくなり、優しく問い掛けるように尋ねる。
「……そんなに、辛い思いをして何を恐れているのですか」
「……な、に……を……?」
「そうです、私が尋ねても頑として答えようとしないのは……隠し通さないと、あなたの身に何か危険が及ぶからではないですか?」
只同じ質問と苛烈な拷問が繰り返され、その重圧に耐え続けてきた男の精神は、ここにきて相手の心情を思い遣るような変化を見せた女の声で僅かに緩み始める。
「……そんな……事は……」
「もう、強がらなくて良いのです。あなたが今まで耐えてきたのは、秘密を守らないと殺されると思っていたからでしょう?」
「……それは……」
「……もう、大丈夫です。もし、全ての質問に答えてくれたなら……必ずお守りしましょう」
「……本……当に……?」
「ええ、必ず守ります」
その優しく穏やかな語り口に、男の警戒心は一気に氷解し、それまで固く口を閉ざしていた彼は人が変わったように女の質問に答えていった。
「……それで、あいつは全て吐いたのか」
「はい、自分が教会に出入りするうちに見慣れぬ男達と通じるようになり、アーカイバの人間と取り引きを行えと命じられたそうです」
「なら、教会が裏で糸を引いていた?」
「違うようです。教会とは別の勢力らしく、直接の繋がりは無いと」
「ふぅん、思った以上に細い線みたいだな。直ぐに切れるようにか……」
アンは肉屋が使うような丈の長い前掛けを外しながら語り、それを折り畳んで丁寧に長箱に入れる。その箱の中には人が一人入る大きさの袋が押し込められ、その箱を運びながらリチャードの前を通り過ぎて地下室から地上に出る。
「それにしても……何とも手際の良い仕事振りだね」
「私はリチャードさんを守る事が最優先ですから、これらは全てその為に必要な事です」
そう言いながら、アンは町外れの納屋の外に掘られた穴の中に箱を投げ込むと、スコップを持ったリチャードと共に土を被せていく。
「……こいつは、最後に何か言ってたかい」
「いえ、慈悲の一撃で眠るように事切れましたから……」
リチャードは、良心の呵責に一切囚われぬアンに機械人間特有の冷酷さを感じたが、
「それに、万が一家族の事を話されても……止めるつもりは有りませんでした」
そう言いながらスコップを動かす手を止め、リチャードの顔を見つめる。そして、再びスコップを動かし始めると、
「……私はリチャードさんの道具ですから」
そう言って最後の一掬いの土を穴に投げ入れた。
「……そうか、洗いざらい喋ったか……」
「はい、あの人の拷問であっさりと……」
ガンクは自分の隠れ蓑の店で帳簿を眺めながらエルデの報告を聞き、溜め息と共に帳簿を閉じる。
「……まあ、喋って貰わんと、俺の知略が無駄になるからな……」
「……そうですね」
「とにかくこれで……リチャード達と連中が真正面からぶつかるって訳だ」
そう呟くガンクの表情は無表情で、感情表現豊かな彼らしい面影は一切見当たらない。
「……エルデ、国府に連絡してくれ。鷹は空高く舞い上がったってな」
「承知しました。でも……」
「……ん、どうした?」
「いえ、何でもありません。ただ、少しだけ恐ろしいのです」
ガンクに背を向けたままエルデは足を止め、彼の問い掛けに一瞬迷ってから再び話し始める。
「……私達の知らない技術や道具を使い、蛇が互いの尻尾を喰らい合うように仕向けた結果……生き残った方を、私達は御し切れるのでしょうか?」
「……まあ、そりゃ難しいかもしれんな。だが、相手は人間さ。こっちが頭を使って望む方にいったと思わせておけば、おいそれと噛み付きゃせん」
その答えを聞いたエルデは、それならいいんですが、と言い残して姿を消した。




