⑬世界の綻び
ガンクの穀物商は、リチャードの予想よりも更に小さな店だった。だが、その大きさに似合わぬ程の馬車が店の前に連なり、彼の言葉と裏腹に目立たぬ店構えとは言いがたい繁盛振りである。
「……こちらに店の主人はいらっしゃるかな」
「あ、はいはい! ええっと、旦那様ですか? でしたら帳場だと思いますけど……こちらにはご商売のお話でいらっしゃったんですか?」
まだ若い店員にリチャードが声を掛けてみると、店員は顔の知らない相手がガンクにどういった用事なのかと尋ね返す。
「いや、商いではなくちょっとした顔見知りで、ひとまず挨拶に伺ったんだが……」
「あー、そうだったんですか。でしたら……」
「……おおぉっ!? リチャードさんじゃないか!! まさかこんなに早く来て頂けるとは思っていなかったなぁ!」
突如店の奥からガンクがそう言いながら現れると、リチャードの手を掴みぶんぶんと上下に振り回す。それが彼なりの手荒な歓待だと思うが否や、
「いや待て待て! アンさんも来てくれていたか!! いやぁ相変わらずお美しい事で! リチャードさんも実に幸せな方ですなぁ!」
ペチンと自分の額を叩きながらガンクはリチャードの手を離し、嬉しそうにアンの手を今度は優しく握る。
「ま、積もる話も多々ありますからこちらへ、さぁどうぞどうぞ!!」
すっかり自分のペースで騒々しく二人を奥に案内するガンクだったが、厚い扉で隔てられた自室に入り後ろ手で閉めた彼は不意に声を潜める。
「……エルデ、周囲の状況は」
「……ご心配なく、店の者を含めて誰も聞き耳は立てていません」
不意に部屋の片隅に現れたエルデに、そうかと応じながらガンクは二人にソファに座るよう促し、自分も腰掛ける。
「この前はご助力頂けたお陰で、色々と判った事が有りましてね……エルデ、例の物をお二人に」
先程までの朗らかな雰囲気から一転し、真顔になりながらガンクがエルデに命ずると、彼女は小さな包みに入った何かをリチャード達の前に差し出す。
「……これは?」
「少し前に我々が手に入れた物、とだけ教えられますが……出所はともかく、見覚えは有りませんかね」
リチャードが包みを開けてみると、中には円筒形の小さな薬莢に似た物が入っていた。だが、それは銃に使われる真鍮製のそれと似ているが雷管の類いは付いていず、代わりに見慣れない紋様のような線が複雑に刻み込まれていた。
「……つい先日、アーカイバのかなり重要な地位に居る人物が暗殺されましてね。それは、その現場に一つだけ残されていたんです。お二方の使った【ジュウ】とは明らかに違いますが、似ていると思いませんか」
「……似ていると言えば似ていますが……こいつとこれは、明らかに別物でしょう」
そう言って護身用のUSPを取り出し、スライドを引いて弾丸を排出させる。それをガンクに手渡して見せると、彼は双方を交互に手の上で転がしたりひっくり返して暫く見比べていたが、
「……確かに、同じ物じゃないでしょう。但し、この二つに共通しとるのは、魔導が扱えん奴でも使えるって事じゃないですか」
ガンクがそう呟き、リチャードの顔をじっと見つめる。
「……つい最近まで、そうした類いの物は一切見当たらなかったです。しかし、お二方と【迷宮】がベルデトポリに出現した頃から急に出てきた訳です。何か心当たりは無いもんですかね……?」
案外鋭い奴だな、とリチャードは考えつつ、例のエルフ達と【魔槍】の一件を思い出すが、
「自分とアンさんは、その【迷宮】でこれらを見つけて使い方を模索した末、扱えるようになったんです。生憎それ以上の事は判りません」
そう言って、言葉を切る。
「……そうですか。ま、あなた達が襲撃に加担しておらんのは明白ですし、これとこれが繋がっているかどうかは、只の推測でしかありませんな」
ガンクはそう言ってリチャードに弾丸を返しながら、包みに戻した証拠品をエルデに手渡す。
「……わざわざ訪ねて貰って済みませんが、お帰りは裏からお願いします。と言ってもお二方を煙たがってる訳じゃありませんぜ?」
立ち上がりながら彼はそう告げて振り返り、壁に手を当てるとそこは隠し扉らしくスッと四角く抜けて向こう側に収まり、人一人がやっと通り抜けられる空間が現れる。
「……くれぐれもここで見た物の事は、内密に願いますな……では、また」
そう言って二人に背を向けながらガンクは部屋から立ち去り、エルデはリチャード達が隠し扉を抜けるまでじっとその場を動かなかった。
隠し扉から穀物置き場と思える場所に出たリチャードとアンは、そこから誰にも会わぬまま店の裏から路地を抜けて通りに出た。
「……アンさん、あれは【魔槍】とは違う物だと思うかい」
「ええ、長さも太さも似ていませんし、もっと小さくて隠し持つ為の物なのでしょう。【魔槍】の装填物より我々の弾丸に近いかと」
道を行き交う人々に紛れながらリチャードとアンは今しがた見た物についてそう話し、自分達が置かれた状況を分析する。
「アーカイバの偉いさんが暗殺された現場に薬莢に酷似した物が残されていた。そして、エルフ達が人間の技術を利用して新しい道具を使い始め、俺達は銃を使って【迷宮】から物資を回収した……多少の前後は有るにせよ全て、ほぼ同じ時期にね」
「……偶然とは言い切れない程、銃の理論が拡散しています。故意に広めた者が何処かに居て、その者は明確な意図をもち、武力の均衡を崩そうとしている」
「だとしたら、何の為だ? 銃ってのは離れた相手を撃つ道具で、矢や槍でも代用出来るじゃないか」
「リチャードさん、銃は動きの速い騎兵や厚い鎧を着た重装兵に対抗する為に作られた武器です。この世界には魔導で強化された騎士や、エルデさんのような能力者が居ます」
「……確かにそうだな。例の鎧さえ有れば、魔導に疎い奴でも簡単に超人化出来るし。でも、それならわざわざ銃を使わなくても良くないか?」
リチャードにアンは単純な事ですと前置きしてから、彼の疑問に答える。
「銃さえ手に入れば、千人の凡庸な農夫が千人の兵士と対等に戦えます。そして彼等は自分の国を守る事も出来ますし、他人の国を攻め滅ぼす事も可能です」
淡々とそう告げるアンだったが、彼女の表情は暗く沈んでいる。
「この世界でもきっと同じだと思いますが……銃は一度拡散すると歯止めが効かなくなります。敵の国より多く集め、扱える者を増やさない限り、バランスを維持させる事は出来ません。つまり、同時に多くの国に行き渡らせても結果的に戦争は無くなりません」
「じゃあ、誰も得しないじゃないか」
「ええ、今の状況では当事者は誰も得しません。但し、銃を提供する者を除いてですが……」
アンはそう言って言葉を切り、リチャードに自分の見解を伝える。
「……銃を与えるのは、自分の利益になるからでしょう。そんな連中の事を私が居た世界では【死の商人】と呼び、忌み嫌っていましたが」
リチャードが死んでから数十年後、世界は冷戦状態を迎えて直接的な武力衝突が世界的な大戦に向かう事は無かった。だが、各地で小規模な内戦は絶え間無く続き、民族独立や社会体制に対する内紛はどの地域でも起きていた。そしてそれは、アンの居た世界でも同様であった。
「……戦争の無い社会は、一見すると平和で安定した状況といえるでしょう。でも実際は、主義主張の異なる者同士がいがみ合い、互いの権利を得ようと衝突が水面下で常に起き続けます。それが人間の業であり、宿命なのかもしれません」
「でも、戦争が終われば武器は必要ないだろう」
「ええ、終結したその場では少なくともそうだと思います。けれど、余った武器は必ず他の紛争に流出し、新たな火種を生み出すものです。その武器を生産して生活を維持している者が居れば、大国も旧式化した兵器を余剰物資として売りたがります。その売買に発せられる甘い蜜の香りに引き寄せられるのが【死の商人】です」
国交の存在しない国同士が武器を売り買いする時、橋渡し役を行うのが武器商人達である。国際条約で禁じられていようと構わず、どんな手段を用いてでも仲介する。有る時は難民支援物資を運ぶトラックに載せ、また有る時は治療チームに偽装して国境を越える。そうして運ぶだけでも彼等は莫大な利益を得て、戦争の火種という歯車に新たな油を注ぎ続けるのだ。
「……それで、この世界でも誰かが自分だけ得しようとしているのか」
「はい、そう考えると辻褄が合います」
「やれやれ、どこの世界にも悪知恵の働く奴は居るんだな……」
リチャードは呆れながら振り返り、遠く離れてしまったガンクの店を見る。
「……穀物商だとガンクは言っているが、戦争が始まれば兵士の食料になるよな。扱っているのが今は武器じゃないだけで、もし接収されたらあの馬車に武器が積めるんだがな」
「ええ、補給線を維持出来なければ戦争は出来ませんから」
リチャードはアンの言葉に頷きながら、そう考えたらキリが無いがねと言って話を締め括った。
「はあぁ、やっと終わったぁ……」
深く掘り下げた穴の底でミリオは呟き、手に持ったスコップを地面に突き刺す。ザクッと音を立てながら先端が埋まり、倒れずに自立する。その直ぐ脇には土を詰めた麻袋が何個も山になり、それをゴブリン達が無言で担ぎ、スロープ状になった土の壁面を登っていく。そして穴の脇に積み上げると人間の死体を二人がかりで持ち上げ、穴の中へと運んでいく。
「……これ、そっちか?」
「ああ、その辺に置いておけばいいよ。土掛けて埋めちゃうからさ」
昨夜の襲撃で返り討ちにした男達を、こうして穴の中に埋めていく。当初は戦利品を取ろうとしたゴブリン達だったが、モルフに懇願されて彼等も諦めてくれた。
(……どうせ死んじまってんだから、別に構わないと思うけどよ)
ミリオは彼女の思惑を理解しつつ、しかしゴブリン達にも言い分が有るのは判っている。だから二人は戦利品よりも価値の有る物を対価として彼等に与え、略奪者にならないよう気を遣っていた。
ゴブリン達は、長きに渡り人間と対立してきた歴史がある。その過程で戦いに勝てば相手を身ぐるみ剥ぎ、それらの戦利品で誇らしく着飾る事を行ってきた。もし、ゴブリン達が襲撃の背後で糸を引いていた連中に見つかれば、直ぐに捕まり激しい拷問を受けるかもしれない。そんな目に遭わせない為にも、戦利品を与えない方が良いだろう。
「じゃ、埋めようか……」
「おう、判った」
数人のゴブリンがミリオと共に麻袋を担ぎ、中に詰め込んだ土を死体の上に掛けていく。深く掘った穴の底に横たえた死体は少しづつ土を被り、麻袋の土が無くなる頃にはすっかり姿を消していた。
「……墓石代わりじゃないけど、石を積んでおこう。獣が掘り返さないようにね」
「……おおかみ、掘りにくるか?」
「さあ、判らん……」
ミリオは辺りに散らばっている石を持ち上げ、よっこらしょと言いながら剥き出しになった土の上に置いていく。まだ柔らかい土の上に石が載る度にやや沈み、幾つか石が載ると一番下になった石は地面に半ば埋まってしまう。だが、ここまでやっておけば、獣が来て掘り返す事は無いだろう。
「ふわああぁ……寝ずの作業って堪えるなぁ……」
証拠隠滅の作業を終えたミリオがそう言うと、労働の対価を貰ったゴブリン達もあくびしながら眠そうに眼を擦り、もごもごと何か言いながら寝床にしている森の奥へと帰っていった。
「……ただいまぁ~」
(……おかえりなさい、お疲れ様……)
「こっちも終わったかい」
(……ええ、お手伝いのゴブリンさんが居てくれたから……)
ミリオと同様に、寝ずの作業で室内の返り血を洗い流していたモルフが彼を出迎える。彼女も一人で作業していた訳では無く、彼と同様にゴブリンの女性達に働いて貰っていた。
「……物資を沢山使っちまったなぁ……」
(……仕方ないでしょう、大規模な襲撃でしたから……)
二人はそう言い交わしながら倉庫の扉を開け、すっかり中が寂しくなっているのを眺めながら溜め息を吐く。だが、ただ無抵抗を貫いて無事に済む状況で無かったし、話し合いに応じるような相手では無かったのだ。
「……なぁ、何処の連中だったんだろうなぁ」
(……身分を明かすような物を持ってた人は、一人も居なかったし……もし、捕まえても何も言わなかったと思うけど……)
「そうかもしれないけどさ、でも……ま、いいか……俺、すごく眠いよ……」
ミリオの問い掛けにモルフはそう答えると、お互い一睡も出来なかったせいで疲労困憊の二人は各々の部屋でそのまま眠ってしまった。
リチャードとアン、そしてミリオとモルフの四人はこうして襲撃者を撃退したが、それは長く続く苦闘の発端に過ぎず、そしてその全容が露になるまで誰も先の事を予測出来なかった。




