⑪暗闇の狙撃手
アンが一番重要視したのは、モルフに単独で大人数と戦う方法を会得させる事だった。その様々な手段はアンが時間を掛けて習得させた結果、モルフは素直に吸収していった。
……だがそれは、どうすれば効率的に人体を破壊出来るか、ただその一点のみを追求する非人道的な殺人技術だった。
ミリオと別れて拠点の裏口に待機したモルフは、掌に収まった銃を暗闇の中で握り締める。そのずしりと重い存在感に彼女は自らの為すべき事を思い返し、気を落ち着かせようと深呼吸する。
やがてドンッ、ドンッと打ち鳴らされる扉の向こう側に、彼女は何人かの侵入者の気配を感じ取った。丸太造りの扉はそう簡単には壊せないだろうが、掛け金で固定された鍵はいずれ壊れるに決まっている。だが、狭い入り口を通り抜けて侵入出来る人数は限られているのだ。
モルフは横倒しにしたテーブルの陰に身を潜めながら銃を構え、不埒な侵入者達が突入するのを待ち構える。そして、丸太に釘で打ち付けられた鍵がガシャンと外れ、同時に勢い良く扉がこちら側に開いた。
「くそっ……何で窓が潜れない狭さなんだよ……」
「構わねぇ、どうせ反対側の扉も抑えてあるからな」
人の頭より幅の狭い窓からの侵入を諦めた男達は、気付かれるのを承知で扉を壊して押し入った。だが、明かりの灯らない室内は真っ暗で先が見通せない。慎重に一歩づつ、一人目の男が手斧を持ち暗闇を進んでいく。
男が妙な光に気付いたのは、その進む先に横倒しにされたテーブルがあり、その天板の隅から赤い小さな光が自分の爪先に向けて伸びたからだった。
その光が自分の足元から腹部、そして胸元まで這い登るように瞬時に移動してきたその時。ポシュッ、と聞き覚えの無い小さな音が彼の耳に届く。そして、それが男の聞いた最後の音になった。
「うわぁっ!? な、何だ何が起きた!?」
突如、前に立っていた男の頭が爆散し飛沫を浴びた二人目が事態を把握しきれず叫び、自分の顔に飛び散ったそれを手で拭う。ざりっとした手触りとぬるりとする生暖かいそれが、人間の頭蓋骨と脳漿の成れ果てだと理解するより早く、二人目もその後を追う。
ポシュッ、ポシュッと続けて三回モルフがトリガーを引く度に一人づつ頭部を破壊され、四人居た男達は物言わぬ骸と化して床に転がる。
(……部屋の掃除が大変ですね、これだけ室内で殺してしまうと……)
恐怖や畏れを全く感じぬまま、モルフは只そう思いながら最初の襲撃者達を掃討した。
【 ……こちらミリオ、裏口は抑えたぜ? 】
【 ……こちらモルフ、正面は排除しました 】
インカム越しに聞こえるミリオの声に答えてから、モルフはゴブリン達に声を掛け、撃ち殺したばかりの襲撃者の死体を扉の向こう側に捨ててもらう。そして彼等の手を借りて扉の裏側に頑丈な丸太を当てて補強し、狭い窓のガラスを外して裏側から塞ぐ。こうして丸太造りの拠点は、短時間で立て籠りに適した要塞と化した。
「うわっ、こりゃ酷いな……アンさんに絶対怒られるぞ……」
(……仕方なかったんです! ……だって、余り時間が無かったし……)
モルフと合流したミリオが暗視ゴーグルを上げながら呟くと、彼女は拗ねるように呟いたが、気を取り直すように自分の頬をパチンと平手で叩く。
(……でも、相手は諦めないでしょうから、屋根裏に上がって露払いしましょう!)
「ああ、そうだな! そんじゃあんたらも手筈通りやってくれな?」
「わかった! やるどぉ!!」
「おおぉっ!!」
ミリオにそう告げられ、ゴブリン達も勇ましく叫ぶ。世間的に余り好かれない亜人種のゴブリンだが、リチャード達には彼等も肌の色が違うだけの隣人に過ぎなかった。
「……誰も戻って来ないだと?」
「駄目でさぁ、二手に別れて四人づつ行ってんのに……一人も戻って来やしねぇんで」
正体不明の間者に纏め役がそう言って、建物の扉が開き中から何かが投げ捨てられる。それが上り階段を転がりながら地面に落ちると、もう一人の間者がその正体に気付いて呻く。
「くそっ、中に行った連中だ……一体何が起きてやがる!?」
最早闇討ちは諦めたのか、拠点を囲む男達は松明を使い始める。そうしてやや離れた場所から薄い明かりで照らされた拠点は、まるで人を容赦無く飲み込む得体の知れない怪物が蹲っているように見える。
「仕方ねぇ、四人で駄目なら倍で纏まって押し切るしか無ぇ……おいっ! 稼ぎてぇ野郎は俺に付いて来い!」
纏め役の男が自棄になりながらそう言うと、七人程が集まって来る。そして纏め役の男は彼等を引き連れて進み、途中で松明を捨て硬い革の盾で身を守りながら拠点に近付いて行ったが、いきなり盾の上半分ごと頭を撃ち抜かれて数歩歩いてから崩れ臥す。その死に方が余りにも唐突過ぎたせいで、後続の者は暫く気付かず、
「……あぁ? どうしたってんだよ、お頭まで急に居なくなっちまっ……」
言葉の途中で自分もヘッドショットを受け、同じ運命を辿る。だが、頭を撃ち抜かれた者は有る意味幸運だったかもしれない。
「な、何なんだよ……ぐあっ!?」
「がああっ!! いっ、痛えぇっ!?」
突如全く意識していなかった方向から短機関銃の銃弾を足に受け、男達がバタバタと倒れていく。その姿は目に見えない矢を次々と射掛けられたようだったが、闇に紛れて進んでいた筈なのに何故判ったのか。そう思った時から犠牲者は自分達の立場が狩る側から、狩られる側へと逆転した事に漸く気付いた。
【……ミリオ、まだ北側に十人、東側に五人居ます……】
【……りょーかい。さーて、そんじゃ続きといきますか……】
モルフの声をヘッドフォン越しに聴きながら、ミリオは赤外線ゴーグルを下ろしてスイッチを入れる。拠点の屋根裏部屋に陣取ったモルフが熱探知スコープで索敵し、その結果をヘッドフォンでミリオに伝えていたのだ。
ミリオが装着している赤外線ゴーグルは暗闇でも物の輪郭が明確に見えるが、物陰に身を潜める相手は昼間と同様に見つけ難い。だが、熱探知スコープは離れた距離に居る相手も隈無く発見出来る。しかし、近距離や熱源に近い場所に相手が居る場合は不鮮明で判り難い。そうしたお互いの欠点を補い合いながら、二人は夜の襲撃者を排除していた。
ミリオは慣れた足取りで暗闇の中を進み、松明の傍に身を隠している複数の男達に向けて安全ピンを抜いた手榴弾を投げる。放物線を描きながら男達の前で落ちた一瞬後、バンッと激しい音と光を放ちながら破裂する。
「ぐわぁっ!? み、耳が……」
「目がぁ……見えねぇ!!」
音と光で相手を無力化させるスタングレネードが破裂し、暗闇を見通そうとしていた男達の視覚と聴覚を一時的に麻痺させる。ミリオは顔を逸らして光から眼を守っていた為、何も影響を受けず悠々と膝立ちの姿勢で相手を狙い、暗闇に蠢く犠牲者を一人づつ撃ち倒していく。
ポポポッ、と気の抜ける発射音が消音器を介して鳴るが、非情な銃弾は男達の身体を革鎧ごと引き裂き、手足や胴を貫いてのたうち回らせる。
「……がはっ、はぁ、はぁ……」
「……痛ぇか? そりゃ悪かったな。ま、おっさん達が先に仕掛けてきたんだからな? 勘違いして恨むなよ……」
肺を撃たれて血の泡を噴きながら悶絶する男にそう話し掛けながら、ミリオは銃の操作キーを回して単発に切り替えると、頭に向かってトリガーを引いた。
【 ……こちらミリオ、松明の周りは一掃したぞ? 】
【 ……了解、ミリオはそのまま撤退して……後は、私が撃ちますから…… 】
【 へいへい、りょーかい! 】
互いに連携しながら周囲の掃討を終えたミリオはモルフにそう告げ、拠点へと戻っていく。そして入り口まで戻った彼は手筈通りに扉をノックし、ゴブリン達に開けてもらい無事帰還した。
(……後は、私が仕上げをするだけだ……)
階下の物音でミリオの帰還を察知しながら、モルフは熱探知スコープから赤外線スコープに交換する。そして銃眼のように上下を狭くした軒下の隙間から森を覗き、目標を捉える。その相手はかなり離れた場所に長い時間居るらしく、赤外線スコープ越しでも発見し難かったが、ミリオが近辺を掃討してくれたお陰で今ははっきりと見える。
ガシャッ、とT5000のレバーを操作し初弾を送り込み、呼吸を整えながら暗視スコープを覗く。色彩を欠いた緑色一色の視野内に目標の人物を捉え、身を隠している樹木の太さから距離を測る。そしてダイヤルを回して距離の修正を行ってから、静かにトリガーを引く指に力を籠めた。
「……後、何人残っている」
「判らん……少なくとも襲撃に回った八人、それと後発で出た八人も戻って来ない……それに、さっきから呻き声があちこちから聞こえるぞ……一体どうなってるんだ?」
闇に紛れて身を潜める間者二人は、最早残っているのが自分達だと薄々判っていたが、それでも撤退する気は無かった。いや、実際は逃げる機会を失い、ただ身を隠しているに過ぎなかったが。
当初、二十人以上の手勢を集めて悠々と人間狩りをする気分だったが、あれだけ居た雇われ者の軽装歩兵はほぼ全滅していた。そして、彼等にはまた違う危機が差し迫っていた。
「ホゥホゥホゥッ!!」
「ギャギャッ!」
暗闇の中、不気味な雄叫びを上げながら建物の裏からゴブリン達がやって来て、森の中を進みながら負傷した兵に手製の槍や棍棒で止めを刺していく。人間と違い、夜目の利くゴブリンは小柄で単体なら普段は脅威にならないが、人数差で圧倒的に不利な状況の今は、死神に等しい存在と化していた。
(……くそぉ、このままじゃ俺達まで狩り殺されちまう!)
(駄目だ、逃げるしかない……)
ゴブリン達に追い立てられて間者二人は隠れていた木の裏側から暗い森の中を這って進み、頃合いを見計らって立ち上がると一目散に走り始めた。ガサガサと灌木を蹴散らしながら走る二人に気付いたゴブリン達が大声で叫ぶが、振り返りもせず走り続けた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
「……これだけ、走れば……追って来ないだろう……」
暗い森の中を夢中で走り続けた二人は、立木の途絶える獣道に辿り着く。そして、何気無く片方の男が丸太造りの建物から十分離れただろうと振り向いた瞬間、強烈な殴打を受けたように吹き飛ばされて一瞬で絶命する。
「うわっ、あ、ああぁ……」
突如背後から飛んできた仲間の身体が宙を舞い、視界の隅まで転がりながら地面に落ちてだらんと四肢を弛緩させる。その余りにも異様な光景に言葉を失い、ただ立ち尽くす事しか出来なかったが、
一瞬、風切り音のような物が聞こえ、残された男は再び走り出そうとする。だが、巨大な物体に激突されたような衝撃を全身に受けて転倒してしまう。直ぐに立ち上がろうとしたが、男は指一本動かせない。彼の身体は建物側に向けていた左の腹部が爆発したように砕け散り、ほぼ半身を失っていた。その状態でくの字に身体を折り曲げながら男は地面の上を転がり、何も言葉を発しないまま絶命した。
ボフッ、と消音器で抑えられた射撃音と共に真鍮製の薬莢が宙を舞い、それがキンッ! と甲高い音を立てながら床に落ちたその時、二度目の射撃が終了した。
(……目標沈黙、ぎりぎりでした……)
相手が森の切れ目で立ち止まったお陰で狙撃出来たものの、危うく見失いそうになっていたモルフは静かに溜め息を吐いた。ミリオとゴブリン達が森を掃討してくれたお陰で、彼女は標的を絞り込み首謀者と思える二人を撃てた。だが、夜が明ける前に憂鬱な死体処理と拠点の清掃を済ませてしまわないといけないが、それでも自分達の方に犠牲者は出ていない。
(……とにかく、少しでも早く終るよう、頑張らないと……)
モルフはそう自分に言い聞かせながら立ち上がり、T5000をライフルケースに仕舞ってから屋根裏部屋を後にした。




