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異世界で銃を構えながらティーチ&ビルド【塹壕戦の猛者は転生先で育成に励みます】  作者: 稲村某(@inamurabow)
三章

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⑧アンの世界



 リチャードにとって、この世界は死後の国のような場所である。第一次世界大戦で死に、気付いた時にはこの世界に居たからだ。


 しかし、彼は無神論者で死後の世界は信じていない。当然だがこの場所は到底天国だと思えない上、【迷宮】等と呼び名は変われど元居た世界から土地が丸ごと転移する怪現象も併発している。だからこそ、こんな場所は天国では無い。けれど、彼はこの世界で新たな生き方を模索し始め、少しづつ前進し始めていた。



 「リチャードさん、この世界にどの位居るのですか?」

 「そうだなぁ……君に会う少し前に来たかな」

 「では、私の方が長くこの世界に居る事になりますね」


 リチャードとアンの二人は彼の提案でデルベトポリ以外の国に赴き、その土地に関する情報を集める為に遠征している最中である。目的の国は【アーカイバ】と呼ばれ、海に面し港を保有する国家だという。順調にいけば三日も進めば地方都市に着き、中央にも辿り着けるだろう。


 「アンさんは、前の世界でもこんな風に歩いて何処かに行った事があるのかい?」

 「いえ、担当地域を離れた事は有りません」


 二人はそう話しながら行き交う者もまばらな道を歩く。デルベトポリと違い、アーカイバの国土は農耕に用いる為に開拓するより、森をそのまま残している場所が多い。自然に対する考え方が根本的に違うからか、深い森に覆われた大地という印象である。


 リチャードとアンの二人は出来る限り見た目が奇異にならぬよう、標準的な旅装で出発した。一見すると武器の類いは持っていないようにした結果、商人か農夫の夫婦に見えるだろう。


 デルベトポリと違い、アーカイバ国は乗り合い馬車の整備はまだ浅い。主要都市同士を繋ぐ範囲までは行き届いていたが、外縁部の地方都市間はまだ徒歩による行き来が主流である。


 「リチャードさん、向こうから二人連れが近付いて来ます」

 「……挨拶してやり過ごそう」


 朝から歩き続け、漸く人と出会う。相手は二人組の男達だったが、背負った荷物の量で商人か何かだと思われる。明るく朗らかに声を掛けるアンに二人は見惚れて上の空で、苦心しながら彼女と同じ言葉を呟くリチャードには目もくれない。


 「……何だか複雑だ」

 「拗ねないでください、あの方々に落ち度はありませんから」

 「そりゃそうなんだがね……」


 リチャードのプライドは波に侵食される砂の城のように削れていったが、アンはそんな彼を面白げに見るだけである。



 結局、一日歩いて遭遇したのはその二人だけで、日も暮れて寝場所を探す頃合いになる。無論、人家の類いは見当たらない。


 「判ってはいたが、やはり野宿だよなぁ」

 「天気に恵まれただけ、有り難い事だと思いますよ」


 リチャードのぼやきにアンが答える通り、星明かりの綺麗な夜である。そんな夜をアンのように美しい女性(なのは確かである)と過ごせるだけ、誠に有り難いのも事実である。


 夜営の支度といっても、四方を囲う天幕のように仰々しい物は持ってきていない。道から離れた場所を選んで薄い迷彩柄の四角いシートをロープで枝に結んで夜露を防ぎ、その下に石組みの竈を作るだけである。


 「宿が取れればリチャードさんに野宿させる事も無かったのですが……」

 「そうでもないよ、これはこれで悪くない」


 満天の星空の下、甲斐甲斐しく竈で湯を沸かすアンを眺めながら、リチャードは彼女にそう告げる。学生時代そして兵役の間、当然のように女性関係とは縁の無い生活をしてかなたリチャードには、正に夢のような時と呼べる。まあ、アンは人ではないのだが、今はそんな野暮な事は言うべきで無い。


 リチャードはアンが温めてくれた戦闘糧食(チキンブロスとクラッカー、そしてコーヒー)を食べ、ふと気になってアンに尋ねてみる。


 「……そういえば、アンさんはこうした食べ物は今も必要無いのかな」

 「ええ、私は皆さんと違い電力供給さえ行えれば必要有りません」


 凛とした態度でそう答えるアンだったが、リチャードは少しだけ複雑な気持ちになる。どんな人間でも食事は楽しみであり、明日への活力に繋がる。だが、どれ程似通っていようとアンは人造人間であり、食事に楽しみを求める事は無い。


 「味見とかは出来ないの?」

 「そうですね……あ、リチャードさんの血液でしたら組成分析を行いましたから、構成物質から味覚に置き換えて推測は出来ます」


 いや、そういう事じゃないんだがと言いかけたその時、アンは予想外の事を告げる。


 「……ですから、記憶している組成に近いか確かめる為、もう一度分析してみたいです」

 「いや、また血まみれになるのは御免なんだが……」

 「……リチャードさん、組成体液は何も血液だけでは有りませんよ?」


 ふわり、とリチャードの脇へ腰掛けながらアンはそう言うと、彼の肩に腕を預けて身を寄せる。ただ、それだけの動作にもかかわらず、リチャードは彼女が何を求めているのか理解した。アンは人と似て非なる存在の筈なのに、その仕草や感情表現は平淡なリチャードよりも遥かに豊かだった。




 「……風の音がします、そしてリチャードさんの心音も」

 「……随分と軽い扱いだな」


 長い時間をかけてじっくりと分析してから、アンはリチャードの唇から離れるとそう呟いた。


 「いえ、決して軽くはありません。今の私にとってリチャードさんは、何よりも優先してお守りしたい存在です」

 「……それは、守らなければならない市民が居ないから?」

 「……そうかもしれません。代償行為として、リチャードさんを守らなければと考えている可能性は、否定出来ないです」


 自分でも嫌な聞き方だな、とリチャードは自嘲するが、アンは気にする様子も無く答える。


 「保護対象の住民が居なくなった廃墟と化した都市で、私は長い間リチャードさんが来るまで一人きりでしたから」

 「それは、寂しかっただろうね」

 「……今は、違いますよ?」


 何となく身を離すのは気が引けたリチャードは、アンの身体を抱きながら話し続ける。そんな彼の腕の中で、彼女は日溜まりの中で微睡む猫のように目を細めながら微笑む。


 「今は貴方が居ますから、寂しくなんてなりません。でも、あの都市がまだ健在だった頃も、私にとって掛け替えの無い平和な時代でした」


 リチャードの顔を首を傾けながらアンは見上げ、そう言ってから彼の胸元に背中を預ける。アンの髪の毛から放熱の余韻かふわりと暖かさが立ち上ぼり、精緻な違いが判り難いなと改めて思う。


 「……私のような都市警備アンドロイドの配置が始まったのは、警察機構のストライキが原因だったのですが……」


 アンは自分が【ロンドン中央都市】に配備された頃の事をリチャードに話し始めるが、アンドロイドの彼女の記憶は明確で淀み無い。


 「……ストライキによる犯罪率上昇を抑える為、都市中枢議会は人工知能を搭載した地域限定型防犯インターフェースを導入しました。それが私達、アンドロイドだったのです」


 そう言いながらアンは滔々と自らの出自を語り始めるが、科学的な基礎知識に乏しいリチャードにも判り易く噛み砕いて説明する。


 「……無論、広大なロンドン中央都市の防犯を単機で行える訳では有りません。なので、格子状に区分された地域を各アンドロイドが担当し、監視カメラや様々な位置情報端末等と並行リンクする事で効率的に犯罪抑止を担っていたのですが……」


 当然ながら、防犯と一口に言ってもその地域の住民により違ったという。


 「私が配備された地域は、引退した警官や退役軍人が多く居住していました。無論、その家族や親族も……」


 アンのような都市防犯型アンドロイドは個々の性能にばらつきが出ないよう一定期間で並列化が行われ、彼等が個性を獲得する事は無かった。だが、地域の住民から強い要望で求められた末、彼女のように独立した個性を得て対応するタイプが配備されるようになったそうだ。


 「……よく、おばあさんに『亡くなった孫娘にそっくりだね』とか言われたり、小さなお子さんから『お姉さんみたいな警察官になりたい』とか、言われました」


 そうした地域住民との触れ合いを重ね、彼女はアンドロイドとは思えない程の人間らしさを獲得した。それがアンの強みでもあり、また悲劇の引き金にもなった。


 「……でも、【ゲート】の出現による都市の崩壊を食い止めるだけの力は、私にはありませんでした……」


 彼女の担当地域の住人達は、都市機能の崩壊寸前まで秩序を保ち誇り高く生きていた。だが、個人の崇高な意思で跳ね返せる程【ゲート】の脅威は低い物では無かった。


 「……核爆弾による【ゲート】の排除が決定した時、住民の大半の避難は間に合いませんでした。私は……ただ、その光景を見ているしかなかったのです」


 核による膨大なエネルギーが放出されたその瞬間、アンの機能は全て停まった。そして再び機能が復活した彼女の目の前には、誰も居なくなった都市だけが残されていた。


 「……子供達が遊んでいた公園も、退役軍人のご夫婦が良く散歩なさっていた噴水広場も、そのままの形で残されていたのに……誰も、一人も居なかった。私だけ……ずっと、誰も居ないまま……」


 そう語るアンの肩は小刻みに震え、その姿はまるで孤独に堪えかねる小さな子供のようにか細かった。


 「……だから、私は……廃墟の町に現れた人と似て非なる者共を狩り、少しでもあの頃の面影を維持したかったんです。そんな時、リチャードさんとお二方に出会いました。もう、二度と会えないと思っていた、あの頃の人々と同じ雰囲気の貴方と……出会う事が出来たのです」


 しかし、そう言って顔を上げたアンの表情に翳りは無く、けれどアンドロイドとは思えない情感豊かな微笑みを浮かべていた。


 「だから……リチャードさんは特別なのです!」



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