⑦偵察と少し違う
ワイルズの出産が近い事もあり、彼女の安全を考えてリチャードはジルデアンタ村にベリテと共に移住させる事に決めた。無論、多少は村へ出入りしそれなりに顔を覚えられてはいたが、未だ余所者の彼が頼れる者は少なかった。
「……それにしても、あの時の騎士様がねぇ。しかもそちらは身重なんだって?」
「いや、もう俺はデルベトポリの人間じゃない。彼女と共に国を出た只の男だよ」
「あら、そいつは素敵な事じゃないの! 愛する者の為、国を捨てるなんて中々言えたもんじゃないもの! 泣かせるわぁ~♪ 」
二人を預けられる唯一の味方、ジルデアンタ村のマーシャはそんな風に話しながらお腹の大きなワイルズを眺め、悪いようにはしないさと微笑む。だが、二人と共に訪ねてきたリチャードの顔をジロリと睨み、
「……でもね、あんたのそういう性格はどうかと思うよ? そもそも人付き合いってもんはね……」
と、くどくどと耳の痛くなるような事をリチャードに言い、たじろぐ彼を尻目に付き添い役のアンの腕を掴みながら、
「だからさ、アンちゃんも他の男を早く見繕った方がいいんじゃない? この村で少しでも良さげな男が居るなら直ぐ言いなさいね!」
まるで母親のように推し進めるのだから、アンも苦笑いするしかなかった。
「……リチャードさん、おかえりなさい!」
(……お二人が留守の間、ゴブリンさん達が来て色々届けてくださいましたよ?)
森の中の拠点に戻った二人は、留守番していたミリオとモルフに出迎えられる。モルフの報告通り、拠点には様々な銃や弾薬が少しづつ運び込まれ、二人が居ない内に使えるパーツや使用可能な銃弾とそれ以外のジャンクパーツへと選り分けられていた。
「ふむ、数は多くないが俺達だけで集めるより効率が良いかもな……」
「そうですね、それに探索以外にも偵察役にもなりますし、新たな迷宮を探す役割も果たしてくれそうです」
リチャードがリボルバー式のショットガンを手に取りながらそう言うと、アンも空の弾倉を掴んで内部を確認しつつ提案する。
「……新たな迷宮か……それもいいが、たまには少し遠出してみるか?」
「遠出ですか? でしたら車両の選定と整備を先にいたしましょう」
「いや、そこまでするようなもんじゃないよ。ちょっとデルベトポリ以外の国も見たくなってね」
「……他の国を、ですか?」
リチャードの提案にアンは首を傾げ、はたと何か思い付いた彼女はミリオとモルフに向かってキリリと表情を引き締めながら告げる。
「……モルフさん、ミリオさん……リチャードさんは少人数による威力偵察を希望なさっています。ですので、お二方にはこの拠点を維持防衛なさるよう強く願います」
「……えっ?」
(……ミリオ、アンさんに逆らってはいけません……目付きが違いますから……)
何かを察したモルフがミリオの脇腹を肘で小突き、その痛みで彼は軽く悶絶するがそれを掻き消す程、アンの表情は厳しくそして実に晴れやかだった。
夕刻の頃合いになり、四人が自由に出入りする共用の居間でアンは自分の使うリュックサックをテーブルの上に置き、その周りに様々な物を並べながら翌朝出発する為の準備を進めていた。無論、リチャードもその場に居て、彼女の様子をグラスを傾けながら眺めていたのだが。
「……スタングレネードに鎮圧用ガス、それにゴムバレットと電磁警棒……いえ、どうせならバリケードシールドも……」
「アンさん、非殺傷武器だからって何でも持って行くつもりかい?」
「いえ、リチャードさんを的確にお守りする為には絶対に必要だと思いまして……」
リチャードはまるでピクニックに行くように数々の物騒な代物をリュックに詰め込むアンに声を掛けると、彼女は被っていた白いバンダナを解いてショートヘアの髪をはらりと靡かせる。その美しい金髪は以前見たエルフ達にも負けぬ艶やかさだが、本人曰く「頭部放熱のラジエターでそれ以上の意味は然して無い」らしく、放熱する為には定期的に外気に触れさせないといけないそうだ。
「まあ、デルベトポリと比べれば多少治安に劣る程度らしいし、目立たない方が却って面倒に巻き込まれないんじゃないか」
「それもそうでしょうが、でしたらリチャードさんはショットガンを置いていきますか?」
「そう言われると……」
リチャードは答えに詰まり、傍らに置かれた愛用のショットガンを眺める。今際の際まで長く使い、そのせいか大学でこしらえた指のペン痕よりも掌の銃瘤の方が目立ってしまう。
「……こいつは置いていこう。その代わり、小さめのリボルバーかピストル位は持っていくか」
「そうですね、でしたら私も吟味して最小限の武器だけ持参しましょう」
そう言ってリチャードは居間から出てベリテの使っていた銃整備室兼倉庫に行き、並べられた様々な拳銃を手に取ってみる。
拳銃といっても実に多種多様で、小さな口径の銃は発射速度も早く装弾数も多いが、銃弾の質量が軽い為ストッピングパワー(運動エネルギーに依る物理的打撃力)は低い。逆に口径の大きな銃は単純なストッピングパワーも増大するが、空気抵抗による減衰率と重力落下も大きい。ならば火薬量を増やして爆発エネルギーを増大させれば、推進力が増して威力も上がるが銃に加わる負担も増加する。結果的に故障するだけでなく、最悪の場合は暴発してしまうのだ。
「……そうなると、やはりリボルバーの方が単純だからいいな。オートマチックは整備を怠ると装填不良し易くなるし……」
「それは私が整備しますから、余り気にする事は有りません。それにベリテ様も中々真面目な方ですから、ここに有る銃に不安を抱える必要は無いと思います」
リチャードに続いてやって来たアンがそう請け負い、一丁の拳銃を手に取ると素早く弾倉を外してスライド部を引き、トリガーを絞ってカチンと撃鉄を鳴らす。
「……それに、私がレクチャーしていますから、この世界に彼より優る手腕の持ち主は居ないでしょう」
「ふむ、それは金属製じゃないのか」
リチャードがそう言って手を差し出すと、アンは微笑みながら彼の掌に拳銃を載せる。
「……H&K・USP、装弾数十五発で装填数込みで十六発。軽くて良い銃です」
「確かにこれは軽いな……どの位まで飛ぶんだい?」
「有効射程は五十メートルですが、この世界の射出兵器と比べても見劣りしません」
「よし、これにするか」
アンの勧めるそれを手に取ると、弾薬が共通の方が利便性も高まりますからと彼女ももう一丁取り、巧妙に隠せる脇腹のホルスターへと仕舞った。
「……さて、明日も早いから寝るとしよう」
「はい、おやすみなさい」
そう言って倉庫から出るリチャードを見送るアンだったが、睡眠を必要としない彼女は眠る必要は無い。そのまま待機状態になればエネルギーロスを省いて一夜を過ごせるが、何故かアンは起動したまま倉庫の中に留まっていた。
「……リチャードさんはそう仰有いますが、私は貴方を守りたいのです。どんな手段を用いようと……」
アンはそう言うと自分の右腕の肘から先を捻って一般仕様の義腕を取り外し、倉庫の片隅に仕舞われている戦闘用の特殊義腕へと取り替える。そして、肩の紐を解いてはらりと着ていた服を落とすと、薄褐色の人肌に似せた被膜を剥いで機械そのものの内部骨格を露出させ、その隙間に内蔵型の様々な武装を取り付けていった。
「おはようございます、リチャードさん。今日も良い天気ですよ」
いつものように丁重な口調で挨拶し、静かに微笑みながら彼の前にインスタントコーヒーを差し出す。
「……ありがとう、そうだなぁ……確かに天気の良い方が徒歩の旅は楽そうだね」
そう言いながらコーヒーを受け取り、リチャードは一口啜る。今日から暫く迷宮探索は一休みし、物見遊山に近い旅に出る彼だったが、アンはいつもと変わらないように思える。
(……でも、妙に嬉しそうなんだよな……)
機械仕掛けのアンに感情は存在しない、筈である。しかし、コーヒーを差し出す彼女の仕草は何処と無く人間臭く、その後にくるりと身を翻す様は若い娘そのものである。
……だが、コーヒーを差し出したその腕に大の男を一瞬で吹き飛ばせる強力な武装を隠し、彼女一人でこの世界の兵隊を難無く撃破出来る事はリチャードにも判っていた。しかし、その全てを知らない方が今は幸せだろう。
「ミリオさん、野菜は必須栄養素を多く含み成長を促します。モルフさんを見習って……」
モルフとミリオに朝食を配りながら、こんこんとそう説いて聞かせるアンの背中を眺め、リチャードは少し温くなったコーヒーを啜った。




